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08.25
Sat
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霧ケ峰の草原。2018年7月20日写す。以下同じ
期待していた日光キスゲの群落は鹿に喰われて壊滅状態だった。
以前は黄色い波の草原だったが、あちらにチョボリこちらにチョボリ。
i期待して来たのに何とも無惨な景色だった。

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コウリンカ(紅輪花) キク科

花弁が垂れ下がって、まるでテルテル坊主のよう。
花の色も深い橙色で他の花には少ない色で目を引く。
この花に出会うと“アッ咲いてる”と立ち止まりしげしげと見入る。

「神様も洒落た花を作ったネ」と見入るA氏
「きっと、神様は酔っぱらってこしらえたのよ」とB子さん
こんな場面が思い浮かんだり、とにかく一味変わった花。

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イブキトラノオ(伊吹虎の尾) タデ科

北海道の礼文島、鹿児島の屋久島、滋賀の伊吹山、
これらの地には固有種が多いらしく、頭にこれらの地の名を頂いた植物が有名。
固有種ではなくても、これらの地の名を頂いているのも面白い。
イブキトラノオもその一つ。
きれいな花とは云い難いが名前がいい。
花穂はそれほど大きくなく、虎の尾は大げさ。
だが伊吹山は俵藤太秀郷が大ムカデを退治した山。
まア、いいとせざるを得ないかナと。
伊吹山は薬草の宝庫、山の姿は近江富士。
花はきれいではなくとも名前だけでも気を引く。
昔から憧れの山だが行ったことがない。是非行ってみたい。

イブキトラノオは湿り気のある所に咲くが霧ケ峰の最高峰、
車山の斜面に咲いていた。車山の山頂には湿地がある。
斜面にも水が湧き出る処があるのだろうか。

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ノコギリソウ(鋸草) キク科

派手な花ではないがスッキリした姿がいい。
好きな人も多いようで庭や鉢植にしている。
花屋には外来種か交配種だろうが真っ赤な花のものを売っている。
葉っぱのギザギザがノコギリにそっくり。

反逆者を首から下を穴に埋め、首を鋸で少しずつ切っていく、
“鋸挽き”と云う刑があったそうだ。テレビドラマで知った。
以来、ノコギリソウを見る度に思い出しゾッとする。
花には悪いが鋸草の印象が変わった。

日本人は優しい民族だと思っていたが、これ程の残虐な刑をするとは、
ほんとは日本人は世界一残虐な民族だとガッカリした。
あとで知ったがヨーロッパでも中国でも日本よりも古くから行われていたそうだ。

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エゾカワラナデシコ(蝦夷河原撫子)

子を撫でると書く。風に吹かれて靡くさまは可愛く、正しく小林一茶の
「名月を取ってくれろと泣く子かな」の世界に誘う。
撫子は万葉集に二十数首あるそうだから撫子の名は万葉人が付けたのかも知れない。。
万葉人は優しい。
「秋さらば、見つつ偲べと我が妹が、植えし宿の撫子咲きにけるかも」
大伴家持の歌だそうだ。亡くなった恋人を偲ぶ歌だという。

別名、大和撫子とも云うそうだ。
大和撫子は日本の女性の美称でもあるという。
弱くとも優しく優雅な理想的な姿を表す。凛々しい、の意味もあるという。
日本女子サッカー、ナデシコジャッパンが世を沸かした。
ナデシコジャパンの名も優しく優雅、その上凛々しく強いという意味だろう。
能に登場する凛々しい女性は木曽義仲の愛妾、巴。
巴は色が白く美しく、又一騎当千の女武者だったという。
能「巴」では、義仲が最後を遂げるまで義仲を護った。
平家物語とは少々違うようだが戯曲として秀逸。

小面

小面 「巴」前場の使用面。里女姿の巴の面。優しく美しい巴の姿を現わす

増女3

増女 後場の面。増女は女神、仙女の面。品位と端正、凛々しい巴を表す。

能「巴」は前場で、義仲の最後の地、粟津原の義仲を祀った祠に詣でる巴を描く。
「さる程に暮れて行く日も山の端に、入り相の鐘の音の、浦曲の波に
響きつつ、いづれも物凄き折節に我も亡者の来たりたり」
早春の粟津原の景色を描き、巴の寂しい心情とする能の表現法。
しみじみとした空気が満ちる。
後場では主従二騎となったなり重傷を負った義仲を執拗に追う敵と
奮戦する巴を見せる。
長刀を縦横に振るう奮戦ぶりが見どころ。
敵を追い払い重傷の義仲の許に駆けつけるが義仲は既に自刃していた。
義仲は瀕死の息の下から巴に、お守りと小袖を木曽に届けよと遺言していた。

「はや御自害候らいて、この松が根に伏し給う。御枕の程に御小袖、
肌の守りを置き給うを。巴泣く泣く賜はりて、死骸に御暇申しつつ
行けども悲しや行きやらぬ君の名残をいかにせん」
巴の姿を美しい旋律で謡う。


かく云う者の母親は近所の人に巴御前と呼ばれた。
兄は桁外れのガキ大将だった。近所から苦情が来る度に普段は優しい母が、
物干し竿を水車の如く振り回し兄を追い脅した。
懐かしい母の思い出。

能「巴(ともえ)」の詳しい解説はこちら

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08.18
Sat
霧ケ峰は長野県の中ほどにある2000メートル弱の山。
なだらかなピークが弧を描き、全斜面草原。
山腹をドライブウェイ、ビーナスラインが走り美ヶ原高原に至る。
四季折々、百花繚乱の美しい山。

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日光キスゲ(日光黄菅)別名ゼンテイカ(禅庭花)の群落 ワスレグサ科
2018年7月20日写す。以下同じ

花に興味の薄い人でも日光キスゲの名は知っていると思う。
歌に歌われ有名。
日光キスゲといえば尾瀬の群落が昔からよく知られている。
最近、テレビで尾瀬の日光キスゲが鹿に食べられて激減したと報じていた。
ここ霧ケ峰もご多分に漏れず激減。
鹿の侵入を防ぐ電線を張りめぐらした防護柵の中だけに咲いていた。
驚き桃の木山椒の木とはこの事。口あんぐり。
つい数年まえまでは夏の霧ケ峰は全山黄色に染まったのにと、
土産物屋のおねえさんがボヤいていた。

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ハクサンフウロ(白山風露)フウロソウ科

風露とは何とまあ、、、とため息。その風雅な姿から名付けたのだろうか、
ピッタリの名。
ゲンノショウコのごく近い仲間だそうだから薬効があるかも知れない。
ゲンノショウコは代表的な民間薬。
その薬効は“現の証拠”と云われるほど即効。
白山は霊山。山伏の修験場として知られている。
昔、白山で修行した山伏が、白山の霊験あらたかな薬草だと、
マイヅルソウ(舞鶴草)など町の人は見たこともない珍しい
白山の高山植物を売ったそうだ。勿論ハクサンフウロもあったと思う。
昔、白山は憧れの信仰の山だった。

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コオニユリ(小鬼百合)ユリ科

鬼とは納得がいかない。花弁に黒ずんだ斑点があるからだろうか。
斑点がチャームポイントだと思うが。
ヤマユリにも斑点がある。
ヤマユリの交配種、カサブランカは斑点がない。
ノッペリに見える。やはりヤマユリの方が魅力的で大好き。
人間にだって“そばかす美人”という言葉があるのだ。

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クガイソウ(九蓋草)オオバコ科

紫の小花が動物の尾っぽの形に咲く。葉も形が整いきれいだ。
葉の付き具合が仏具の天蓋に似ていて九重にも重なっていることから付いた名だという。
辞書によると“蓋”とは「人間の善智や善心を覆い隠すもの、つまり煩悩」だとある。
人の最大の煩悩は昔も今も愛欲なのかもしれない。
愛欲の果て鬼になった女性を描いた能に「葵上」「鉄輪」がある。
「鉄輪」は市井の女の嫉妬を赤裸々に描いた能。
自分を捨て新しく娶った女と枕を並べる前夫。
鬼と化した女が恥も外聞もかなぐり捨てて添い寝の二人を襲う。
人の煩悩の神髄をあからさまに見せる。

「葵上」は高貴な女性の嫉妬。
女性の名は“六条御息所”源氏物語の中の人だから架空の人物。
源氏物語は世界初めての長編小説、未来永劫出ないであろう傑作と云われる。
当時、噂になった“事件”を題材にしていて、内容の芸術性はともかく、
昔の週刊誌だと喝破した人がいるそうだ。
六条御息所もモデルがいたのかもしれない。

六条御息所は皇太子妃だった。
皇太子が亡くなり家は傾く。
「我、世に在りし古は、雲上の花の宴、春の朝の御遊に馴れ
仙洞の紅葉の秋の夜は、月に戯れ色香に染み花やかなりし身なれども
 衰えぬれば朝顔の日陰待つ間の有様なり」御息所の嘆きだ。
この時代は主を失うと家は衰亡の道を辿ったという。
源氏物語にも幾例かあるそうだ。
この窮状の中、源氏が御息所の元に通うようになる。

源氏の正妻、葵上が懐妊、気晴らしにと加茂の祭り見物に行く。
沿道は行列見物の牛車で満杯。
葵上は左大臣の娘でありその上人気絶頂の光源氏の正妻だった。
葵上の供の人達は源氏の権勢を頼み、御息所の車を後ろに押しやり、
その前面に葵上の車を据える。“車争い”と呼ばれる事件。
源氏の愛も薄れはじめ、車争いの恥辱と葵上への嫉妬は燃え上がっていく。
御息所は元皇太子妃という高貴な人。嫉妬など下賤の者の所業などあってはならない。
押さえても魂は生霊となって勝手に体から抜け出し葵上を襲う。
「もの思えば、沢の蛍も我が身より、あくがれ出る魂かとぞみる」
藤原保昌に振られたと思った和泉式部の歌だそうだ。
昔は人の魂は体から離れるものだと思っていたのだろうか。
御息所の生霊は下賤の女の所業、“後妻打ち(うわなりうち)”に向かう。
「今の恨みはありし報い、瞋恚(しんい、怒り)の炎は身を焦がす、
 思い知らずや思い知れ」
面は“泥眼”怨みを湛えた生霊の面、打杖を振るい葵上を打ち据える
押さえに抑え抜いた果ての高貴な女性の“後妻打ち”に戦慄が走る。
「枕ノ段」と呼ばれ、この曲の核。
葵上は舞台の正面先の置かれた衣で表される。
能では現代劇のように直接的な演技はしない。
主題を煮詰めて神髄を見せ、人の想念に訴える。

源氏物語には煩悩に苦しむ女性が様々登場するという。
煩悩の行方も又様々に興味深く描かれているという。
人間、蓋の下に苦しみ生きるのが定めなのだろうか。
九蓋草の紫の花色が、人の身体から滲み出た苦しみの色に見えてくる。

葵上
「思い知らずや思い知れ」後妻(うわなりうち)の所業におよぶ葵上

能「葵上(あおいのうえ)」の詳しい解説はこちら

鉄輪(かなわ)」はこちら


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08.11
Sat
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峯谷橋(みねたにばし)2018年7月12日写す。以下同じ

夏は花が少ない。
多摩川源流と云っても特に珍しい花が咲くわけでもないし期待した訳ではない。
見慣れた花でも場所によっては風情が変わる。
期待と云えばそれが期待。
峯谷橋は場所に似合わない真っ赤なキザな橋。
真っ赤な橋に忘れられない思い出がある。
橋の袂から東京一の高山、雲取山の登山口がある。
下山の途中、橋近くの釣り宿の犬に咬まれた。
薄暗い中から“ワン、ワン、ワン”と三声、いきなりガブリ。
ワンだけ三つ。ツー、スリーも云えないぼんくら犬メに怒り心頭。
冬だったので毛糸の厚い靴下を穿いていた。おかげで噛み傷は軽かった。
子供の頃から犬は大の苦手、犬も嫌いな奴を知っているのだと同行の友人。
この橋を通る度に思い出し腹が立つ。

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ネム(合歓木)

糸のような花びらが涼しげ。
ネムの名は外国語だと思っていた。
夜、葉が合わさるのが眠っているようだからと云い、ネブとも云うらしい。
合歓木(ごうかんぼく)は一歩進んで男女の添い寝に見立てたという。
誰が付けたのだろう、何とも言い難い。
「象潟や雨に西施がネブの花」
松尾芭蕉の「奥の細道」の句だそうだ。
西施は昔、中国の王が国を傾けたほどの傾国美人。
とは云っても今は首を捻るだけだが、美とか秀でた物の代名詞に使ったという。
“西施乳”はフグの別名だとか。

奥の細道の旅は平安後期の歌人、西行を慕っていた芭蕉が、
西行の奥州行脚の後を辿る旅だったという。
西行を扱った能は「西行桜(さいぎょうざくら)」「遊行柳(ゆぎょうやなぎ)」
などの名曲があるが西行をシテにした能がないのが不思議。

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リョウブ(令法)

純白の小花が房のように咲く清楚な花。茶席にも生けられるとか。
リョウブ飯は有名。若芽をご飯に炊き込む。
リョウブ飯は不味い、リョウブを飯に混ぜるのは貧しい時代に米の増量材したのだ、
花の美しさを盾に名物にしたのだと宣うた人もいた。
食べたことはないので兎角は言えないが、ならば天ぷらが無難。

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ヤマオダマキ(山苧環)キンポウゲ科

花の付け根あたりがおかしな形をしている。
可愛い花なのに素直な付き方でないのが不思議。
この頃の人間だって変わった格好をした人が多い。
花だけにイチャモンは片手落ちと花に文句を云われるかもしれない。
よくよく見るとガラスの美術工芸品に似ていて魅力のある形だし、
淡黄色の花色に清潔感がただよう。

“苧環(おだまき)”は麻糸を紡ぎ巻き取る糸クリ車のことらしい。
昔の農機具などを展示している地方の博物館でよく見かける。
糸紡ぎは昔の女性の夜なべ仕事だったのだろうか。
能「黒塚(くろつか)」では野中の一軒家の女主が行き暮れた僧一行を
憐れんで宿を貸し、糸繰り車を繰り糸繰り唄を唄いもてなす。
晩秋の静まり返った夜、女主の糸繰り唄と善意が心に沁みる。
女は実は恐ろしい人食い鬼だった。
約束を破った僧一行に襲いかかる。
人の心の奥に住む“鬼”を思わせて味わい深い。

苧環は追憶の道具でもある。
源義経の愛妾、静御前は頼朝に追われ吉野の山中を逃げ迷うが
捕らわれ鎌倉に護送される。
静は白拍子の名手だった。頼朝の面前で臆することなく、
「静や静、賤の苧環繰り返し昔を今になすよしもがな」
と義経への追慕を唄い舞った。

能「二人静」では静御前の霊が憑いた菜摘女と静御前の霊が、
雪の吉野山を逃げ惑う苦難や、頼朝の面前で義経追慕の舞を舞う。
菜摘女と静の霊が息を合わせて舞う姿が見どころの能と云われる。

二人静
「思い返せば古も、恋しくもなき憂きことの、今も恨みの衣川、身こそは沈め名をば沈めぬ」
義経を偲ぶ静かの霊。

静の生没は分からないらしいが静は白拍子だった。
義経とのめぐり逢いは、色々考え合はせれば十代だったのではないだろうか。
静は鎌倉で義経の子を出産した。男の子だった。
頼朝は向後を慮り静の子を鎌倉の海に沈めた。
鎌倉幕府の正史、吾妻鑑にあると云うから史実だろう。
恵まれた世に生きる今の人に、時代とは言え過酷な運命に従う
中世の弱い立場の女性像を能「二人静」は見せつける。http://junseikaisetsu.blog.fc2.com/blog-category-60.html

「二人静(ふたりしずか)」の詳しい解説はこちら
「黒塚(くろつか)」はこちら
「遊行柳(ゆぎょうやなぎ)」こちら

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08.04
Sat
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奥多摩湖 2018年7月12日写す。以下同じ

奥多摩湖は東京と山梨県にまたがるダム湖。
小河内村が湖底に沈んでいる。東京都民の水瓶。

多摩川源流周辺に特別の花が咲くわけではない。
花は咲く場所によって趣が変わり、感慨一入になることが多い。
その期待を一入に色々な所の花を見に行く。
感慨一入のビックリ仰天の”事件”に遭遇した。
源流近くと思われる柳沢峠で話を聞いた。
年配夫婦の車に鹿がぶっつかったと云うのだ。車がへこんでいた。
ご主人はへこんだ車をしきりに撫でまわし、
奥さんは鹿の安否をしきりに心配していた。
こちらは超用心深い鹿が車にぶっつかったことをしきりに不審した。

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ヤマユリ(山百合) ユリ科

落石防止の頑丈な金網をくぐり抜けて咲いていた。
日本だけにある花。世界に自慢の花。
どこの國だか忘れたが外国の万博で絶賛、外国からの注文が殺到して、
日本の山からヤマユリが消えかかったという。
即座に採集禁止とはならなかったと云うから可なり前の話だろう。
赤褐色の斑点はアバタもエクボなどではない、チャームポイント。
他にも人を引き付ける強烈な魅力を持っている。
その一、香り。近くに活けるとむせ返る。程よい所に活ければ香りにうっとり。
その2、花粉。衣服に着いたら消えない。美しい人との尽きせぬ契りと思えばよい。

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ノリウツギ(糊空木) ユキノシタ科

源流近くに花盛りだった。
岩手を訪ねた時、海がちらほら見える道の両側に花盛りだった。
東日本大震災で津波にやられたかもしれない。津波は遠慮会釈なしだから。
花は山アジサイに似ている。アジサイはオワン型、ノリウツギはトウモロコシ型。
昔、皮から糊をつくったそうだ。茎の真ん中に綿のようなものが詰まっている。
竹の枝で突っつくと取れて空洞になる。だから糊空木だそうだ。

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イワガラミ(岩絡)ユキノシタ科

変わった花。まるで白い葉っぱのようだと思っていたら装飾花と云うのだそうだ。
山アジサイの仲間だそうだが山アジサイの装飾花は四枚の花の形をしている。
本物の花は小さくてきれいとは云い難い。
秋の黄葉がきれい。
委細かまわず大木にしっかり絡みついている格好はまるで獲物を捕らえた蛇。
能「葛城」の葛城明神は役行者の命に背き蔦、葛で縛られた。
葛はイワガラミだったかも知れない。
役行者は修験道の祖、人間だが法力で空を飛んだという。
今も法力の修得を目指して修行に励んでいる修験者がいるらしい。

役行者は修行場までの道が遠いと近道の岩橋を架けよと葛城明神に命ずる。
葛城明神は醜い顔だった。昼間は恥ずかしいと工事は夜だけ、納期に間に合わず
怒った役行者に蔦鬘で縛られ岩穴に閉じ込められる。
昔は神と人との距離が短かかった。
人間でも修行次第で神に近い存在となったと云うのだろうか。

雪に閉じ込められ行方を見失った修行僧達が岩陰に避難する。
微かな呼び声が聞こえ、薪を背負い雪の積もった笠を冠った女が現れる。
“呼び掛け”と云う演出。一面の雪景色が現出する。
「肩上の笠には、無影の月を傾け。担頭の柴には不香の花を手折りつつ」
雪の笠は月のように、背負った薪には雪の白い花。
雪にまみれた女の姿を謡う。美しい情景が眼前に浮かび上がる。
クセでは名に負う葛城山の柴を焚き僧達を暖めもてなす。
女の姿に幼い頃の母の姿が彷彿と蘇る。

後場はガラリとかわる。
百八十度の舞台転換に目を奪われる。
葛城山は広々とした雪原になり、葛城明神はこの雪原を高天原に模して
神楽歌を奏させ大和舞を舞う。
壮大な神代の世界がひろがる。
外国の人と違い、今の日本の人は語り継がれた古い日本に興味が薄い。
この後場を見ていると何か郷愁の様なものが沸々と沸き上がる。
古い日本を見、今を生きていく。能の魅力かも知れないと思うのだが。

葛城
「標(しもと)を集め柴を焚き、寒風を防ぐ葛城の、山伏の名にし負う
片しく袖の枕して身を休め給えや」

葛城山の標を焚き僧達をもてなす葛城明神の化身の女 

能「葛城」の詳しい解説はこちら

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