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06.30
Sat
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多摩川、是政の堰 2018年5月26日写す。以下同じ

真夏のような天気に河川敷は大賑わい、バーベキューの煙があちこちに
立ち昇っていた。
水辺では親子が水遊び。
何が獲れるの?ザリガニ?メダカ?オタマジャクシ?大漁?
と声を掛けたら子供がニコニコ、二本指でブイサインV

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イタドリ(虎杖)タデ科

土手から河川敷を見下ろしたら背丈を越す雑草。
足を踏み入れる隙間もない。花など期待できない、珍しくもないがと
道端に咲いていたのを写した。
若い茎に赤い斑点がある。虎の皮の模様に見立てたのだろうか。
虎杖と書いてイタドリと読ませる不思議。
虎に似た杖の意味にしては頼りないし、
虎が杖を突くとは漫画でも見た事ない。いずれにしても大げさな名。
別名スカンポ、この方がみんなよく知っている。
若い茎は生を塩で、酸味があり美味しい。ヌカ漬けは更に美味い。

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テリハノイバラ(照葉野薔薇)バラ科

背丈を越す雑草のヤブこぎをして河原に辿り着いたら見つかった。
純白のきれいな花だ。トゲがなければ胸に飾りたい。
「♪わらべは見たり野中のばら」はドイツの歌。
「一架の薔薇、満院香し」は漢詩。
日本の野バラの花の歌は聞いたことがない。
日本の作詞家は野バラのトゲが苦手なのだろうか。
中国の奥地、ウルムチの砂漠にトゲの鋭い花が咲いていた。
名は忘れたがガイドの話がショッキングだった。
駱駝がこの花をトゲ諸共に食べると。口から血を流しながら。
中国の砂漠に野バラがあったらラクダは多分喜んで食べるだろう。
テリハノイバラのトゲごときには驚かないと思う。

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クサフジ(草藤)マメ科
カラスノエンドウやスズメノエンドウと姿、形はそっくりだが
大型で大群落をつくり、花も群がって盛大に咲く。
鮮やかの紫の色がきれいだ。
紫は高貴の色。クサフジの名はピッタリ。

富山湾の氷見辺りは昔、多祜の浦と呼ばれたという。
氷見市の田子の浦神社に大伴家持の歌碑がある。
越中の守だったという家持はこの地を訪れ、船を浮かべて松にまとわり咲く
藤を愛でたという。以来、藤の名所となったのだろうか。
これらを下敷きに能「藤」がつくられた。

都の僧が多祜の浦の松にまとわり美しく咲く藤を見て古歌を口ずさむ。
「常盤なる松の名たてにあやなくも、かかれる藤の咲て散るかな」
美しい女の姿の藤の精が現れ、
「多祜の浦や、汀の藤の咲きしより、移ろう波ぞ色に出ぬる」
と詠んだ歌があるのに、松の名を引き立てるように咲く藤、
などという歌を口ずさむとはと文句をいい、藤の精と名乗り姿を消す。

僧の仮寝の枕に美しい姿の藤の精が再び現れる。
クセでは多祜の浦の四季に移ろう絶景を語り、序の舞を華やかに舞い
終曲のキリでは藤の花の美しさを強調して舞い、朝日山の彼方に消える。

多祜の浦は、現在は田子の浦。波は穏やかに湾の彼方に雪の立山連峰を
望む絶景の地。
能の名曲には人間の深刻な事柄を扱った作品が多い。
「藤」の後シテは仏法の功徳を謡い登場するが、僧である脇にお付き合い程度で
ひたすら多祜の浦の美景と藤の花の美しさを舞い謡う。

田子の浦の絶景と、松に咲く藤の美しさを思い浮べながら藤の精の舞姿を観る。
心は豊かに際限もなく、波の遥か向う立山連峰の彼方に広がる。
深刻な人の世の事どもを語る能。単純に美を追求する能。能の奥行きは広い。

増女2
 「藤」の使用面。「増女(ぞうおんな)」女神、天女、神仙女の相貌。

小面3
「小面(こおもて)」若い女の顔。小は可愛の意だという。

藤の精を神格として演ずるか、可愛い女性として演ずるか
で使用面を選ぶ。
    
能「藤」の詳しい解説はこちら

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06.23
Sat
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是政大橋 2018年5月26日うつす。以下同じ

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河川敷のサッカー、野球グランド

ボ~となった頭の洗浄に家から程近い多摩川に行く。時たまに。
JR中央線、武蔵境駅から西武是政線で15分程と近い。
是政橋は羽田の河口から32k地点、多摩川を跨ぐ府中街道の巨大な橋。
多摩川の河川敷は人丈を越す雑草が生い茂り柳、桑、クルミの大木が
我が物顔に根を張っていて、木陰には住所不定と称する人達の
別荘も建っている。雄大な多摩川に脱帽。
処々にサッカーや野球などのグランドもある。

土手から河川敷を眺めたら夏草が生い茂り花など咲いていそうにもなかった。
ためらうこと数分、意を決して気持ち悪い雑草を掻き分け掻き分け。
雑草の中に、けなげに咲くきれいな花を見つけた。
寄せた眉がぱっとひらいた。
外国渡来の花達だった。花でさえも外国は強い!
以前から不思議に思っていたが、多摩川には外国から不法侵入の
植物が我が物顔にはびこっている。それも沢山の種類がある。
どうして多摩川にはびこっているのだろうと不思議で仕方がない。

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ポピー(ヒナゲシ、雛芥子)ケシ科

釣りの人の踏み跡の傍らに咲いていた。 生い茂るカヤ類の雑草の中に
ポツリと真っ赤な花、目を疑った。全く場所違いの中に咲いていた。
ポピーには色々な種類があるそうだが名前は分からない。
どこかの公園に咲いていたのを見た記憶がある。
麻薬のアヘンを採るケシの仲間だそうだ。
ヨーロッパ、西アジアなど外国の原産だそうだ。

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ヤナギハナガサ(柳花笠)クマツヅラ科

花の咲く形が花笠、葉が柳の葉に似ているからだという。
南アメリカ原産だそうだ。
何とも可愛い名。名付けた学者はやさし人に違いない。
花の名から南アメリカのイメージが湧いてこない。
半裸に近い格好で腰を振り振り華やかに踊るリオのカーニバル、
あのリオに咲いているとは思えない地味ながら優雅な雰囲気の花。

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コゴメバオトギリ(小米葉弟切)オトギリソウ科

ヨーロッパ原産。日本産のオトギリソウに花は似ているが葉っぱが
米粒のように小さい。
弟切とは物騒な名。オトギリソウは薬草。
昔話に、秘密にしていた薬草のオトギリソウを弟が人に教えた。
怒った兄が弟を斬ってしまったと云う伝説から付いた名だそうだ。
平安時代の伝説だそうな。

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キンケイギク(金鶏菊)キク科

真っ黄色のきれいな花。やったー!と写真に収めて帰ったら、
台所に全く同じ花が生けてあった。道端で摘んで来たという。
野川公園事務所に飛んで行って、教えてもらった。
北アメリカ原産で繁殖が強く日本の花を追い出すので栽培禁止だそうだ。
話を聞いているうちに思い出した。中央高速の土手にはびこっている。

やっかい者の花になんと立派な名を付けたものだ。
公園事務の人に金鶏菊の名の由来を聞いたが分からないそうだ。
金鶏は天上に住む想像上の鶏、平泉に金鶏山という山があったのを思い出した。
麓に温泉宿があった。東北の古い湯治場の雰囲気の宿だった。
日本各地に金鶏伝説があるというが話の内容は聞いたことがない。
能「俊寛」では薩南諸島の硫黄島に流された俊寛が「金鶏夜宿す不萌の枝」
と謡う。当時は地の果てであったこの島にも金鶏伝説があったのかも知れない。

俊寛は「天性不信第一の人にて是を用いず」と平家物語にあるという。
かなり性格のきつい人だったのだろう。
一緒に流された平康頼、藤原成経は信心深く流刑地に三熊野を勧請して帰国を祈る。
熊野詣の二人の帰りを俊寛は道迎えだと云い、酒を持参して待つ。
最果ての島にあるはずもない酒は水だった。
僧でありながら不信心の俊寛の二人への揶揄だったのだ。
「もとこれ薬の水なれば、れい酒(美酒)にてなどなかるべき」と俊寛。
三人は水の酒を飲む。俊寛が二人の酌に立つ。折しも秋、散る木の葉を
手に受け杯に似ると見つめる。
さすがの俊寛にも都での栄華の思い出が沸々と湧き上がる。
木の葉を受ける僅かな所作に万感がこもる。

剛愎片意地の俊寛に更なる悲劇が襲う。
清盛の娘、高倉天皇妃、徳子の安産祈願のため特赦が行われ赦免使が
島に着く。
赦免状には康頼、成経二人の名だけ、俊寛の名はなかった。
俊寛は繰り返し繰り返し赦免状を読む。
包み紙ではと裏返してみる。俊寛の名はない。

「幼き者の乳母や母などを慕うように足摺りして是乗せて行け具して行け」
と平家物語。
自尊心も恥じも外聞も心中の全てを放り捨て泣き叫び艫綱に取り付く俊寛。
「船人艫綱押し切って船を深みに押し出す」
船影は波の彼方に消え手を上げ茫然と沖の一点を見つめ立ち尽くす俊寛。

能「俊寛」は“舞の型”の片鱗もない。
僅かな動きと限られた所作と謡で、脆弱な人の心を徹底的に抉り出して見せる。
感動の波のうねりは大きい。
俊寛36歳、この島で生涯を閉じた。

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艫綱に縋りつく俊寛

能「俊寛」の詳しい解説はこちら

      

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06.18
Mon
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クリンソウ(九輪草)サクラソウ科 2018年5月6日写す。以下同じ

花屋で売っている花はほとんど外国原産の花、派手な花が多い。
だが日本にだって派手な花が咲く。クリンソウはその見本。
数個の花が輪になって数段、背も高く派手に咲く。
クリンソウは湿地に咲く花。
なんと千日回峰の山道の傍らに咲いていた。
鬱蒼とした杉林の中だったが多分水気があるのだろうが、人が植えるような
場所ではなかった。さすが背丈は低く花数も少なかった。

九輪草の九輪はお寺の塔の上にある九つの輪、花の咲く格好が似ている
からだそうだ。
水気の少ない悪環境で咲いていたのは、格好いい名を付けてもらったお礼に
行者達を励まそうと咲いているのかもしれない。
もしかしたら行者達が付けた名かも知れないと勝手に思ったり。

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鐘楼

根本中堂は修理工事中でシートに覆われていた。
ガッカリ!力なく石段を登っていたら、いきなり“ゴ~ン”
ビックリ!見上げたら赤い鐘楼が見えた。
時を知らせる鐘ではなく参拝の人が勝手に撞く鐘だった。
ゴ~ン♪ 諸行無常、悟りの響き。一突き50円。50円は安すぎる。
梵鐘の音はいい、巷に溢れるどの様な楽器の音よりも心を癒してくれる。


鐘と云えばやはり三井寺の鐘。
琵琶湖を見下ろす三井寺の庭の鐘楼にぶら下がっている。
昔、近江三上山の大ムカデを退治した豪傑、俵藤太秀郷が竜宮から
奪い返して来たと云う伝説の鐘だという。

鐘にはヒビが入っていて撞けない。
昔、比叡山と三井寺は仲が悪くイザコザが絶えなかった。
延暦寺の座主の座を巡るトラブルが原因だったそうだ。
三井寺に攻め込んだ僧兵の中に弁慶がいた。
弁慶は鐘楼の名物鐘を引きずり下ろし琵琶湖目がけ蹴っ転ろがした。
鐘は十里四方に轟音を響かし琵琶湖に沈み竜宮に達した。
「ヒビ」はその時入ったヒビだそうだ。
弁慶が蹴っ転がした鐘を秀郷が竜宮から奪い返したというが、
弁慶と秀郷とは時代が違う。
だが豪傑二人の物語は大げさだが豪快で面白い。
嘘でもいい、能「楊貴妃」でいうように、どうせこの世は
「何ごとも夢まぼろしの戯れや、あわれ胡蝶の舞ならん」

三井寺の鐘は昔から知られた名鐘だったのだろう。
能「三井寺」ではひたすら鐘のこもごもを語る。

三井寺
「初夜の鐘を撞く時は、諸行無常と響くなり」名月に三井寺の名鐘を撞き
舞い狂う母。

能「三井寺」は狂女物と呼ばれる能だが類曲と一味違った曲。
前場は極めて短い。
清水の観世音に我が子の行方の啓示を祈願するため参籠した母が霊夢を被る。
子を思う母の心情を重々しく描く。

後場はガラリと変わる。
「雪ならば幾たび袖を払わまし、花の吹雪と詠じけん、滋賀の山越うち過ぎて」
古歌を引いて琵琶湖々畔の美景を謡い登場するシテ、何とも洒落て面白い。
狂気をあらわす「カケリ」の後、三井寺への旅の様子を語る「道行」も道中の
名勝を語り舞い狂う。ひたすら子を偲び狂うのとは又違う面白さだ。

折しもの名月に住僧は弟子の子供達を伴い月見をする。
中にシテ、狂女の子もいる。能力が鐘を突く。
「わらわも鐘を撞こうずるにて候」と云う狂女に「狂人の身として鐘撞くべきか」
と制止する住僧に、鐘にまつわる故事を語り煙に巻き、鐘を撞く。
「鐘ノ段」と称しこの能の核となる知られた名場面。
続くクセの詞章が絶品、聞かせ処。

「三井寺」の母も子故の狂いではあるが芸の面白さを主眼にした能、
子への想いが溢れる「隅田川」と対極にある能と云えるかもしれない。
 
能「三井寺」の詳しい解説はこちら

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06.10
Sun
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ヤマツツジ(山躑躅)2018年5月6日比叡山にて写す。以下同じ

孫の長男が生まれた。名は直愛。ナオチカと読む。
人の名は時を写すかのように、その時々流行があるようだ。
人の名を聞くと生まれた時のおおよその見当がつく。
直愛の名の感想、人により色々。古風だネ~だのナウいネ~だの。
直愛の名は子供か大人か見当が付かないかもしれない。
それが又気に入っている。殊に“愛”がいい。

直愛の初節句に行った。京都在住なので次の日、比叡山に登った。
比叡山、高野山と云えば誰でも知っている霊山。
きれいな花が咲いているに違いない。
期待は外れた。不平を呟いたら何処からか「そうゆう輩は登るナ、
ここは霊山、路傍の雑草の花、石ころでも浄土の蓮に見えなければならぬ」
厳かな声が聞こえた、ように、まさかと耳をほじくった。
だが満開のツツジの群落が処々にあり可哀そうな一衆生を慰めてくれた。


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京都市街遠望

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玉体杉

ケーブルカーを降りて歩き、根本中堂を拝み、千日回峰の道を辿り横川まで歩いた。
根本中堂から横川までの中間地点に京都市街を見下ろす開けた処があった。
回峰の行者が天皇の安泰を祈った処で傍らに杉の古木がたっていた。
“玉体杉”と呼ぶとあった。皇室と比叡山の絆は深かったと聞く。


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チゴユリ(稚児百合)ユリ科

名のように可愛い花。玉体杉の傍らに咲いていた。
回峰の行者達の心の中は仏様に占領されているのは当たり前だが、
ホッと一息!目をやったら可愛いチゴユリ。厳しい顔がニッコリなんて
事はなかったのだろうかと不遜な罰当たりを考えたり、
だが如何に行者でも可愛いものは可愛いに違いない、許されよ!

比叡山は古くから代表的な霊山だが不思議に能に登場は少ない。
当たり前だがケーブルカーなど無く険しい山は登るのは難しかったから
だろうか。だが天狗はいとも簡単だ。羽団扇一煽ぎで山頂。
能「是我意」では中国の天狗の首領、是我意坊が比叡山を狙う。

能には色々な天狗が登場する。少年、牛若丸に武芸を教えて
源氏の再興を助ける「鞍馬天狗」の天狗。
トンビに化けて子供に捕まって僧に助けられ、そのたお礼に釈迦の説法を
魔法で再現して見せ、仏法を軽んじたと帝釈天に散々お仕置きされる
トンマな天狗だがニコリとさせる「大会」の天狗。
「是我意」の是我意坊は中国の魔道の王と自負する、恐ろしげな天狗だが
何処か底抜けの愛興味もある。


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「是我意」の使用面。高慢な天狗の面相

中国から空を飛んで来た是我意坊「日本、秋津洲に着きて候。
山の姿、木の木立、我らが様なる者の住むべき所と見えて候」
と云う。魔王が云うのだから間違いなく日本は自然に恵まれた
美しい国なのだ。
是我意坊は仏法を妨げようと仏法盛んな日本に来た。
愛宕山の天狗、太郎坊を訪ね助力を頼む。
二人は比叡山の仏法の偉大さを語り合い、敵対する愚かさを自覚し
仏敵、法敵となる身を悲しむが、愚痴を言っている場合ではないと
比叡山に向かう。
信仰心の希薄な現代人には意味難解な仏教の言葉が並ぶが
何か得体の知れない感動に包まれる。
信仰厚い当時の人には有難い場面だったことだろう。

是我意坊が向かった比叡山に不動明王と十二天が現れ懲らしめようとするが、
その先に日本の神、山王権現、男山八幡、松尾明神、北野天神、加茂明神の
諸神が神風と共に現れ散々に懲らしめ、是我意坊の天狗の翼も神風に吹き折られ、
ほうほうの態で大唐の故郷に逃げ帰る。
是我意坊が神々に追われ豪快に大暴れするが、痛快さを超えた大唐の天狗の
威厳をも見せる。小書き(特殊演出)では是我意坊の威厳を更に強調する。

能「是我意」の詳しい解説はこちら


《 能を見てみませんか?≫

金剛流潤星会30周年記念公演
日時 平成30年6月17日13時より
会場 国立能楽堂 渋谷区千駄ヶ谷 JR千駄ヶ谷駅徒歩5分

番組
能  楊貴妃 玉簾 シテ 山田純夫
狂言 居杭     シテ 大藏彌太郎
仕舞 笠ノ段    シテ 金剛永謹
能  望月     シテ 山田伊純  

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楊貴妃

永遠の美女楊貴妃、今は冥土にあって玄宗皇帝を偲ぶ。
美しく優艶を旨とした女能第一の能。

望月2
望月
仇討ちの能。主従の絆を感動的に描き、秘曲「獅子」を舞う。
秘曲故に上演稀な大曲。

お申込み
潤星会 〒180 武蔵野市境南町5-3-17山田純夫
TEL 0422―32―2796 090-3349-3631
チケットぴあ カンフェティでも取り扱っております。(カンフェティ割引席あり)
詳しくはこちら

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06.03
Sun
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八ヶ岳牧場から望む甲斐駒ヶ岳
2018年4月27日写す。以下おなじ

駒ヶ岳の名の山はあちこちにあるが甲斐駒ヶ岳はずば抜けて急峻な山。
昔ある人を偲んで「ひまわりの枯れ残りてや駒ヶ岳」
あだ名“ひまわりさん”だった。少年の頃の思い出。

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クサボケ(木瓜) バラ科

よく見かける花。多摩川上水にも咲くが流石八ケ岳山麓、
オレンジ色が鮮やかだった。
脳ミソ形のしわしわの実がなる。果実酒は美味しくしかも喉の薬とか。
ボケの名が恨めしい。
実が瓜に似ているので木瓜、もけと読んだそうだが訛ってボケだという。
ボケは人を悪し様に云う悪口の最たる言葉。
意味が違うといくら弁解しても人のボケの連想は消えない。許せない。(笑)

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クリンユキフデ(九輪雪筆)タデ科

目立たない花だが何か風情を感ずる。八ヶ岳牧場で見つけた。
我が物顔に蔓延り癪にさわる雑草、イヌタデを見慣れているせいか、
タデの仲間を見つけると気になる。
サクラタデやイブキトラノオなどきれいな花を咲かせるものもある。
クリンユキフデは初めて見たような気がする。名も知らなかった。
近くの野川公園の職員に名前を教えてもらった。
ややこしい名前を付けたものだと感心。

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ワサビ(山葵)アブラナ科

沢の縁に一株だけ咲いているのを見つけた。これはてっきり自然のモノだと
思い、小躍りを超えて大踊りした。自然生えは見たことが無かったから。
更に奥に行ってみると大群落があった。栽培していたのが、
しんどくなったのかホッタラカシになったのだ。
ガッカリだったが真っ白の花の大群落に息を吞んだ。

山葵は平安の昔から食べていたそうだ。人間はすさまじく獰猛な動物。
猛獣を殺して食べ、毒の草木や実を毒抜きして食べる。
涙が出るほど辛い山葵や唐辛子を嗜好品にしてしまったのだから恐ろしい。
しかめっ面をして“うまい!”落ち着いて考えれば可笑しい。
表情のない顔を能面のような顔と云うが、大量のワサビを口にした様な、
しかめっ面の面もある。「悪尉」。恐い神様や怨霊の能に使う。

怨霊の能と云えば「綾鼓」
老人の恋という奇想を道具に、人間の性を鮮烈に悲惨にえぐり出した名作。

綾鼓2
「とうとう打ち給え打ち給へとて、笞を振り上げ責め奉れば、鼓は鳴らで
悲しや悲しやと叫びまします女御の御声」
女御を責め立てる老人の怨霊

皇居の庭掃きの老人が女御の姿を垣間見、恋に落ちる。
伝え聞いた女御は「恋に上下をわかぬ習いなれば不便に思し召さる」と、
もう一度老人に姿を見せよう、ただし皇居の庭の池、桂の池の桂の木
に鼓を掛けさせて老人に打たせ鼓が鳴ったならばと約束する。
老人は必死に鼓を打つ。鼓は鳴らなかった。鼓には皮ではなく絹の織物、
綾が張ってあり鳴る筈はなかった。
絶望のあまり老人は桂の池に身を投げる。

老人の恨みを恐れた官人は池の畔に女御の出御を促す。
夕波は立騒ぎ鼓の音が聞こえ、鼓はやがて老人の嘆き、恨みの声に変り
湧き上がる。
恐怖に狂気となり泣き叫ぶ女御に老人の怨霊は笞を振り上げ
「鳴るものか鳴るものか打ちて見給へ」、と責め立てる。

源氏物語「柏木の巻」では左大臣の息子柏木が光源氏の正妻女三宮を
垣間見て恋に陥る。
源氏の焼き餅のイビリに柏木は病に陥り死ぬ。
綾鼓も、柏木の巻も同じ題材だが柏木は大宮人、老人は卑しい庭掃き、
凄惨さは比べるべくもない。

  能「綾鼓」の詳しい解説はこちら

《 能を見てみませんか?≫

金剛流潤星会30周年記念公演
日時 平成30年6月17日13時より
会場 国立能楽堂 渋谷区千駄ヶ谷 JR千駄ヶ谷駅徒歩5分

番組
能  楊貴妃 玉簾 シテ 山田純夫
狂言 居杭     シテ 大藏彌太郎
仕舞 笠ノ段    シテ 金剛永謹
能  望月     シテ 山田伊純  

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楊貴妃

永遠の美女楊貴妃、今は冥土にあって玄宗皇帝を偲ぶ。
美しく優艶を旨とした女能第一の能。

望月2
望月
仇討ちの能。主従の絆を感動的に描き、秘曲「獅子」を舞う。
秘曲故に上演稀な大曲。

お申込み
潤星会 〒180 武蔵野市境南町5-3-17山田純夫
TEL 0422―32―2796 090-3349-3631
チケットぴあ カンフェティでも取り扱っております。(カンフェティ割引席あり)
詳しくはこちら

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