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10.27
Sat
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小金井公園の倒木 2018年10月8日写す。以下同じ

9月30日夜半、台風24号が東京を襲った。
東京の台風など大したことはないと高いびき、夜中に猛烈な風の音に目が覚めた。
東京で初めての経験だった。八王子市で翌日0時11分、風速45,6m
観測史上初めての記録だそうだ。
小金井公園は惨憺たるありさま。あちこちで大木が根こそぎ倒れ
太い幹が途中で折れているのも随所にあった。
台風の猛威に唖然は通り越し慄然。

小金井公園は小金井市にある広大な自然たっぷりの公園。
最近、売店や小さなレストラン、子供の遊び施設など次々に出来ている。
以前は静かな公園だったがこのところ若い家族連れが目立ちにぎやか。
駐車場も満車。

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コスモス キク科

コスモス畑も台風メは容赦しなかった。何とも無惨なありさまだった。
かよわいお姫様のような風情の花だ。巨木の吹き倒すほどの台風、無惨な情景に思わず
“無惨や死の縁とて、生所を去って東の果ての、路の傍の土となって”と
コスモスに謡い掛けてしまった。能「隅田川」の一節。
能「隅田川」の母は狂女となって我が子を訪ねて都から遥々隅田川に辿り着く。
隅田川河畔の柳の木の下辺りから念仏が聞こえる。
命日に人々が集い供養する念仏の声だった。塚の主は我が子だった。
親子の悲劇を描き、聞こえた名作。

コスモスはギリシャ語だそうだ。整然と秩序あるという意味だという。
宇宙と云う意味もあるという。
宇宙の星はばらばらで無秩序に見えるが星座の名が示すように学者には星は
整然と秩序正しく並んでいるのだろう。
花のコスモスも同じだというが何が秩序正しいか分からない。
無学の者には星も花のコスモスもバラバラで無秩序に輝き、また咲いているのが
この上なくきれいに見える。

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トランポリン

小山のように小高い面白い形のトランポリン。子供達が大はしゃぎだった。
人気の施設のようで順番待ちの付き添いお父さん、お母さんで長蛇の列。
男の子も女の子も入れ混じり飛んだり跳ねたり転んだり。

戦後(二次大戦)しばらくまでは、こうした光景は見られなかったという。
男の子は表でメンコ、チャンバラごっこ、女の子は部屋でお手玉、お人形遊び。
「男女七歳にして席を同じうせず」儒教の教えだそうだ。
人の心の中に深く沁み込んでいたのだろう。
儒教的教育の名残が戦後しばらく消えなかったということだろうか。

平安の昔、上流階級の女性は立って歩く事さえ、はしたない事だったという。
常に部屋にこもり、草紙など読んで暮らしたという。
ご対面も几帳を隔て、それでも足りず袖で顔を隠すこともあったそうだ。
源氏物語、若菜の巻で女三宮が蹴鞠見物したのも簾越しだった。
実に不健康な生活だった。高貴な女性の平均寿命が三十五才だったと云うのも尤も。

男も短かった。源氏物語の主人公、光源氏は四十半ばにして己を翁呼ばわりにした。
源氏の邸宅、六条院の蹴鞠の折、源氏の正妻、三宮の飼い猫が逃げ出し猫の引き綱が
簾を巻き上げた。蹴鞠中の左大臣の息子、柏木は三宮を簾なしで見る。
たちまち恋の病に狂い、ついには無理に契りを結んでしまう。
源氏物語絵巻に柏木と三宮の間の罪の子を抱き物思いに沈む源氏が描かれている。

源氏は柏木を呼びつけ、己を翁呼ばわりにして若い柏木の不倫を知らぬふりをしながら
ネチネチと匂わせて責め立てた。柏木は罪の重さに悔恨著しく床に就き終に亡くなる。
当時は身分の上下、貧富の差を問わず短命だったようだ。
だがいつの世でも驚くような例外もある。
平安末期の歌人藤原俊成は90才、その子、持病もちで癇癪持ちの変人だったと云う
定家は80才まで齢を全うした。定家は十代から和歌の天才的才能を見せたという。
後の世の詩人たちの尊敬を集めた歌人西行は定家の才能を高く評価、選歌を頼んだという。

能「遊行柳」では柏木の恋や西行の歌の次第が語られる。
「遊行柳」は閑寂の情趣の世界を描き出した能とされる。
西行が奥州行脚の途中、白河の関の手前で柳の古木の下で休息した。
その古木を詠んだ歌
「道の辺に清水流るる楊蔭、暫しとてこそ、たちとまりけれ」
歌に詠まれた柳の精が遊行上人の前に現れて柳の故事を語り仏の道を語る。
仏語が多く語られ難解だが、難解が神秘に変わり神秘を加味した閑寂の世界に誘う。
クセに柳の故事を語り、大宮人の蹴鞠の場に四角に植えられていた木の一つ柳から
柏木の恋に及び、閑寂に彩を添える。
作者は閑寂の世界とは無縁の「船弁慶」「安宅」など活劇の能の作者、観世信光。
世阿弥の「西行桜」に触発されて作ったと云う。

遊行は坊さんが布教のため行脚することを云うそうだ。
中でも時宗は遊行による布教を重んじた。時宗を遊行宗とも云ったという。
総本山、清浄光寺(遊行寺)は神奈川県藤沢市に今もある。閑静な情趣ある寺。

游行柳
“手飼いの虎の引き綱も”柏木の恋を語る柳の精

能「遊行柳」の詳しい解説はこちら
「隅田川」はこちら

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10.23
Tue
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ダイモンジソウ(大文字草)ユキノシタ科 奥多摩産 
2018年10月2日 写す

“大”の字は威圧を感ずる言葉の接頭語並みに使われる。
ダイモンジソウの大は驕り高ぶったという意味ではない。
“大”の字形に咲くので大文字草。
己の器をより大きく見せようと躍起になる人間とは違う。
より美しく見せようなど驕り高ぶった雰囲気など微塵もない白く清楚な花。
今年は35度を越す酷暑が続いたせいか開花も遅れ花も小さい。
静まり返った奥山の水気の多い岩の上に咲く花、過酷な娑婆の陽気に
参ったのだろう。

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ルコウソウ(縷紅草)ヒルガオ科 杉並区産(原産、南アメリカ)
2018年9月11日 写す

荻窪に趣味で知り合った飲み友達がいた。
さほど飲む訳ではないが、あちこちの面白そうな飲み屋を探すのが楽しみだと
誘われた。記憶に焼き付いたのは下北沢と神楽坂。両方とも小ぎれいな小料理屋。
中年のおかみさんが出迎えてくれた。
下北沢の店は、客の目の前で大きな魚を料理して食べさせるコーナーがあった。
気に入って数回行った。
神楽坂は場所柄か、きれいな店で器もきれい、だが料理は口に合わなかったし
徳利は小さく酒の量もチョッピリで高かったので二度と行かなかった。
懐が不安になると件の友達のアパートで飲んだ。
怪し気な創作料理を作ったが、たまにはイケてる料理が作れて褒められた。
アパートは環八通りに近かった。環八の歩道にルコウソウが咲いていた。
外来種や園芸種には興味がないが真っ赤な小さな花形が目を引いた。
初めて見た気がしたし勿論名前も知らなかった。
種を頂いて猫の額に蒔いた。こいつがトンデモない奴で大事な花に絡みついて
往生した。きれいなものは兎角面倒を引き起こす。
友達は齢、30を一つ二つ越していた。
東関東大震災で母親の命令で勤めも辞め、すんなり故郷の広島に帰った。
齢30少々で母親の命に従うという並外れた資質の人がいるのだなと思い交々。
後で知ったが、原発事故報道が伝えた恐怖は東京の人達よりも関西の人達
の方が大きかったようだ。友の母を鬼にした。
やっかい者のルコウソウだが友の思い出があるので徹底駆除はやめ少し残している。

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トウガラシ(唐辛子)ナス科  種子島産
2018年9月6日 写す

種子島、屋久島は南西諸島の基点あたりの島。
南西諸島の人達は刺身をワサビではなく唐辛子で食べる。
トウガラシをコショウとよぶ。
トウガラシは一年草だが南西諸島では冬でも枯れない。多年草と云うより木。
種子島で種をもらい鉢植えで十年余りだが尚なお健在。
春には小さい可愛い白い花をこぼれる程に咲かせ、真っ赤な実をつける。
小粒だが猛烈に辛い。

南西諸島は九州南端から南へ点々と大小の島を連ね沖縄、台湾まで続く。
島の道とも云うそうだ。奈良以前の昔からの交易路だったという。
平清盛に反逆を企てた俊寛僧都が流された硫黄島もその一つ。
屋久島の近くの火山島で最近大爆発を起こし話題になった。
俊寛はこの島に豊富な火薬の原料、硫黄を採集して中国の貿易船に売ったという。
高貴な平安の都の僧都がボロをまとい火山に登る傷ましい姿が想われて哀れ。
俊寛僧都は建礼門院徳子の御産の赦免にも外れ硫黄島、即ち鬼界ケ島で
生涯を閉じた。能「俊寛」はこの俊寛の悲劇を作った名作。
共に流された藤原成経、平康頼は許され迎えの船に乗る。
見送る俊寛の姿を能独特の手法でみせる。
俊寛の哀れの描写はその実際を遥かに越す迫力。

種子島、西之表市の小さな旅館にと泊った。
隣の部屋で宴会が始まった。どんな人たちの集まりだろうと聞き耳を立てた。
長らしき人の挨拶が終わり十分も経たないうちに大賑わいとなった。
廊下でかなり酔ったメンバーの一人に会場に引きずり込まれた。
「種子島文学」と云う会の定例会だった。
鉄砲伝来にまつわる「若狭」と云う女性の説話を聞いた。
座は次第にシンミリ、中には涙を浮かべうつむく人もいた。
1543年、中国の難破船に同乗していたポルトガルの商人によって
種子島に初めて鉄砲が伝えられた。鉄砲にまつわる哀話だった。

若狭は刀鍛冶の娘だった。
若狭の父金兵衛は京都、本能寺付きの刀鍛冶であり一家は敬虔な日蓮宗の信者だった。
日蓮宗迫害の大事件が京都で起きた。金兵衛一家も京都を逃れ
本能寺で親交のあった種子島出身の僧を頼って来島した。

卓抜した技術を持つ金兵衛に島主は鉄砲の複製を命ずる。
金兵衛は寸分違わぬ鉄砲を復元したが当時日本にはなかった技術で、銃身の底の
螺旋を用いた部分が作れなかった。鉄砲の玉は火薬の爆発で飛ぶ。
工夫を重ねた金兵衛だったが火薬の爆発に耐える銃底が作れなかった。
難破船に同乗していたポルトガルの商人は美貌の若狭との結婚を
島主に申し入れていた。
銃底の技術に行き詰まり苦悩する父金兵衛を見かねた若狭は
ポルトガル商人に嫁すことを決断する。
鉄砲を作る技術者を連れて再び島に帰ることが条件だった。
始めて見るポルトガル人の顔の形、衣服、言葉、その異形に恐れたことは
想像に難くない。
若狭は初めて見るポルトガル人が冥土の閻魔大王に見えたと述懐したという。

鉄砲伝来は日本の歴史を変えた。種子島の一女性、若狭が戦乱を終わらせ
日本に平和をもたらした。会長がこう結んだ。
皿の刺身を見つめながらうつむき聞いていた。
若狭の話が終わり、大きく吐息をつき刺身を頬張った。
途端、口の中で金兵衛の鉄砲の火薬が爆発した。トウガラシの火薬が。

家に帰り阿刀田公の「リスボアを見た女」を読んだ。
リスボアはリスボン、ポルトガルの首都だそうだ。
種子島文学の人達の若狭に寄せる想いがよみがえり読後感はトウガラシだった。
「あはれ此処、若狭の墓か白砂の、もろく崩るる浜辺の丘」
彼らに教えてもらった海音寺潮五郎の歌を思い出し読後感の唐辛子を和らげた。

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イワギボウシ(岩擬宝珠) ユリ科 奥秩父産
2018年8月7日 写す

外国人の憧れの花だそうだ。アメリカに愛好者の会があって日本の自生地を
見に来るツアーもあると聞いたことがある。
ギボウシは東北地方ではウルイ、主要な山菜。
天ぷらや茹でて和え物が美味い。

ギボウシは蕾が橋の欄干の飾り、擬宝珠に似ているからだそうだ。
最近はそこらの橋では見ないが、お寺や神社の池に架かる橋の欄干を
飾っているのを見る。
擬宝珠の宝珠は宝石。人間は昔から女も男も、指、手首、首、頭、胸、
果ては鼻、唇、恥ずかしい処まで飾る人がいると聞く。
宝石よりも、美味しいつまみと美味しい酒の方が余っ程いいナと述懐
したら友人曰くお前貧乏だからだ、ヤッカミだ。
動物は元々身を飾る習性があるンだ。
なるほど、神様も仏様も宝珠でご神体を飾っている。
竜宮の守護神、龍神様が宝珠を略奪した能がある「海女」

唐の皇帝から贈られた宝珠が讃州、志度の浦の沖で龍神に奪われる。
大宝律令の編纂者、藤原不比等は宝珠を取り返すべく志度の浦に下る。
不比等は処の海女乙女と契りを交わし一子をもうける。
後に内大臣となった藤原房前。房前の役は子方が勤める。
高貴な身分を表し卑賎な身分の母、海女との対比を見せ母性愛を際立たせる。
内大臣の位ののぼった房前は、母の身分を知らないまま追善供養を行うため
志度の浦を訪れる。
海藻を刈り取る鎌を手にした海女が現れる。
賤しい海女と貴公子、波乱のドラマの予感に期待が高まる。
海女は宝珠奪還の顛末を語る。

海女乙女は我が子房前を世継ぎの位に立てるという不比等との約束を取り付け
一命を賭して志度の浦の沖の竜宮に赴き、竜神が守る宝珠を奪い返す。
竜神に追われた海女は乳房をかき切りその中に宝珠を隠す。
引き上げられた海女は乳房の深傷と龍神の仕業で深手を負い瀕死の態だった。
“玉ノ段”と云い強烈な場面を生々しく再現して見せる。
宝珠奪還の子細を語った海女は、その海女乙女こそ自分であると名乗り波の底に
消える。

房前の母、海女は竜女となって供養する房前の前に現れ感謝の舞「早舞」を舞う。
早舞はノリのよい典雅な舞。
後場は経典の言葉で埋め尽くされる。理解は難しいが極楽の雰囲気が醸される。

海女
「乳の下をかき切り玉を押し籠め剣を捨ててぞ伏したりける」
竜宮の玉を盗み取り竜神の追われる凄惨な場面を見せる海女

能「海人(あま)」の詳しい解説はこちら
「俊寛(しゅんかん)」はこちら


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10.13
Sat
西横岳は北八ケ岳連山のピークの一つ。標高2500m弱の山
麓の蓼科高原からロープウェイが頂上近くまで運んでくれる。
季節にはロープウェイの終点から少し登ると高山植物が結構見られる。
今回は山の夏は既に終わり、花はほとんど終わっていた。


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西横岳頂上近くの景色 2018年8月31日写す。以下同じ
 
雨、風、ガス、寒くて頂上は諦め引き返した。
下界の猛暑にうっかり長袖を忘れたのが運の尽きだった。

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キンロバイ(金露梅) バラ科

鮮やかな黄金色、梅の花の形に咲くからが名の由来だという。
金と梅は納得だが露は何?色々図鑑を調べても“露”は露ほども記述がない。
勝手に解釈してもいいと云うのだろうか。
露は僅かとか儚いなどの意味に使われると辞書にある。
露の間、露の情け、露の命等々だが金露梅の露には遠いように思う。
「蓮葉の濁りにしまぬ心もて、などかは露を玉と欺く」
古今集、僧正遍照の歌だそうだ。
金露梅の露も遍照の歌の意味と云うことだろか。

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クロマメノキ(黒豆の木)ツツジ科

6月~7月にチョウチンのような小さな可愛い花を咲かせる。
実は見るからに美味しそう。見かけに違わず甘酸っぱく美味しい。
土地の人は浅間ブドウと呼んでジャム、ジュース、果実酒を造ったそうだ。
今は取ってはダメかも知れない。

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ゴゼンタチバナ(御前橘) ミズキ科

6、7月頃、白い清楚な花を咲かせる。
実はまん丸で真っ赤、ルビーのよう。
美味しそうだったので食べてみたが変な味がして思わず吐き出した。
昔、加賀の白山の修験者は霊草として有難がったという。

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シラタマノキ(白玉の木) ツツジ科

花はクロマメノキと同じころ咲く。
クロマメノキの花を少しペチャンコにした様なおもしろい形の花。
実も切れ込みがあって花だか実だか分からないおかしな形。
実はほのかに甘いがハッカのような味がして苦手。
食べた後スーッと爽やかで美味しいという人もいる。

白玉の木の白玉とは何だろうと辞書で調べたら米の粉で作った
ダンゴとあった。真珠という意味もあるという。
花や実は白くて丸くダンゴに似ていなくもないが、それでは白玉の木が
あまりにも可愛そう。矢張り真珠と思う事にした。

「白玉か何ぞと人の問いし時、露と答えて消えなましものを」
伊勢物語 六段「芥川」の歌。
入内前の二条后を在原業平が盗み出し背負って逃げる途中、
草の上に置いた露の玉を見て白玉?と業平の背中の上から二条后が尋ねたという。
露の玉ではなく涙の玉ともするらしいが、いずれにしても微笑ましい情景が浮かぶ。
この事件は能の格好の題材。「雲林院(うんりいん)」がありクセで詳しく語る。

能の詞章は名文が多い。別けても「雲林院」のクセはかなりの名文と云われる。
伊勢物語では二条の后を源氏が誘い出し、かくまった場所は鬼の住む所だったとある。
この能では所も紫式部の墓があった雲林院であり数々の名所のある所とし、
クセに源氏物語の光源氏と朧月夜内侍の恋「花宴の巻」を引用、情緒的に甘美な
物語に仕立てている。

在原業平は面“中将”を着て現れる。(能では面を付けることを着るという)
面も装束もいかにも平安殿上人、惚れ惚れとカッコいい。
殊に面がお似合い、いかにも業平。
それもその筈、面の中将は業平の顔を写したという面だから。

雲林院
“園原茂る木賊色の、狩衣の袂を冠りの巾子にうち被き、忍び出づるや如月の
黄昏月もはや入りて、いとど朧夜に、降るは春雨か落つるは涙か“
恋の逃避行を見せる業平。狩衣の模様は業平菱

能「雲林院」の詳しい解説はこちら

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10.06
Sat

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蓼科高原スキー場 2018年9月1日写す。以下同じ

ここはスキー場、白一色の雪景色の景観は想像出来ても、夏のこの景観は
想像できなかった。へ~え、こんな所なンだと。
背丈を越す夏草が生い茂っていた。所々に色々な花が咲いていた。

年に1,2回は訪れる霧ヶ峰高原の近くだが、ここ蓼科高原は可成り以前に
一回だけ、スキーで訪れただけで記憶は全く忘却の彼方だった。
友人にIHIという会社の健康保険組合が経営する宿を紹介された。
社員でなくとも一般の人も泊まれるという。
部屋は広く一般のホテル並みにきれいだった。食事が素晴らしかった。
パンフレットの料金は食事別かも知れないと勘違いした。 
財布の中は何時もながら乏しい。足りるかナと心配しきり。
勘定書きをみてホッと、肩の荷が吹き飛んだ。
肩の荷とはうまい言葉だとしみじみ。

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トリカブト(鳥兜) キンポウゲ科

毒草の代表だが日本の野草の花の中で、豪華な花のトップクラスの花。
猛毒だが精力剤でもある。量を誤ると命を落とす。
以前、博物学者が更に精力をつけようと増量して落命した。
毒と薬は同じ物の好例。
トリカブトの毒は「附子“ぶす”」と云い昔から知られていたようで
狂言に作られた、狂言「附子」。

主人が砂糖の桶を、猛毒の附子だから手を触れるなと太郎冠者と
次郎冠者に言残し外出する。
好奇心にかられた二人、少し食べてみると砂糖だった。
二人は桶の砂糖を全部食べてしまう。
主人に言い訳を考えた末、主人の大切な掛け軸を破り、茶碗を壊し
主人に、大切なものを壊したので附子を食べて死のうとしたが全部
食べても死ねなかったと苦しい言い訳。人の心の機微を衝いてしみじみ笑わせる。
今は砂糖一袋、数百円だが昔は超貴重品だった。

狂言は滑稽を旨とし、セリフの面白さを主眼とした劇。能、狂言と
呼ばれ抱き合わせで演ぜられる。

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マルバダケブキ(丸葉岳蕗) キク科
葉っぱのザラザラは畑のフキ、花はツワブキにそっくり。
だが何しろでっかい。迫力満点。
スキー場の小さな池の様な水溜まりの近くに咲いていた。

葉の茎は食べられるのだろうか。
鹿児島県近辺の人達はツワブキの若芽を食べる。
茹でて炒め物や煮つけが美味しかった。
マルバダケブキも試して見たいが怒られるだろうか。

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サワギキョウ(沢桔梗) キキョウ科

野や山にも咲き花屋にも売っているキキョウは“花でございます”
と云ってお澄まししているような整った顔をしている。
サワギキョウは同じ仲間でも不思議な格好の花。だが魅力的。
昔、自ら“花爺”と宣っていた花好きのおじいさんがいた。
名前は忘れたが、何かの花の採集を頼まれた。ミズゴケに包んで持ち帰った。
翌年の夏、素っ頓狂な声で電話がかかってきた。
飛んで行ったら苔の中にサワギキョウが咲いていた。
ミズゴケを持ち帰る時、もぎ取って捨てた雑草の中に、サワギキョウがあり根が
ミズゴケの中に残っていたのだろう。
芽を出し何だろうと花爺は期待半ばで見守っていたら花が咲いてビックリ、
驚いたといった。あの時の花爺の嬉しそうな笑顔が思い浮かぶ。
あの世でも思い出し笑いしているかも知れない。嬉しそうなニコニコ顔で。

キキョウは昔から親しまれた花。秋の七草の一つ。能「大江山」で
「さてお肴は何々、頃しも秋の山草、桔梗、刈萱、己もこう」と謡う。
「大江山」は鬼退治の能。
勅命で大江山にすむ鬼、酒吞童子を退治に大江山に向かう源頼光主従。
酒吞童子は大酒飲み。
近頃聞かないが酒豪を酒吞童子と云った。
酒吞童子は酒宴を開いて頼光一行をもてなす。自分を殺しに来た一行とは知らずに。
酒吞童子は少年の姿に化けている。酒宴で舞う舞が豪快ながら優雅。
人を喰う恐ろしい鬼が可愛げな少年姿で舞う。想像をめぐらし観るのが魅力。
酔い伏した童子を、折節よしと頼光一行が刀を抜きつれ襲う。
酒吞童子の顔は微笑むキキョウ顔から妙ちきりんなサワギキョウ顔に
変貌する。恐ろしい鬼の顔に。

しかみ
「大江山」使用面「顰(しかみ)」鬼の面相

能「大江山」の詳しい解説はこちら

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