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09.29
Sat
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美ヶ原 2018年8月30日写す。以下同じ

美ケ原とは味な名、誰が名付けたのだろうとつくづく感じ入る。
同じ地名を持つ処は珍しくないが、美ヶ原の地名は他にあるだろうか、聞いたことがない。
名を聞いただけで行きたくなる。別天地の様な自然の風景が思い浮かぶから。
久し振りに行ったが人の手が入りすぎ多少ガッカリ。
だが人は時代に順応して生きて行かざるを得ないから仕方がないかと、思い複雑。
澄み切った空気に包まれ、美しい姿を見せてくれた花々が咲く場所が残されていたのは
有難かった。

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コケモモ(苔桃)ツツジ科

上に伸びず地に這う姿から苔桃だろうが可哀そうな名。
白い小さな可憐な花を咲かせ、ルビーに勝る艶やかな赤い実を結ぶ。
花や実に似合う名前は思いつかなかったのだろうか、などと勝手に。
昔は実を集めてジャムを作った。今は見つかったら大目玉だけでは済まないかも。
コケモモは高山植物。2000Mの美ヶ原は近代建物は立っていても高山だった。

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ヤマハハコ(山母子)キク科

テレビでよく見る孵化したばかりの小鳥の雛が兄妹争って、
黄色い口をいっぱいに開け、母鳥に餌をねだっているような。
きれいと云う概念から外れた不思議な“きれい”
可愛いというしか言葉が見当たらない。

山母子とは山に咲く母子草と云うのだろう。
母子草の仲間は平地から高山まで色々あるという。
感じとしてはそれぞれ似ていると思う。
だがこの花に母と子のイメージが浮かばない。
花の中に子はいても母がいない。
それなりの人に聞いても、図鑑を読んでも納得の行く説明がない。
ある説では母と子ではなく言葉の訛りが母子となったというが、
これにも頭を傾げる。母子と思い込んでいたし、母子の優しい
イメージを大事にしていたのにと。ちょっと裏切られた感じ。

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ハンゴンソウ(反魂草)キク科

何やらいわくありげな花。
冥土を黄泉とも云うらしい。
冥土には真っ黄色なハンゴンソウのような花が咲いているのだろうか。
昔、この花を焚いて死者の魂を冥土から呼び寄せたと云うのだろうか。
古代中国の孝武帝は反魂香を焚いて最愛の亡婦、李夫人の霊を呼び寄せた。

能「花筐」のクセで語られる。
曲舞として作られた「李夫人の曲舞」を「花筐」のクセに取り入れたという。
能の表現形式が光る舞。鳥肌が立つほどの衝撃が走る。

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ウメバチソウ(梅鉢草)ニシキギ科

純白の清楚な花。湿地でよく見かける。
この花に出会うと何かいい事がありそうな気がする。
江戸前期の学者、貝原益軒もお気に入りの花だったという。
家紋の梅鉢から付いた名だという。
昔は普通に親しまれた花だったのだろうか。
今は花屋はもちろん普通の家で植えているのを見たことがない。

昔は“花”と云えば桜を指した。皇居も置かれたという難波地方では
“花”は梅を指した。
能「弱法師(よろぼし)」では、
「おう、これなる籬の梅の花が、弱法師が袖に散りかかるとよ」と父親、
「うたてやな、難波津の春ならば、ただこの花と仰せあるべきに」と子。

弱法師はあだ名。若い盲目の男。よろめき歩くので弱法師と呼ばれた。
さる大身の息子であったが讒言により父に家を追い出され悲嘆の涙に、
盲目となり天王寺に拠って人の憐れみに縋る身となった。
盲目と云う悲惨な境涯を描く能。
唯一、生きるよすがとなる仏の教と杖。
天王寺の縁起を語るクセに仏に縋る盲目の哀れが滲む。
盲目の姿で彷徨う姿を生々しく描く“狂”が見どころ。
杖を効果的に使い盲目の哀れを見せる。
杖使いを探り杖と云い“心”の字を書くように使うという心得があるという。
景色も仏の教えも“心眼”で見るというように。

よろぼし
「出で入の、月を見ざれば明け暮れの、夜の境を得ぞ知らぬ」
盲目の身を嘆く弱法師

能「弱法師」の詳しい解説はこちら
「花筐」はこちら

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09.22
Sat
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美ヶ原高原 2018年8月30日写す。以下同じ

美ヶ原は長野県の真ん中あたり、標高2000Mほどの高原。
諏訪湖又は松本から車だったら一時間半くらい。
二十数年前に行ってからトントご無沙汰だった。
ビーナスラインと呼ばれる道路は有料道路で2、3カ所に料金所があった。
美ヶ原は牧場で土産物の売店か牧場の事務所かはっきりした記憶はないが
古ぼけた建物が一軒だけあったように思う。
今回行ってビックリ、料金所は建設費償却済か廃止。
美術館やらレストラン、土産物屋、何の施設だろうか西洋の城の様なものまで建っていた。
アレここはスイス?は冗談が過ぎるかも知れないが外国の何処ぞに迷い込んだ気分だった。
だが花は二十数年前と同じように健在だった。

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マツムシソウ(松虫草)スイカズラ科

薄紫色の花は、ふっくらとふくよかに優しく咲く。
一度出会ったら忘れられない花。
名前の出どころが色々あって、それぞれが又一興。
花びらが松虫の羽根にそっくりだとか、松虫草の咲く草むらに松虫が住んでいて
花が咲くころチンチロリンと鳴くからとか。
花びらは同じ形が多いし、松虫草の咲く高原にチンチロリンがいるだろうかとか。
学者の説としては微笑ましいナと。
花びらが散った後のいがぐり頭が仏具の松虫鉦に似ているから、
松虫鉦の音はチンチロリン、これだったら信じてもいいかもしれない。
兎に角、名の由来に面白い説が色々あるのは松虫草に特別の興味があるから
だろうと嬉しい限り。

植物の名前ほど興味を引くものはないかも知れない。
昔から伝わった名、里人の言い習わした名、学者が付けた名、
奇想天外な名、不謹慎な名など。屁糞蔓、犬のフグリなどがいい例。

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オヤマリンドウ(御山竜胆) リンドウ科

昔、馬子が馬の首にリンドウの形の鈴をつけていて、
馬がトコトコ、鈴がリ~ンリ~ン
馬子がドウドウでリンドウだとどこかで聞いたことがあった。
オチャラカだが、なかなかの出来栄え金メダル級。
漢字で竜胆。竜の胆は猛烈に苦いそうだ。
ただし齧った経験者は神様と仙人だけだろうが、これに匹敵するほど苦いという。
清少納言もリンドウの花色を褒めていると云うから昔から親しまれた花なのだろう。

平地に咲くリンドウはお日様大好き。お日様が隠れるとしぼみ、
お日様が顔を出すとニッコリ開く。
オヤマリンドウはお日様が顔を出しても滅多に開かないらしい。
お日様嫌いの花は日陰で咲くが、開けたところに咲いていてお日様嫌いは珍しい。

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クサフジ(草藤)マメ科

自分では立てないで他の草に覆いかぶさるように茂る自分勝手な横着者。
被さった草が枯れそうになっても無頓着、大きな顔。
花穂は藤の花ほどは大きくはないが濃い紫色が鮮やかできれい。
平地にも咲く。多摩川には大群落があちこちに見られる。
だが深山に咲くクサフジは清澄な空気に磨かれるのか色が鮮やかだった。

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ワレモコウ(我木香、割木瓜、吾亦紅)
華やかな花でないが楚々として魅力的。日本人好みの花。
名前の由来を聞いても日本人好みの花と納得。
名の由来の解釈も時とともに変わった。世の移り変わりを写しているようだ。
上に挙げた順で“我木香”は、我も木香なり、で木香は根に芳香のある
インド原産の薬草だそうだ。
“割れ木瓜”は宮中の御簾の飾りの木瓜紋に似ているから、
勿論見たことはないので木瓜紋がどんなものか知らないが。
“我亦紅”我も又紅なり!久米正雄の小説から付いたという。
小説は読んだことはないが、この名が一番気に入っている。
細い枝の先に黒ずんだ赤い花、精一杯に背伸びして “私も紅いのよ!”
風に揺らぎ訴える。

風に揺らぐ姿は舞を舞っているようだ。
遠い古、尊敬する師匠に能「乱(みだれ)」の稽古をしていただいた。
師匠「何だ、その足遣いは蟹の横歩きじゃあないか!ワレモコウが風に靡く
   ような足遣いにするんだ」と怒鳴られた。

能「乱」は舞の面白さを主眼にした能。その点、異質の能と云えるかもしれない。
能「猩々」の小書(特殊演出)で物語は変わらないがいつの頃からか独立した曲となった。
猩々の「中ノ舞」が「乱」と称する舞に変わる。
猩々は中国の揚子江に住む酒の好きな妖精。
酔った猩々が揚子江の波を蹴立てて舞う。乱の舞は特殊な足使いが呼び物。
技術的にも難度の高い舞。

孝行者の高風の酒屋に毎夜酒を飲みに来る猩々。
酔って舞を舞い、高風の孝行を賞でて汲めども尽きぬ酒壺を与える。
高風の家は富貴となった。
お祝いの会などに上演されることが多い。

乱
能「乱(みだれ)」 揚子江の波を蹴立て舞う妖精、猩々(しょうじょう)

能「乱(みだれ)」の詳しい解説はこちら
 

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09.15
Sat
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神護寺本堂 2018年7月27日写す。以下同じ

小学生の孫が能「望月」の子方を勤め、鞨鼓を舞った。
心配していいたが予想外のよい出来だった。
褒美に何か欲しいものは?と聞いたら京都の金閣寺が見たいという。
今時の小学生らしからぬ要望にビックリ!
内心嬉しかった。古い物に興味がある子もいるのだナと、それも身内に。
実はこちらにも行きたい処があった。
鞍馬の山。ここには笹百合が咲いていると聞いていたから。
笹百合は関東には咲かない。自然のものは見たことがない。
以前訪ねたことのある神護寺に行った。
花期は少々過ぎたがこの辺りだったたら咲き残りの1,2本くらいは
あるかも知れないと。
売店の年配の女性店員に笹百合の咲いている所を聞いたら、
以前はそこらじゅうに咲いていたが年々少なくなり最近は全く見ない、
猪が鼻で掘り返して食べたのだと身振り手振り、鼻をふくらまして、
鳴らしてまで教えてくれた。

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皿投げ。神護寺境内。画面中央の小さな白い点が皿


売店の人の話が真に迫っていたので笹百合は諦め皿投げで憂さを晴らした。
手の平の、半分ほどの素焼きの皿を投げる。
眼下は清滝川の渓谷、深く広々と上流に広がる絶景。
皿には厄除の二字。
鳥のようにふわりと浮き弧を描いて彼方にきえる。“厄”の飛行が心地よい。
下に落ちた“厄”はうず高く積もっている筈だ。
「ここは天狗の住む鞍馬、“厄”を盗む天狗が現れる。天狗は京の空を飛廻り、
京の都に“厄”をばら撒く。天狗退治は不動明王?何処かの国の核大将?」
面白い能になると悦に入ったが思えば愚想、悪ふざけ。
だが有り得ないことを空想するのも心の肥料、
空想が涌くのも場所によるのかもしれない、愚想だが神護寺に感謝。

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ツチグリ(土栗)バラ科

花が全く咲いていなかった。
鹿メに食べられたのだろうかと邪推しきり。
雑草の花も、しょぼくれハルジオンが少し。ガッカリ。
うなだれて歩いていたら道端に咲き残りのツチグリが咲いていた。
それも一輪だけ。
ツチグリは雑草だが関東にはない。
根が膨らんでいて食べられる。栗の味だそうだ。だから土栗だという。
食べたことがないので少々心が動いたが止めた。
たった一本だけだったから。善人ぶったところもある。

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ヒカゲノカズラ(日陰の蔓) ヒカゲノカズラ科
シダ類には多分に変わった形のものが多い。
ヒカゲノカズラはその最たるもの。
細い毛むくじゃらの手が枝分かれして伸び、まるで妖怪、インベーダー。

この頃のマンガには想像を絶する怪物が登場する。
人間が空想する域を超えた怪物達に見える。
だが自然界をよくよく見れば、奇怪な形のものがかなり生息している。
例えばバッタやトンボ、亀、深海魚。よくよく見れば怪獣の顔。
これらにヒントを得たのかもしれない。
能は昔の人が作ったものだが、口から火を吐きかけ、水を吐きかけ
空を飛ぶ怪獣が登場する。怪獣映画の元祖と云っていい。
「殺生石」「鵺(ぬえ)」「土蜘蛛」「羅生門」「紅葉狩」など多彩。
余談だがこれらの怪物は鬼と呼ばれ男の性であって情け容赦なく退治される。
女の鬼の能もある。女の鬼は仏の慈悲で成仏する。

日陰の葛は祭りの装束に使われたという。
冠の両脇に垂らした。昔は本物を使ったらしいが今は色付きの糸。
能でも「杜若」の小書で使う。
人の目は様々、人によっては気持ちの悪い日陰の葛をお祭りの飾に使うのだから。

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シバグリ(柴栗)ブナ科

山栗と呼んでいる。小粒だが畑のクリより断然うまい。
栗は美味いがトゲが恐ろしい。
栗にそっくりの栃の木の実にはトゲはないがトゲの代わりに毒がある。
毒抜きをして栃餅を作る。
人間ほど恐ろしい猛獣はいない。栃の実はまだしも猛毒のフグまでも食べる(下手な冗談)。

フランスの街路樹の栃の実にお飾り程度だったがトゲがあった。
へ~え。ところ変われば品変わるですネ、と首を傾げたらマロニエだと
教えてくれた。
フランスの人もマロニエを食べる?餅はないだろうからマロニエパン?
と聞くのは忘れた。

クリは秋を代表する果物。
猛暑の中、いつの間に栗が?とビックリ。
猛暑を愚痴りながら秋が近いのかと猛暑に一抹の哀惜を感ずるから不思議。
現代人は季節に鈍感、徹底的にカレンダダーに頼る。
その点植物は季節に敏感。
「それ草木心なしとは申せども、花実の時を違えず」
と能「高砂」で謡う。
昔の人は鋭い。季節の移り変わりを自然現象から受け取った。

能「高砂」は神様の能。
住吉明神と高砂明神がお爺さんとお婆さん姿で現れる。
清々しく爽やかな能。
正月に老夫婦が松の木の下を掃き清めている掛け軸を掛ける。
能「高砂」の一場面だという。
老夫婦は松についての話をする。
庭に松を植え、正月には門松、盆栽の王様は松。
能に関心がなくても松は日本人の心に深く住みついている。

お婆さんがこの上ない興味深い話をする。
お爺さんは住吉に住み、お婆さんは高砂に住んでいる。
どうして夫婦なのに別々に住んでいるの?と聞くと
「山川万里を隔つれども妹背の道は遠からず」
とお婆さん。

「高砂や、この浦船に帆を上げて」と結婚式に能「高砂」の一節を謡う。
この船出の謡にはお婆さんが云う妹背の道が込められていて、
新しい船出の二人には二つとない祝福の逸品だと思うのだが、
この頃はトント聞かない。
残念だが世間の人は能バカと云うだろうから、
声高には話さないようにしている。

お爺さんは「住吉に先ず行きてあれにて待ち申さん」と小舟に乗って沖の彼方に消える。
ワキの阿蘇の宮の神主は「高砂やこの浦船に帆を上げて」と後を追う。
目指すは高砂の対岸の住吉。
神主の前に若々しい姿の住吉明神が颯爽と現れる。
明神は神主たちを鼓舞して神神楽を奏させ神舞を舞う。
“神舞”はビックリするほどの急テンポの舞。
舞う人も囃す人も相手を慮る余裕はないほどの急テンポ。
観る人も首を左右に振り、急テンポで舞うシテを追いかけ忙しい。
終曲に五穀豊穣、天下太平、国土安穏、を寿ぐ。これらは古今東西人類の悲願。
今の世に馴れて、昔の人の決まり文句だと関心が薄い。
地獄の二次大戦が終わって高々七十数年経ただけ、雲行きの怪しい昨今なのに。

高砂
“千秋楽は民を撫で万歳楽には命を延ぶ”寿ぎの舞を舞う住吉明神

能「高砂(たかさご)」の詳しい解説はこちら
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09.08
Sat
八島湿原は標高1600m弱。亜高山の花は勿論、
低地にも咲く花も咲いていた。
清浄な空気に花の色も一段と鮮やかだった。

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ヤナギラン(柳蘭)アカバナ科
2018年7月20日写す。以下同じ

大きな花穂、濃いピンク、群生。
広がる八島湿原に向かって、真夏の高原を太陽と競って輝かすかのように咲いていた。
華やかこの上もない。
伐採地や地滑りの後にも何処から来るのか知らないが一番先に芽を出す。
逞しさに感服だが、里に持ち帰り植えても育たない。人間嫌いの花。

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チダケサシ(乳茸刺)ユキノシタ科

花もいいが名前が気に入っている。チダケサシの茎は細く硬く長い。
茎にキノコの乳茸を刺して持ち帰るのに、うってつけだから付いた名だと云う。
多分、学者が付けたのではなく里の人の言い習わしが実の名になったのだと思う。
山仕事の帰り、愛妻のお土産にチダケサシに突き通した乳茸をぶら下げて
帰るおじさん。ほのぼのと、絵になります。
低地にも咲く。町の中を流れる多摩川上水にも咲く。
白花もあるがピンクがきれい。

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ノハナショウブ(野花菖蒲) アヤメ科

八島湿原の野花菖蒲は紫色が一段と濃かった。
形も昔の女性の島田髷に似ていて豪華だった。
ハナショウブは昔から日本人に愛された花。
美人の比較に「いずれアヤメかカキツバタ」の句があるほど。(アヤメはショウブの古名)
菖蒲といえば「♪柱の傷はおととしの五月五日の背比べ」
の唱歌を思い出す。
五月五日は男の子の端午の節句。軒に菖蒲を飾った。
菖蒲の葉が剣に似ていて“尚武”にあやかったものという。
三月三日は「♪明かりをつけましょぼんぼりに」の雛祭り、女の子の節句。
節句は昔から子供の健やかな成長を祝う大事な行事。
戦後、五月五日は子供の日の祝日に制定された。三月三日はただの日。
女の子が可哀そう。同情以上の思い。

五月五日に軒に挿す菖蒲と花菖蒲は全く違う植物だそうだ。
葉っぱは並べてみても見分けが付かない。
昔、父親が五月五日に軒に挿した菖蒲の葉は、貯水池の花菖蒲の葉だったと思う。

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キンバイソウ(金梅草) キンポウゲ科

混じりっ気のない真っ黄色な黄金色の花を豪華に咲かせる。
山地から亜高山に咲く花だという。
高山植物の代表格、シナノキンバイソウ(信濃金梅草)の姉妹。
一頃の山男は信濃金梅草を信濃金蠅草と呼んだ。金蠅は汚物に集る蠅。
背中が金色に輝き、信濃金梅草に似てきれいな昆虫だと彼らは見る。
金蠅だけではなく他にも彼らの捻った呼び名や、替え歌を作った。
♪槍の頂上でキジを撃てば小梨平に虹が立つ♪
(キジ撃ちは男のオシッコ。女性は花摘み)
山男は汚いなど一般常識に反発して得意顔だった。
高度経済成長に浮かれ気味の世にあって、きらびやかな生活を求める世相に
反発、物の本質を見失うまいとする彼らの意思表示だったのかもしれない。

金梅草と金の梅の名を貰ったのはこの花がよほどきれいだからだろう。
梅は桜とともに日本人に取って花の代表。
花といえば蝶。花と蝶は切っても切れない仲。
だが梅は極寒に咲く。蝶はまだまだ眠りから覚めない。
梅を知らない蝶に梅を見せたいと云う願望は、ロマンチストには
ごく自然な願望かもしれない。
能「胡蝶」はこの自然の願望から生まれた能と云えよう。

胡蝶の精は里女になって現れる。
僧に法華経の功徳によって梅に縁を結びたいという。
僧の故郷は吉野。吉野は桜の名所。満開の桜も連想されて舞台は華やか方向へ。
里女は中国の荘子が夢で胡蝶になった話や源氏物語の「胡蝶の巻」で
池辺の御遊で童に胡蝶の姿で舞を舞わせたことなどを語る。
この上なく華やかな胡蝶の姿を美しい詞章で歌い上げる。

僧の法華経の読経に美しい胡蝶が姿を現わす。
胡蝶の精は念願叶い、梅の花に戯れ存分に舞い遊ぶ。
蝶が羽根を広げ飛ぶ姿を模した優美な型などもあり、
憂世の憂き事を去り、清澄な童話風の世界に徹した曲。
小品だが好まれた曲のようで演出面にも多々話題があると聞く。
作者は道成寺、安宅、遊行柳、船弁慶、紅葉狩などの大作の作者、観世信光。
これらの作品の内容から、厳めしいオッカナイおじさんが連想される。
このオッカナイおじさんの心の中にも優しい子供心が住んでいたのだナ、
と思わずニヤリ。

小面
「胡蝶」使用面 小面(こおもて)
少女の相貌。小面の小は可愛い、優しく美しいという意だという

能「胡蝶(こちょう)」の詳しい解説はこちら


《能をみに行きませんか?》

東京金剛会例会 9月29日(土)午後一時半開演

『能』 芦刈(あしかり) 

『狂言』 空腕(そらうで) 

『能』 鉄輪(かなわ)

 
他、仕舞数番

能「芦刈」
夫婦愛の物語。
零落した夫は妻と別れ難波の浦で芦の花を売り細々と暮らす。
美しくもない芦の花を売るため、客の風流心を掻き立てようと舞う「笠ノ段」
夫を恋求める妻は難波の浦で夫に巡り合い互いの恋情を謡い交わす。まさに「歌垣」
古い時代の風習を見るようで感慨深く感動的。
夫婦は国家形成の最小単位。国土安穏の基礎とされてきた。

能「鉄輪」
夫婦愛の物語でも「芦刈」の対極にある物語。
 夫に裏切られた妻は貴船神社に丑の刻参りして恨みを晴らそうとする。
貴船神社は夫婦の間のモメ事を司る神でもあったのだろうか、藤原保昌に
振られたと勘違いした和泉式部もお参りしたという。
漆黒の暗闇の中、貴船に通う女、貴船の神のお告げを得て復讐を決意する女を
おどろおどろしく、身震いをも誘うほど恐ろしく描く。
鬼に変身した女は枕を並べる前夫と後妻を襲うが安倍晴明に祈り伏せられる。

昔の男は他人と情を通じた妻を当たり前のように切り殺した。
夫に裏切られた女は我慢に我慢を重ねた末、鬼となった。
陰陽師安倍晴明に祈り伏せられ断末魔の姿で幕に入る女の後ろ姿に云い知れぬ
虚無感がただよう。

鉄輪
“笞を振り上げ後妻の、髪を手にから巻いて、打つや、、、、、”

能「芦刈(あしかり」」の詳しい解説はこちら
「鉄輪(かなわ)」はこちら

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09.01
Sat
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八島湿原 2018年7月20日写す。以下同じ

八島湿原は長野県の真ん中あたり、車だったら諏訪湖から一時間程。
四季折々の花がきれいな湿原。
高原の湿原では規模が大きく苔の種類も多く珍しい生き物が住んでいるという。
国の天然記念物に指定されたとあった。
近年、観光客が急増したようだった。

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キリンソウ(黄輪草)ベンケイソウ科

新しい図鑑を見たらいぜんは麒麟草だったのに黄輪草になっていた。
黄色く輪になって咲くからだそうだ。学者にイチャモンは失礼だが
こじつけにきこえる。昔からの名、麒麟草が断然いい。
ことに八島ケ原の麒麟草は黄色が鮮やかで花の輪が大きく、
まさに空を翔る麒麟の風情を持っている。
麒麟は一日千里も走るという想像上の霊獣。
勿論見たことが無いのでキリンビールの絵で想像するしかない。(下手な冗談)
能「景清」で「麒麟も老いぬれば駑馬に似たるが如くなり」
と我が身の老衰を嘆く。

悪七兵衛景清は平家の敗残の将。日向の國に流され、老いさらばえた盲目の身を
あばら小屋に寄せ、人の情けに縋る身の上となっている。
しかしながら平家の勇将の気骨は消えない。
「松門、独り閉じて年月を送り、みずから清光を見ざれば、時の移るをも弁へず。
暗々たる庵室に徒に眠り衣、寒暖に与えざれば肌はぎょう骨と衰えたり」
呟くように今の身を吐露する。「松門の謡」と云われ昔から多くの人々の胸を打った。
能は舞を見せ謡を聞かせる芸能だと彼の世阿弥が書いているそうだ。
能、景清には舞らしきものはない。謡とわずかな所作で心を伝える。
例えば波の音を聞き昔を回顧する、おいさらばえていても平家の侍の気骨を
見せるなどなど。

鎌倉に預けていた一人娘が雨風、露霜を凌ぎ景清を訪ねる。
娘は音に聞こえた八島での景清の武勇を所望する。
影清は躊躇しながらも「錣引」を見せる。唯一の型どころ。
床几に掛り舞う。型は舞の域を超えて神髄のみを見せ、息詰まる迫力で迫る。
芸能は絶叫して歌い、縦横無尽に舞い踊れば人の心を打つだろう。

能「景清」の表現法はその対極にある。
遥か昔から伝わる表現法だ。松尾芭蕉が云う、“不易流行”というのだろうか。
超現代的な表現法にも見えてくる。

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シモツケソウ(下野草) バラ科

目を見張る美しさ。
団体がスマホで写していた。
顎が出る山登りにシモツケのようなきれいな花に出会うと元気がでる。
谷川岳の厳剛新道のシモツケソウが特にきれいで元気が出た思い出がある。
ガレ場にも咲いていたような記憶がする。
庭に植えられている京鹿の子と全く同じに見えるが違うらしい。

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シシウド(猪独活) セリ科

背丈を遥かに越す。とにかくでっかくて頼もしい。
茎が中空で、昔は山の水場にはシシウドで作った樋があった。
今はプラスチックのパイプだが。
花がセリやニンジンの花にそっくりなのはやはり同じ仲間のセリ科。
きれいな花とは云い難いが親しみを易い花。

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キオン(黄苑)キク科

上杉謙信の居城で知られている上越市の春日山城の城跡にも咲いていた。
知ったかぶりは大恥をかく。
同行に“反魂草”だよと教え反魂草の怪しげな“うんちく”を話した。
能「花筐」の話にも及んだ。花筐(はながたみ)は花篭。

花筐
「李夫人の曲舞」を舞う照日の前

“葉末に結ぶ白露の、手にもたまらで程もなく、ただ徒に消えぬれば”
反魂草で呼び寄せた李夫人の亡霊の影が、空しく消え失せる様を見せる

皇位継承前の継体天皇は男迹皇子といい越前国に住んでいた。
寵愛の照日の前が里帰りの間に、皇子に皇位継承の沙汰がくだり急遽都に上る。
照日の前は皇子が残した形見の花筐(花籠)を抱いて後を追う。
照日の前は継体天皇となった天皇の行幸の列に迷い込む。
官人に咎められ、花筐を打ち落とされる。天皇から賜った神聖な花筐。
照日の前が舞う強烈な抗議の舞が見どころ。“狂い”と呼ばれる。
続いて舞うクセが抜群に衝撃的。これ程の恋が世の中にあるだろうかと。
前漢の孝武帝の恋の物語を我が身になずらえて舞う。

寵姫、李夫人を亡くした孝武帝の嘆きは例えようもなく深かった。
「その面影を甘泉殿の壁に移し我も畫図に立ち添ひて明け暮れ
 嘆き給ひしに」
帝は亡くなった李夫人の魂を呼び寄せようと反魂草を焚く。
「九華帳の裏にして反魂香を焚き給う。夜更け人静まり風すさまじく
 月、明なるにそれかと思う面影の、あるか、なきかにかげろえば
 なほ弥増しの思いひ草」
静まり返った中にシテの姿がボーッとかすみ李夫人の亡霊の姿に変ずる。
“李夫人の曲舞”と云われた観阿弥作の“曲舞”をこの能に採り入れたという。

古い城跡見物に来た人達、能の話しに興味があるのか、
ハンゴンソウの謂れに興味があるのか、いつの間にか5,6人取り巻いた。
「皆さんも多少なりとも身に覚えがあるでしょう?だから面白いンですよ」
「フッフッフ、同感」と中年のご婦人。その中の一人のオジサン、笑いながら
“話しは面白かった。悪いけど一言、よく似てますが、この花は、
ハンゴンソウではなくキオンです”
得意顔の黄色いキオン顔が真っ赤になった。

能「花筐(はながたみ)」の詳しい解説はこちら
「景清(かげきよ)」はこちら

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