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02.24
Sat
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雪に埋もれた紅梅の蕾。2018年1月23日

一月二十二日、東京は記録的な大雪だった。
去年は三分咲きだったが、寒さで開花が遅れたせいで雪害を逃れた。
世の中、何が幸運か分からないとつくづく。

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紅梅 2018年2月5日 写す。

去年は1月18日に一輪開いた。ほぼ二週間遅い。
「梅一輪、一輪ほどの温かさ」芭蕉の弟子の句だそうだが、はやく暖かく
なって欲しい。兎に角、今年は寒い。
ネコの額の梅はかなりの老木だが花は若木と同時に咲く。老いも若きもない。
羨ましい。
草や木の花は適当な時を選んで咲くのだろうか。
能「高砂」では「草木、心なしとは申せども花実の時を違えず」と謡う。
一方、草木の精の能、杜若や遊行柳、藤、など「草木、心あり」の能もある。

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満開の紅梅。2018年2月22日写す

貧弱な庭に絢爛豪華。通り掛かりの人が足を止め、見惚れて、綺麗ですね、
と褒めてくれる。身内を褒められ嬉しい。我が家の花は身内なので。
梅に見とれて約束の時刻に遅参、罰せられた男の能がある。「巻絹」
我が家の満開の梅を見ていると“げにもにもげにも”と思う。

十寸髪
能「巻絹」使用面「十寸髪」。神が乗り移った相貌。

巻絹を三熊野に奉納する使いを命ぜられた男が音無の明神に立ちより参拝する。
梅の香りが聞こえてくる。男は歌を詠む。
「音無にかつ咲き初むる梅の花、匂はざりせば誰か知るべき」
遅参した男は奉納係の臣下に縛られる。
“のう~のう~”この世の人とも思えぬ声が聞こえ、巫女が現れる。
巫女には音無の明神が乗り移っていた。
巫女は、この男は音無の天神に参詣して一首の歌を手向け、そのために
遅参したのだから許してやれという。
臣下は疑う。当時和歌は上流階級の専有物だった。
下賤の男が歌など詠む筈がないと。
巫女は憑依の態で和歌の徳を語り祝詞を奏上し憑依は嵩じ神楽を舞う。
神楽は通常の神楽と異なり五段神楽の演式となる。
神楽を舞い終え巫女は更に激高して舞い突然手にした幣を投げ捨て
憑いた神が上がったことを劇的に見せて留る。
シテ巫女は登場から終曲まで神の乗り移った態を見せ狂おしい舞を見せる、
重量感のある能。

能「巻絹」の詳しい解説はこちら

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02.17
Sat
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ホトケノザ(仏の座)シソ科
2018年2月10日武蔵野市境南町で写す

寒い時期、道端に咲く雑草の花には中々お目に掛からない。
唯一暖かい陽だまりにホトケノザが咲く。場所は限られている。
花期は4,5月だが気の早い奴が極寒の中に咲く。
今年は例年より寒いい所為か心当たりを探したが見つからなかった。
諦めていたが、ひょんな所で見つかった。
大袈裟だが人の奇遇はひょんな事で起こるとつくづく実感。

横浜市磯子区の閑静な住宅地に久良岐能楽堂がある。
毎年一月の末頃、謡初めの会が催される。
京浜急行の上大岡駅から急坂を登り能楽堂まで歩く。ゆっくり歩き一時間。
頂上から見下ろす絶景は格別。昔は山だったが色とりどり人の営みが見える。
南向きの斜面の道を歩いていると路傍の陽だまりにホトケノザが笑っている。
何よりの楽しみだったが今年は寒さの所為か一本も見付からなかった。

ホトケノザは秋に芽を出し春から初夏にかけて花を咲かせ実をつけ
夏の終わりには枯れて行く哀れな花。仏の名を奉られても自然の掟には
抗えない、何とも可哀そうな花。源氏物語「若菜の巻」「柏木の巻」の
落葉の宮のような花だ。
落葉の宮は朱雀院の二ノ宮、光源氏の親友だった頭中将の子息、柏木の妻だった。
柏木はふとした事から源氏の正妻、二宮の妹、女三ノ宮を見染める。
柏木の歌「もろかづら、落葉を何にひろいけん、名は睦ましきかざしまれども」
(姉妹のうちどうして落ち葉の様なつまらない姉宮を妻にしたのだろう)
以来、二ノ宮は落葉の宮と呼ばれた。
柏木は三の宮との不倫が発覚、自責の念に苦しみ病に陥る。
今わの際に柏木は妻、二の宮の後を友人、源氏の子でもある夕霧に託す。
夕霧は落葉の宮を援助するうちに宮に惹かれていく。

能「落葉」は慎ましい女、落葉の宮が夕霧の恋情を扱いかね苦悩する姿を描き
終には受け入れざるを得なかった傷ましい女を描く異色といえる作品。
前場に落葉の宮の霊、里女が僧を宮の旧跡に案内して、荒涼とした景色や
炭窯に立ち昇るけむりを共に眺める場が物語の雰囲気を醸し胸を打つ。

クセでは山荘に籠る宮を訪ね恋情を訴えるが、宮に拒まれて落胆、
霧深い明け方の山を去っていく夕霧の姿を情緒深く描く。
クセに続いて夕霧と宮の心情を「序ノ舞」にしみじみと舞う。
序ノ舞を中ノに変えて舞うこともある。
宮の心の乱れに重きを置く演出だろうか。


落葉
「妄執の夕霧、身一つに降りかかり目もくれないの落葉の宮はせんかた涙に咽びけり」
キリに落葉の宮の激しい心の動揺が語られ、続く「破ノ舞」で示される。

ホトケノザはお釈迦様の台座から付いた名だそうだ。
ホトケノザの葉っぱが仏様のハスの台座にそっくりだからとか。
春の七草の一つだが不味い。
その筈、間違いらしい。小鬼タビラコと混同したという。

能「落葉」の詳しい解説はこちら






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02.10
Sat
にわ
猫の額 2018年2月2日写す。以下同じ

建て直す前、水道橋能楽堂の楽屋の上に女学校があり音楽の時間に歌声が
聞こえて来た。
♪庭の千草も虫の音も、枯れて寂しくなりにけり♪戦前の文部省唱歌。
平成になっても聞かれたがこの頃トント聞こえない。
昭和は遠くなりにけり、だろうか。冬の猫の額を見ていると感慨しきり。
能「三輪」では三輪山の山陰に隠棲する玄賓僧都の住家のありさまを
「秋寒き窓のうち、軒の松風うちしぐれ、木の葉かき敷く庭の面、門は葎や閉じつらん」と謡う。我が家の猫の額もこれらに負けず劣らず惨憺たるありさまだ。
万物、負の時だから春を待つしかない。

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トウガラシ(唐辛子)ナス科 2018年2月1日写す。以下同じ

トウガラシは種を蒔いてその年の中に花を咲かせ実をつける。
いわゆる一年草だという。
だが我が家の唐辛子は幾冬に耐え、生き続けている。
春には白い可愛い小花、秋に真っ赤な実、春秋二回も見せてくれる。
かなり前、種子島、屋久島に旅行した先で種を頂き蒔いた。
今は“草”ではなく立派な木。
南西諸島では唐辛子は木になっている。種類が違うのかどうかは分からない。
このトウガラシの実で「柚子胡椒」を作る。
柚子胡椒は北九州の香辛料だったが今や全国的。
冬の鍋料理には欠かせない。作り方を唐津の友達に教わった。
青い柚子の皮を削ぎ、青いトウガラシと塩少々、フードプロセッサーで練って
出来上がり、いたって簡単。市販のものより香りが高い。
九州、沖縄では唐辛子をコショウとよぶ。ゆえに「柚子胡椒」

石垣島の白保村の人達と縁があって度々訪れた。
珍しいサンゴの群生と熱帯魚が泳ぐ美しい海が広がる。
夕方、素潜り漁のおじさん達が泡盛のビンをぶら下げて三々五々浜辺に集まり
酒盛りが始まる。時には観光客も招き入れ飲めや歌へ踊れの大酒宴となる。
客が増えると長老が若者に向かい顎をしゃくる。
心得た若者が肴を長老の家から調達、近くの家の雨戸を外し食卓に、
庭の唐辛子をもぎり取ってくる。
南西諸島では刺身の香辛料はワサビではなく猛烈に辛い唐辛子だった。
石垣島はこのところ観光客が溢れ以前の雰囲気が薄れたように思う。
以前の酒盛りは夢のまた夢だろうか。

インドでカレー料理を食べた。色々な野菜や鶏肉をカレー味で煮た料理だった
と思う。付け合わせに青いトウガラシが三個添えてあった。
同行のおじさん曰く、このトウガラシはそう辛くない、少々ピリッと来るだけ、
カレー料理には欠かせないとしきりに勧めた。同行のおじさんとおばさんの
六つの目がこちらのフォークに注がれた。色も形も石垣のトウガラシにそっくり、
辛くない訳がない。だが食べたからとて死ぬわけでもなし、みんなの期待に
添うべきか散々苦渋の選択の末、尻の方を少し齧ってみた。辛くなかった。
風味さえ感じた。一気に安心、丸ごと齧った。五秒後、口の中が爆発した。
鼻水の激流、目からも鼻水がほとばしった。

小人の苦渋の選択を引き合いに出すのはとんでもなく不遜だが源平相争う時代
苦渋の選択を迫られた武将がいた。源氏の武将、熊谷次郎直実。
一の谷の戦いに少年武将、平敦盛と組打ち、首を斬ろうと兜を押し上げる。
平家物語に「年、十六、七ばかりなるが薄化粧して鉄黒なり、、、、、」
直実は我が子に思いを重ね逃がそうとしたが後ろに源氏の武将、土肥、梶原が
続いていた。彼らに討たれるよりはと、苦渋の選択の末、敦盛の首を打つ。
「いづくに刀を立つべしとも覚えず目もくれ心も消えはてて前後不覚におぼえ
けれども、さてしもあるべき事ならねば泣く泣く頸をぞかいてンげる」
その後、直実は敦盛の後を弔うため出家、蓮生と名乗り一の谷を訪れる。
能「敦盛」この場面から始まる。

一の谷に着いた蓮生が往時を回想していると笛の音が聞こえる。
笛の主は若い草刈り男達だった。
蓮生と草刈り男は笛について問答を交わす。
草刈り男の登場から笛問答、若々しい姿は清々しく優雅さも加わる。
草刈り男は敦盛の幽霊だった。敦盛は父、経盛譲りの笛の名手だった。
蓮生は敦盛の菩提を毎日毎夜弔っていた。敦盛の霊はその報恩のため
現れたと言い残して消え失せる。

十六
「敦盛」使用面「十六」
口元の生毛や眉に初々しさが残る。敦盛の顔を想像して写したという。

蓮生の読経に引かれるように「淡路潟、通う千鳥の声聞けば、寝覚めも須磨の
関守は誰そ」和歌を口ずさみながら敦盛の霊が美しい少年武将の姿で現れる。
面は「十六」呼ばれ、初々しさが残る。
「平家にあらずんば人に非ず」の栄華から急転直下、須磨の浦に追い詰められ
須磨の里人と同じ生活を強いられた悲惨がクセで語られる。
須磨の浦の最後の夜、敦盛の父経盛は一門を集め笛を吹き今様を謡い
舞い遊んだ。経盛、敦盛父子は笛の名手で鳥羽院相伝の笛「小枝」を
敦盛は最後まで身から離さなかった。夜遊の笛は「小枝」だった。
その夜遊の舞を「黄渉早舞」で見せる。少年の舞が美しい。
平家物語に熊谷直実が敦盛の首を打つ時、名を問う。敦盛は直実の名を聞き
身分の違いに名乗るまでもないと、
「さては汝にあうては名乗るまいぞ。汝がためにはよい敵ぞ。
名乗らずとも頸をとって人に問え。見知らうずるぞ」と名乗らなかった。
日々夜々弔う蓮生に敦盛の恨みは消え身分の垣も消え、戦った昔を回顧しようと、
頸を討った本人の前でその場を再現して見せる。
凄惨な場面は緩和され、同じ蓮に生まれるべき人間同士であったと留る。

能「敦盛」の詳しい解説はこちら
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02.04
Sun
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野川 2018年1月20日写す。以下同じ
国分寺崖線(ハケと呼ぶ)から沁み出る地下水を集めて流れる。

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自然観察園
湿地もあり初夏に蛍も飛ぶ

野川公園は広大で静かな公園。自転車で気分転換にちょくちょく行く。
たまには缶ビールやワンカップの酒、コンビニのオカズ持参で。
もうすぐ桜が咲く。花見が楽しみ!
犬と駆けっこする子供たちの歓声を聞きながらの宴が心うきうき。
公園の東側の国分寺崖線に添って流れる清流、野川が魅力。
早春のセリ摘みが待ち遠しい。水鳥の食事場でもあり、暖くなると子供たちが
オタマジャクシや小魚を追っかけまわし、淀みで大人が釣りをする。
川沿いの遊歩道を老若がジョギングや散歩を楽しむ皆の公園と云った感じ。


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セツブンソウ(節分草)キンポウゲ科

野川公園の東側に、自然観察園がある。
自然に近い状態で野山の花が植えていて大好きな場所。
そろそろ節分草の季節。節分の頃咲くので節分草と云うからまだ早いかな?
と期待無しで行ってみた。咲き始めていた。
極寒の中に優艶な姿を現わす。不思議でならない。
花は昆虫に花粉を運んでもらうために暖かい時節に咲くものだと思うが
昆虫などいる筈もない極寒の中になぜ咲くのだろう?
この気品ある花に出会ったことがない昆虫たちが可哀そう。
能「胡蝶」では早春に咲く梅の花に会ったことがない蝶が、
蝶の精になって現れ、僧に法華経の功徳で梅の花に縁を結びたいと
懇願する。仏教全盛のこの頃、僧はスーパーマンだったようだ。

小面
前場の使用面「小面」少女の相貌。小は、可愛らしい、優しく美しいの意。

僧
後場の面「増」増は創作者、増阿弥による。
品位のある相貌から女神、天女など神仙女の類いの曲に使う。

「胡蝶」は童話のような、幻想的な能。
前場のクセでは中国の荘子が夢に蝶になって舞い遊んだという故事や
源氏物語「胡蝶の巻」に光源氏が園遊会に童に鳥や蝶のすがたで舞を
舞わせたことなどを語りファンタジーに誘う。
後場では僧の法華経の読経に引かれて、美しい胡蝶の精が現れ嬉々と
梅の花に戯れる舞を見せる。
大きく両の袂を広げ飛び翔る姿の型が美しい。
作者は大活劇の能「船弁慶」の作者、観世小次郎信光。
この作者にして優しい童話的遊び心があったとは、人は見かけによらないもの
とは今も昔も変わらないようだ。

   能「胡蝶」の詳しい解説はこちら。「船弁慶」はこちら

今年3月17日(土)国立能楽堂にて能「胡蝶」が上演されます。
子細はこちら


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