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07.29
Sun
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ヤクシマススキ(屋久島薄、芒) イネ科 2018年7月3日写す

屋久島の草花は小型で知られている。
屋久島は一ヶ月に三十五日雨が降ると云われる。
軟らかい土の登山道は雨水で溝の様に抉れている。
休憩した登山道にえぐれた道の端に枯れかかったヤクシマススキがぶら下がっていた。
水筒に入れて持ち帰った。
意外にも息を吹き返し以来30年、生育環境がいいのか背丈も10倍以上にも伸びた。
だが普通のススキよりははるかに低いチビだ。

屋久島ススキは背丈が低いので盆栽愛好の人達に喜ばれる。
通り掛かりの盆栽好きの人から株分けを頼まれることがある。
屋久島の地どりだと自慢して差し上げる。

ススキは身近な植物だった。茅葺屋根の材料、家畜のエサ、何よりも
十五夜のお月さまの団子と一緒のお供え。
世の中、急激に変わっていく。
茅葺屋根や家畜、団子などの郷愁に耽る暇などない世の中になった。

ススキは能でもしばしば語られる。能「松虫」では終曲に
「さらばよ友人、名残の袖を、招く尾花の仄かに見えし、後絶えて
草茫々たる朝の原、虫の音ばかりや残るらん」と謡う。
耳の底に虫の音、脳裏に友の顔、何時までも余韻が尾を引く能。

松虫の音に誘われ阿倍野の松原に分け入った男が草露に伏して死んだ。
その男を偲ぶ友人の物語。
面は怨霊面の怪士。幽霊の奇異な出で立ちで怨みの舞ならぬ友への思慕を舞い、
異次元に誘う。
クリ、サシ、クセでは、味わい深い詞章で男の友情を語り、
キリでは虫の音に寄せて友を語る。
同性愛的思慕を描いた能だとする。
若い男の友情は純粋であり、濁りがない。
この時代は念友が流行ったというが、怨霊のようにひたすら友を偲ぶ
能として鑑賞したい。
我が家の猫の額のヤクシマススキには阿倍野の松原の風情がある。
風に靡く扇のような花穂を見ていると色々な人の顔が浮かぶ。

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ユウスゲ(夕菅)ワスレグサ科 2018年7月5日写す

名の通り虫もねぐらに帰る夕暮れ時に咲く不思議な花。
科の名のワスレグサは道端にも咲くヤブカンゾウの別名だそうだ。
藪カンゾウはもちろん仲間の野カンゾウ、浜カンゾウ、夕スゲ、日光キスゲ
などの花はサッと茹でてお酒のつまみに、美味しいしその上きれい。
若芽は天ぷら、茹でておひたしが美味。

十数年前、ヒノキの植林で掘り返されたのを拾って来た。
日光キスゲだと思っていたらユウスゲだった。
だがガッカリはしなかった。

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ソバナ(岨菜、蕎麦菜)キキョウ科 2018年6月26日写す

おいしい山菜。名を聞くだけで杣人(林業に携わる人)が家で待つ
愛妻の土産に摘む山の菜を連想する。
険岨な山に生えるから岨菜だというが、ちょっとした山、杣山にも珍しくない。
やはり岨菜より杣菜がいいと思うが学者が付けた名だろから仕方がない。
釣鐘のような薄紫の花が可愛い。


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オカトラノオ(岡虎の尾)サクラソウ科

茎の先っぽがそのまま花穂になっていて、桜の形の小花が尻尾の形に咲く。
虎の尻尾は大げさで子猫の尻尾ほど。
花穂の元から先の方へ順番に咲くのがいい。
可愛い花なのに庭などに植えているのを見たことがない。
虎は恐ろしい猛獣。古来、人は虎を恐れ半ば神聖視して来た。
色々な説話が伝えられているという。
能「放下僧」では弟が兄を説得するのに虎の説話を語る。

父を殺された男が兄に敵討ちの相談を持ちかける。
兄は僧侶、敵討ちは殺人、兄はにべなく断る。
弟は虎の説話を語る。
「母を虎に殺された男が仇を取ろうと百日もの間虎を狙う。
ある夕暮れ虎に似た大石を虎と思い込み矢を放つ。
矢は石に突き刺さり夥しい血が流れた」
兄は弟の一念に抗することができず敵討ちに同意する。

兄弟は放下に身をやつし仇を追う。放下は当時流行った旅芸人。
兄は僧形、遭遇した仇との禅問答が聞きどころ。丁々発止と小気味いい。
中世の人達は禅問答を聞き物として楽しんでいたのだろうか。
この能の核の一つでもある。
禅問答は解説を読んでもチンプンカンプンだが禅の世界観の感じ位は伝わる。
討つ側と討たれる側の緊張としても伝わる。
クセは定型の型で舞う。
僧形の放下らしく自然の佇まいを謡い自然現象の中に輪廻を見ると謡う。
舞う姿に、はっきりとした言葉はないが僧として殺人を犯し仏の戒めを
破る悲しみが伝わる。僧形の舞は異様で様々な思いを誘う。
続く鞨鼓、小唄がこの曲の眼目。
鞨鼓は鼓を腰につけ、打ちながら軽快に舞う。
小唄は室町時代に流行った歌謡、この能に採り入れられた。
閑吟集にも採られているという。
中世の歌謡集、梁塵秘抄や閑吟集は歌詞のみ。
当時は音符がなかったから節は分からないがこの放下僧の小唄に、
完全ではないかもしれないが、当時の節が窺える。

この能は敵討ちの能だが敵討ちは方便、禅問答、クセ、鞨鼓、小唄を見せ、
聞かせるのが眼目の能。「遊興物」と呼ばれる。

ほうかそう
“切って三段となす”と刀に手を掛け、はやる弟を押しとどめる兄の僧。

能「放下僧」の詳しい解説はこちら

「松虫」はこちら


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07.21
Sat
我が家の庭は猫の額に例えては猫に失礼。ネズミの額に近い。
以前住んでいた人が大谷石の塀を回らしていたが、日当たりや風通し、
少しでも沢山花を植えたいと撤去した。
色々な人がモッタイナイと云ったが大谷石より花の方がきれいだからと答えた。
泥棒は怖くない?という人もいる。
我が家を訪れた泥棒氏、きっと気の毒がって金一封置いていくかも知れない
と答えることにしている。我が家には泥棒氏の期待に添うべきものがないから。

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カトレア ラン科 2018年 7月5日写す。

花の女王と云われるそうだ。これほど派手な花は少ない。
十数年前、北松戸駅前の街角で農家のおじさんがリヤカーで売っていた。
多分カトレア栽培を断念したのかもしれない。その姿にほだされて買った。
東京ドームのラン展で買ったカトレアは冬を越せなかった。
おじさんのカトレアは原種に近いのか十数年咲続けている。
外国由来種や園芸種は興味がないと云いながら例外が二、三ある。
不審されたら、きれいな物はきれいだから仕方がないと
開き直ることにしている。
花が終わり、用なしになった花の残骸を知らない人が鉢ごと、
猫の額に置き去りにしたのもある。

イギリスの花好きの貴族が南米から花を取り寄せた、
その花を包んだ苔の中から偶然に発芽した。
カトレアの名はその貴族の名に由来するという。
偶然は仏教では偶然ではない、因果応報。
然るべき理由があってカトレアはイギリスの貴族の元に届き
我が家のネズミの額に届いたと信じている(下手な冗談)
能には因果応報によって苦しむ人たちを描いた作品が少なくない。
「善知鳥(うとう)」や「鵜飼(うかい)」「求塚(もとめずか)」などがある。

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ゲッカビジン(月下美人)サボテン科 2018年7月9日写す

これも外来の花。剪定で捨ててあった葉っぱを拾って来て植えた。
萎びていて駄目だろうと思っていたが根付いた。
さすがサボテン科、乾きに強い。
白鳥の羽根のような純白の花弁を重ね、不思議な雰囲気を放つ花。
夜咲く不思議。名も不思議。
昭和天皇が名付け親。
台湾を訪れた昭和天皇がこの花を見て名を訊ねた。
随行の台湾総督が名を知らぬまま咄嗟に「月下美人」と答えたそうだ。
「その名の通りの花だね」と云ったと聞いたような気がする。
以来月下美人となったという。
天皇でなければ月下美人とはならなかったと思う。
然れば昭和天皇が名付け親だとしていいと思う。
かく云う者が台湾総督であったら、“微笑小町”と答えた。
高貴な宮廷美人の装いだし、微笑む小野小町野のイメージにピッタリだから。

小野小町は平安前期の歌人。才色兼備の宮廷美人として知られている。
小町には色々な説話が伝わっているという。能の題材には打って付け。
「通小町(かよいこまち)」「草紙洗(そうしあらい)」などがある。
通小町は深草の少将の百夜通いを題材に、人の苦しみの根源をあばいて見せる。
草紙洗は小野小町というキャラクターを的確に描いた豪華絢爛、宮廷絵巻の能。

宮廷の歌合せに、前夜準備した小町の歌を大友黒主が盗む。
黒主は万葉の草紙に盗んだ歌を入れ筆して、小町の歌は万葉集の盗作だと訴える。
悲しむ小町、美人の憂愁は一幅の絵。
小町は帝に訴えて草紙を洗う。入れ筆の歌は流れて消える。
疑いが晴れ喜びの舞を舞う小町。美人の舞は一幅の美しい絵ならぬ一巻の動画。
数々の歌人がきらびやかに居並び、まさに宮廷絵巻を見るようだ。
視覚にも訴える能。

草紙洗
疑いが晴れ百官の居並ぶ中で喜びの舞を舞う小町

能「草紙洗(そうしあらい)」の詳しい解説はこちら
「善知鳥(うとう」」はこちら
「鵜飼(うかい)」はこちら
「求塚(もとめずか)」はこちら
「通小町(かよいこまち)」はこちら

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07.14
Sat
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江の島 2018年6月3日写す。以下同じ

鎌倉から藤沢までを走る可愛い電車、江ノ電。
鎌倉の民家の軒をかすめて走り海際に出ると向こうに江の島、
絶景が広がる。
あたりの海はサーフィンやウインドサーフィンのメッカ。
江の島はその古、歌にうたわれロマンチストの郷愁の島だった。

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デイゴ(梯梧又は梯姑)マメ科

江の島と目と鼻のホテルの庭に咲いていた。
デイゴは沖縄の県花。沖縄では街路樹や公園、民家の庭先を豪華に飾る。
インドやマレー半島あたりの原産らしいく、超ハデな花。
こんな所で見るなんて意外だった。
沖縄ではデイゴの木でアンガマーの面を作る。
アンガマーは歯の抜けたお爺さんとお婆さんの面。
アンガマーの面を付けた二人を先頭に踊りながら家々を回り長寿を寿ぐ。


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テイカカズラ(定家葛)キョウチクトウ科

奥多摩で取ったやつ

テイカカズラは木や岩に遠慮会釈なく絡みつく。
絡みつくので垣根などに植えられている。
花は上品な高貴な香りがする。
それもその筈、式子内親王の香りなのだ。
式子内親王は鎌倉初期の歌人、後白河天皇の皇女。
鎌倉初期を代表する歌人、藤原定家は親王に執拗なまでに恋をした。
死後、その執心はテイカカズラになり式子内親王の墓石に絡みついたという。

能「定家(ていか)」はこの凄惨な定家の恋を執拗なまでに見せる。
曲の名は定家だがシテは式子内親王。定家は登場しない。
クセでこう謡う。
「憂き恋せじと禊せし、加茂の斎の宮にしも、そなわり給う身なれども」
辛い恋などしないと神に誓って加茂神社の齋院に上がった式子内親王だった。
だが定家は容赦しない。病を得て齋院を退いた内親王の元に通う。

能は不思議な芸能だと思う。何処からが始まりか分からない。
見所と呼ぶ客席には他にはない雰囲気が漂っている。
幕が上がる前に幕の前で囃子方が「お調べ」と称する、楽器を奏するのが習わし。
楽器の小手調べという意だろうが、前触れもなく突然始まるお調べに、
見所のざわめきが一瞬にして止まる。
囃子方が片幕で登場、片手を腰に当て威儀を正して歩み、
茶の湯の“にじりぐち”に似た切戸口から地謡が登場、
座に就くと笛が「ヒシギ」吹く。
地球上の音楽にはない、とんでもない高音。予期も何もかも吹っ飛んでしまう。
どこからが能の始まりかは、その人任せでいいのかもしれない。

能は美味しい果物。果肉が幾重にも皮状に重なっている。
果肉はそれぞれ芳醇な香りを放ち更に陶酔剤が配合されている。
芳香や陶酔剤の成分は和歌、漢詩、故事、舞など、
これらは人の想いが凝縮されたものの発露だからだ。
核心の果肉は途中にあったり最後にあったりする。
能と云う果肉を食べ終わり陶然として家路につく。

後見が“山”と称する作り物を舞台の後方の真ん中に据える。
山には蔦鬘が巻き付けてある。ツタ、カズラが目をひく、式子内親王の墓。
最初の果肉かもしれない。
「山より出る北時雨」ワキが謡う。ワキ僧は自ずから時雨亭に導かれたのか
式子内親王の霊に導かれたのか。
静かに現れた内親王の霊の化身、里女は時雨の亭のいわれを教え、
荒涼とした佇まいを地謡が謡う。
この初めの地謡を初同といい物語の舞台設定のカギであり、
舞台の成否を左右するとまで云われる。
女は内親王の墓に案内し墓石にまつわりつく葛は藤原定家の執心が葛なって
絡みついたのだと語り、続くクリ、クセで二人の交情と恋の結末を語る。
クリ、クセは地謡が謡う。
シテは葛が絡みついた作り物に、縛り付けれたうずくまっている。
何時しか地謡の声はシテの呟きになっていく。
「誠の姿はかげろうの、石に残す形だに、それさえ見えず蔦かずら」
墓石の形も分からない程に絡みついた墓のなかに帰って行く。
舞台の設定は全て終わり核心の果肉の出現に息を呑む。

僧は法華経を読む。
式子内親王が墓石の中からから姿を現わす。
その姿は凄まじい。皇女の姿ながら色無しの着衣に顔は「痩女」
「亡き後までも苦しみの、定家蔓に身を閉じられてかかる苦しみ隙なきところに」
僧の読経に蔦鬘が解けたのだ。内親王は報恩の舞を舞う。
舞は「序ノ舞」。序の舞は優女の舞が通り相場。
痩せ女が序ノ舞を舞う。
昔、宮中で翻した花の袖と謡うが鬼気を拭い得ない。
舞い終えて内親王の霊は墓所に帰る。墓石は再び蔦鬘に覆われる。
これほどまでに凄惨な結末があるだろうか。
読経の功徳は一時の間だったのだろうか。

能「定家」の詳しい解説はこちら



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07.07
Sat
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報国寺山門 2018年6月2日写す以下同じ

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イワタバコ(岩煙草)イワタバコ科 鎌倉、報国寺で写す。

鎌倉にイワタバコが咲く!不思議で仕方がない。
イワタバコは山奥の滝の岩壁に、水しぶきを浴びて咲く花だと思っていた。
十数年前、鎌倉の山に分け入って何かないかと物色中、偶然見つけた。
水気のない岩カベの苔の座布団の上に笑顔で咲いていた。
その数年後、報国寺の竹林の中にあるお茶屋さんに行った折、
報国寺の脇を流れる小川の岸にはかなりの群落を見つけた。

鎌倉を訪ねたのは江の島で謡曲大会があり、そのついでにイワタバコの
様子を見に寄った。毎年6月の中頃訪ねる。
花期には少し早いかナ?と思ったが満開だった!良い行いの褒美かナ!と(笑)

イワタバコは花弁が厚く星型に咲き、まるで造花のようところが反って可愛いい。
薄い紅紫の花色がきれい。好きな花、番付けの上位。
葉っぱがタバコの葉に似ていて岩に生えるからイワタバコだそうだ。
タバコの葉は大きくてごつく、表面ネバネバで悪臭を放ち気持ち悪い。
イワタバコは小型で鮮やかな緑、形は似ていてもタバコの葉とは大違い。
若い葉は昔から食べられていたそうだ。岩ジシャともいうらしい。
この名の方がピッタリ。だが苦味がある。
「生魚、すぐ飽きチシャ(苣)を所望かな」口直しに最適かも。

報国寺脇の小川の上流に見上げる岩カベがありイワタバコがびっしり
付いている。イワタバコの花は星型、花の時には満天の星空だろう。
“星月夜”は鎌倉の枕言葉、まさかイワタバコが縁ではないだろうが、
鎌倉の星空はイワタバコをちりばめたように綺麗だったのだろうか。
若い鎌倉武士は満天のイワタバコ星空の鎌倉海岸を雄叫びして、
遠駆けしかもしれない。能「小督」の源仲国のように。
仲国は願い満願「勇める駒にゆらりとうち乗り」
名月に鞭を上げ嬉々と都に帰ったのだ。

小督は高倉天皇に愛された女房。高倉天皇妃徳子は平清盛の娘だった。
焼き餅の清盛に狙われた小督は嵯峨野に身を隠す。天皇の嘆きは限りなく
源仲国に行方を探させる。
仲国は牡鹿鳴く嵯峨野を目指し名月に鞭を上げ、天皇に賜った名馬を急がせる。
牡鹿は牝鹿を求めて鳴く。
牡鹿の声が仲国には天皇の悲しみの声に聞こえたのかもしれない。
小督は琴の名手だった。折しも八月十五夜、小督は琴を弾く。
小督の琴の音を聞き知っていた仲国は、琴の音で小督の住家を探しあてる。
「峰の嵐か松風かそれかあらぬか、訊ねる人の琴の音か、楽は何ぞと聞きたれば
夫を想ひて恋ふる名の想夫恋なるぞ嬉しき」
「駒ノ段」といい、誰でも知っている黒田節にも歌われる名場面。
天皇との再会を約した、小督の返書を貰って仲国、喜びの酒宴で「男舞」を颯爽と舞う。

高倉天皇は中宮に仕える女房の使用人だった少女を愛した。
人々は少女を葵前と呼んだ。事が公になり天皇は天皇としての矜持を重んじ、
葵前を遠ざけたが想いは募るばかりだった。
宮中を出て我が家に帰った葵前は病を得て死ぬ。
天皇の葵前へ想いはますます募り、打ち沈むばかりであった。
中宮徳子は天皇を慰めようと女房の小督を差し上げた。
小督は宮中一の美女、そのうえ琴の名手であった、などなどと平家物語にあるそうだ。

中宮徳子の父は平清盛。権勢を笠に悪行の限りを尽くした人といわれる。
母は二位尼、平時子。壇ノ浦で安徳天皇を抱いて入水した気丈な人。
この二人の間に生まれた徳子、我が夫に女を奉る程の優しい人であった
とは魔訶不思議。
平家物語の総集編とも云われる灌頂巻で徳子の人となりが語られる。
平家琵琶の大秘曲だったそうだ。能「小原御幸」は灌頂巻を語る名曲。

小督-1
「名月に鞭を上げて駒を早ね急がん」
御下賜の名馬に鞭を上げ、颯爽と小督の探索に向かう仲国

能「小督」の解説はちら</strong>
「大原御幸」の詳しい解説はこちら

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