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12.29
Sat
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塩屋岬海岸 2018年11月23日写す。以下同じ

理由は幾つかあるがこの辺りに来ると必ず寄る。
高萩海岸からほとんど岩壁続きの海岸から突如広い砂浜が現れる。
心がぱっと開ける。去年訪れた時は東日本大震災の津波で惨憺とした景色だった。
灯台への道も崩れて閉鎖だった。

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ツワブキ(艶蕗)キク科

又々、お祖母ちゃんだが。暴れ坊だったのだろう打撲や火傷が絶えなかった。
ツワブキの葉を火にあぶり当ててくれた。
暖かい地方では主要な山菜。蕗はシャキシャキだがツワブキはしっとり。
南西諸島のツワブキは大ツワブキと呼び大きい。
テカテカの丸い大きな葉、根元からニョキニョキと花茎を伸ばし真っ黄色の
花を派手に咲かせる。派手さ加減はほんとに日本の花?と思わせる。
外国の人の目も引くらしくニューヨークの植物園の一番目を引くところに
飾られていたと読んだことがある。

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ヤツデ(八手) ウコギ科

“ぱっと開いた赤ちゃんのお手てのようにかわいいな”と紅葉を歌った
童謡があるが形はそっくりでもこちらは天狗のお手てか天狗の羽団扇。
田舎のトイレの近くには必ず植えてあった。
臭気を天狗の羽団扇で煽ぎ飛ばそうというのだろうか。
塩屋崎灯台の登り口に我が物顔に咲いていた。
庭木でよく見るが、異様な姿から日本のものではないと思っていたし
海岸近くに多い木とは知らなかった。

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トベラ(海桐)トベラ科

子供の頃、臭い木だと思い込んでいた。小鳥が実を食べるのが不思議だった。
実が熟すとメジロが実を食べに来た。おとりの鳥かごを枝に掛け鳥モチを塗った
小枝を仕掛け、大袈裟に鼻を摘まんで息を凝らしてメジロを待った。
トベラは枝を折るか葉を揉むと臭いが木から臭気を発散しているわけではない。
鼻をつまんで待ったのは子供特有のフザケ、いわゆる稚気だったと思う。
メジロはきれいな鳥で鳴き声が美しい。美しく鳴くのはオスでメスの鳴き声は単調、
ウグイスは飼ってもなかなか鳴かない。メジロのメスやウグイスが鳥モチに
かかっても石油で丹念に鳥モチを拭き取り放した。
数年前、故郷の片田舎に帰ったが子供の姿が見えなかった。
聞いたら子供は塾か習い事で忙しく、野山や海川を駆け回るなどバカげた
事をする奴はいないとの返事だった。

トベラは密に白い小花をつけ香りがいいらしい。
秋に薄黄色の皮が割れ赤い実が現れる、木の実の中でも屈指の美しさだと思う。


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美空ひばり歌碑

塩屋崎灯台の下の海辺に建っている。近づくと美空ひばりの晩年のヒット曲
「みだれ髪」がいきなり流れてきた。
東日本大震災以前も建っていたが津波で壊れたのだろう、新しく立て替えてあった。
美空ひばりは知らない人はいない程の昭和の歌姫。
♪春は二重に巻いた帯、三重に巻いても余る秋🎶 冷たい浜風の中に響き渡った。
何時までも耳に残り、ちょっとシュン。誰でも身に覚えはあると気を取り直した。 
痩せ細るほどの恋、能の世界ではさしずめ静御前いうところだろうか。
静御前は平安後期の白拍子、源義経の愛人だった。
能に「船弁慶」「二人静」がある。
同じころ平清盛の愛人に同じ白拍子の祇王と仏御前いた。
この二人も能に作られた。「祇王」「仏原」。だが「船弁慶」が人気ダントツ、
上演頻度も上の三曲は遠く及ばない。

船弁慶は前場に白拍子である静が義経との別れに義経の再起を祈念し勇気づけようと舞を舞うが別れに堪えられず涙を湛えつつ舞う舞が絶品。
後場では義経に討たれた平家の猛将、平知盛の幽霊が船で西国落ちの義経一行を襲う活劇を見せる。前、後場共に演劇性抜群。人気曲の所以だろう。

船弁慶3
義経に襲いかかる平知盛の幽霊

能「船弁慶」の詳しい解説はこちら


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12.23
Sun
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勿来の関跡に建つ源義家像 2018年11月23日写す 以下同じ

な来そ、打消しの助詞に挟まれた“来”。来るな!強烈な地名。
昔、此処は奥州への玄関口。奥州は最果ての地であった。
朝廷の威信も及ばなかったのだろう、陸奥の豪族の反乱「前九年の役」が
起こった。関跡に鎮圧に向う源義家像が建っている。
「吹く風を勿来の関と思えども道も狭に散る山桜かな」
最果ての地、奥州に向かう義家が詠んだという歌碑が立っていた。
勇将の感慨に少しシュンとなって像を見上げしばし立ち尽くした。
義家は八幡太郎義家と呼ばれた勇将で鎌倉幕府を開いた源頼朝の
曽爺さんだとあった。勿来の関跡は茨城県との県境近くにある。

福島県にはもう一つ著名な関所跡がある、白河の関。
「都をば霞とともに立ちしかど、秋風ぞ吹く白河の関」
能因法師の歌だそうだ。
歩いての旅は、春に出発しても白河の関到達はやはり秋になったと
いうのだろう。白河の関は栃木県との県境近くにある。
奥州は地の果ての國、旅は命がけだったが歌人達の憧れの地でもあった
という。この歌は中学生の頃兄に教わった。
今でも覚えているのは兄の話がよほど面白かったのだろう。
能因法師は奥州の旅に出ると偽って庵室に籠り窓から顔だけを出して
顔の日焼けを作ってこの歌を詠んだ。本当か嘘か兄の創作かは知らない。

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シロヨメナ(白嫁菜) キク科

盛大に咲いていた。“道も狭に咲く白嫁菜かな”義家が通りかかったのが
秋だったらこう詠んだかナと冗談の独り言がでた。豪華な群生だったので。
春の若芽は近縁のヨメナのように美味しいのだろうか、食べたことがない。
ヨメナは昔から身近な山菜、シロヨメナはちょっとした山でないとないので。
可憐なこれら野菊の花を見ていると、少年の頃読んだ伊藤左千夫の
「野菊の墓」が思い出いだされ遠い昔がよみがえる。

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ツバキ(椿)ツバキ科

紅葉はきれいだったが花が極端に少なかった。
木の花はツバキだけ。寒風に晒され煽られたのかあまり綺麗とは云えないが
唯一貴重な木の花。冷たい風を受け葉っぱが艶やかに綺麗だった。

12月の中頃、奥多摩の面白そうな林道を歩いた。
山仕事の人や軽トラのために作った道。
道の真ん中に椿が一輪落ちていた。
まだみずみずしかった。花には見えず気味わるかった。
昔は武家屋敷では忌み嫌って植えなかったと聞いたことがある。
切り落とされた首に似ているからだという。
椿は花びらがくっ付いていて散る時、纏まってポトリと落ちる。
サザンカも椿の一種。サザンカは花弁がくっ付いてなくてバラばらに散る。
散る様は潔い。武士はサザンカなら植えただろうか。
落ちツバキを友達に見せて博識(?笑)を自慢しようと撮ったが
カードが入ってなかった。

椿は万葉にも歌われ今の世では演歌にも歌われ人々に親しまれる
風情を持つ花なのに能に椿が登場しないのが不思議だ。
能では桜がダントツ。それも散る桜を謡うものが多い。
椿はポトリ落ちるが椿の一種、山茶花は桜に似てヒラヒラと散る。
椿がダメならせめてサザンカの能を作ってほしかった。
サザンカの花びらは桜の花びらに似ている。
桜より大きく厚いが薄紅色で形も似ている。
ハラハラならぬパラパラと散り辺り一面に散り敷く様は桜に負けず
幻想の世界に誘う。
能「桜川」のお母さんは水の面に散り浮かぶ桜の花びらに戯れ我が子を偲ぶ。

能「桜川」は狂女物と云われる能。
子は極貧の生活から母を助けようと我が身を人買いに売る。
「さてもさても、この年月の御有様。見るも余りの悲しさに人商人に
身を売りて東の方に下り」子の書置き。
今の世にこんな奇特の子供がいる訳ないだろう。
子の教育が今の時代とはよほど違ったのだろうか。親を思いやる心に万感。
「独り伏屋の草の戸の明かし暮らして憂き時も子を見ればこそ慰むに」
「のう、その子は売るまじき子にて候ものを」と母は叫ぶ。

母の悲しみ、絶望感は凝り固まって狂女となり我が家を出奔、子の行方を
捜して放浪する。母子の故郷は筑紫日向と母は謡う。
一般に筑紫は福岡県辺り、日向は宮崎県辺りを指す。
二県の間は数百キロ離れている。首を傾げるところだが子の名は“桜子”、
故郷の神、木の花耶姫の氏子だからと名付けたと母はいうからやはり宮崎だろうが、
又故郷を問われた母は「誰ともいさや不知火の筑紫人」と答える。
不知火は九州北部、福岡周辺。
筑紫は九州地方全域を指すこともあると云うから宮崎辺り、福岡辺り
どちらでもいいということにしよう。
「鄙の長路に衰えば、たとひ逢うとも親と子の、面忘れせばいかならん」と
母は謡う。数年の長旅の末辿り着いたのは常陸の國、桜川。
なんと千数百キロの旅だった。しかも歩いての旅だったのだ。
蛇足だが、同じ狂女物の中で「隅田川」の母は京都から東京の隅田川まで、
「百万」の母は奈良から京都までと目と鼻の先、桜川の母には遠く及ばない。
桜川の母の旅は、まさにギネス級(笑)。

桜子の母が桜川を訪ねたのは子の名の桜に引かれたから。
桜川は万葉の時代から聞こえた桜の名所。
特殊な土質に山桜の固有種が多種ある桜の名所、吉野や江戸の多摩川上水
にも移植されたという。
茨城県桜川市磯部のこの能所縁の神社、磯部稲村神社や近くの公園に固有種が
植えられていて花の頃には訪れ、その度ごとに息を呑む。

「常よりも春べになれば桜川、波の花こそ間なく寄すらめ」と紀貫之の歌を謡い
我が子を偲び桜川の河面に散り浮く花びらを掬い網で掬い舞い狂う。
懸命に花を掬う母の姿に子を想い慈しむ母の心情が溢れる。
「網之段」と云いこの曲の眼目、見どころ。

桜川1
網之段を舞い狂う母

桜川2
再会した子を抱く母

能「桜川」の詳しい解説はこちら

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12.15
Sat

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高戸の浜 2018年11月23日写す。以下同じ

茨城県高萩市にある。日本の海岸百選に選ばれたとか。
この辺りの海岸は断崖絶壁続き。
何故だか知らないが断崖絶壁が好きらしく悪条件を物ともせず咲く花がある。
浜菊と小浜菊。高萩海岸辺りから青森の海岸に咲く珍品。
一番近い高萩海岸に毎年見に行く。今年はなんだかんだと野暮用に負けて
花の盛りに遅れた。
今年は諦めようかと思ったが、いつの間にか高萩海岸の岩壁をよじ登っていた。
岩の窪みに溜まった土に根を張ったススキやチガヤなどの頼りない雑草に片手で
必死にしがみつきシャッターを押しているうちに不安は的中、浅く根付いた草の根が
剥がれズルズルドシン。安物だが大事なカメラを無意識に守ろうとしたのか身体を
丸めたらしく大事には至らなかった。落ちた海岸は大小の石がごろごろ、向う脛と
後頭部を打った。かっこう悪く恥ずかしいので誰にも云わず黙っていた。
二週間ほどで痛みは取れた。

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ハマギク(浜菊)キク科

岩壁の浜菊 盛りは過ぎ数輪だけの咲き残り

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波打ち際に崩れ落ちた岩の隙間にも咲いていた。

背丈はそれほど大きくないが幹が太くて硬くまるで木。
太い幹から枝をだし大きな株になり真っ白い花を盛大に咲かせ見事。
こんな厳つい木に、これ程のかわいい花が咲くのだ、信じがたい。
花好きが、これほどの花を見逃す訳がない。庭にも植えられている。
だが海岸の絶壁に咲く浜菊は一味も二味も違い、荒々しい海の景色を
背景に美しさこの上もない。

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コハマギク(小浜菊)キク科

小さいハマギクと云うのだろうがこの二つは印象が全く違う。
美女と野獣と云ったらハマギクに叱られるだろうか。
コハマギクは全く知らなかった。数年前、ハマギクの群生の中に
4,5株咲いているのを見つけ図鑑で調べて知った。
今回は岩壁の窪みに生えた雑草の中に咲いていた。
盛大に咲きその姿を誇示するかのような浜菊とは全く違い雑草の中に
ひっそりと咲く美しい小浜菊に能「落葉」の落葉ノ宮の面影を重ねた。

落葉の宮は朱雀帝の二ノ宮。左大臣の息、柏木に降嫁したが柏木は
二ノ宮の妹三ノ宮に心を奪われ、二ノ宮は捨てられる。
宮は失意の内に母宮と小野の山里に籠る。
前場では小野の里のもの寂しい情景を描き、後場のクセでは落葉ノ宮に
想いを寄せ、想いを募らせて行く光源氏の子息、夕霧の心情を情緒豊かに
描く。終曲のキリでは夕霧の激情に耐え兼ね狂乱の域まで追い詰められる
落葉ノ宮の心中を描く。

落葉
能「落葉」 「さやけき月に妄執の夕霧、身一つに降りかかり目も紅の落葉の宮は」
有無もなく迫る夕霧の熱情に煩悶する落葉の宮

能「落葉」の詳しい解説はこちら


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12.08
Sat
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高尾山山頂 2018年11月2日写す。以下同じ

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高尾山のシンボル、薬王院

JR高尾駅から裏高尾、城山を経て高尾山頂、京王線高尾駅まで歩いた。
かなりの距離。快晴の秋の空はどこまでも澄み渡り空気は清澄、
足が重くなるまではルンルン♪だった。

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ヤクシソウ(薬師草)キク科

真っ黄色の花をたわわにつけて豪華。摘み取ると白い乳が出る。
ウサギや馬の好物。子供の頃、馬の砂糖と呼んだ。
戦時中や戦後しばらくは砂糖は貴重品だった。
子供にとって砂糖はうまいものの象徴だった。
ウサギや馬が美味しそうにヤクシソウを食べるのを見て砂糖のように
美味しいのだろうと思って名付けたのだろう。
葉の形が薬師如来由来らしい。古い命名だろうか。
よく見かける花だが花のイメージと違うのか名前がなかなか覚えられない。

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センブリ(千振)リンドウ科

「女郎花咲きたる下に千振の生えたるを見てしばらく去らず」
土屋文明の歌だそうだ。 
よく知られた西行の歌「道の辺に清水流る楊蔭、暫しとてこそ立ちとまりけれ」
に似ている。
西行さんは、清水の流れる柳の木陰が涼しく心地よく少し休むつもりだったが
ついつい長居してしまった。
文明さんを釘付けにしたのは何んだろう?
満員電車の人の頭のように隙間なく咲くその見事さか
リンドウの10倍の苦みを思い出してか?

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 リンドウ リンドウ科

キキョウ、リンドウは秋を代表する身近な花。
このところ野山のキキョウが見られなくなった。
派手に綺麗な姿のキキョウは誰もが好きだから仕方がない。
キキョウに比べリンドウは少々地味。
“オヤ、リンドウさん無事だったの?と声を掛けてしまった。
山の一人歩きは自閉症もどき、心に浮かんだことをぶつぶつと独り言。
奥山の草むらにひっそりと咲いているのを見るとこちらに何かを話しかけて
いるようで、ついつい声を掛けてしまう。
人けのない山道を歩いていると草や木などと同類になったような錯覚?幻想?
に陥るのだろう。

能「雪」では旅の僧が俄かに降り積もった雪に道を見失い茫然と立ち尽くす。
「さて困った。誰か現れて教えてくれないかな」と坊さんが独り言。
雪の精が現れる。あなたは誰ですか?と坊さん
「誰とはいかで白雪のただおのづから現れたり」と雪の女。
自分が誰か分からない、自然に現れたという。
雪の女は僧の幻想だった。

雪の女は、ただ自然にこの世に現れ己が誰とも分からない、この深い迷いを
仏の功徳で助けて欲しいと懇願し静かに舞を舞い消えうせる。
能の重要な型の一つでもある“足拍子”は音を盗んで踏む。“雪踏の拍子”と云う。
雪は極めて小品の曲だが白一色の清らかな能。
心の負担のない幻想的な世界に浸って過去の思い出と重ねて観る、
このような能もまたいい。

雪
能「雪」
能に「江口」という曲がある。その昔、大阪の淀川河口にあった江口の遊郭の
遊女の物語。
シテの江口の遊女は「しかるに我らたまたま受け難き人身を受けたりといえども、
罪業深き身と生まれ」と謡う。
この世に生を受けることは稀なことだが生まれながらにして罪深い身として
生まれてきたという。仏教では女は罪深いと説かれているという、遊女の身として
の思いは猶更であろう。
仏の慈悲は深く広くあまねく善悪を超えて衆生を救うと云う。
再び現れた遊女の霊は普賢菩薩に変身してその尊い姿を見せ西の空に消える。
「江口の君」伝説に取材したという。
今でも「江口の君」の伝説はこの地方に残っている。
能「雪」は「江口」のように徹底して仏教の哲理は述べないが淡々と仏の慈悲を
語る。敬虔な仏教徒だった昔の人は、また「江口」のような世界にも思いを
馳せ観たのではないだろうか。

増女1
「江口」後シテの使用面「増女(ぞうおんな)」端正にして品位があり神格を表わす面

能「雪」の詳しい解説はこちら
「江口」はこちら


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12.03
Mon
高尾山の秋(1)裏高尾から城山へ 能「小鍛冶(こかじ)」「殺生石(せっしょうせき)」

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裏高尾風景、東京にも長閑な風景がある

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柚子、鈴なりの豊作

裏高尾は高尾山の賑やかな表登山口の北、旧甲州街道沿いの高尾山の山裾一帯をいう。
割と珍しい花が咲くことで知られている。観光客がほとんどいなくて静か。
いつもはJR中央線高尾駅からバスで終点、小仏から登り小仏峠、
城山を経てJR中央線相模湖までのコースだが今回は思いつきで
時間も遅かったので、表登山口の手前、小仏川沿いのハイキングコースを
歩き日影林道から城山に至るコースにした。

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ゲンノショウコ(現の証拠)フウロソウ科

幼い頃、腹痛やお腹をこわした時、お祖母ちゃんの家に駆けこみ
ゲンノショウコを飲ましてもらった。
お祖母ちゃんはゲンノショウコを整腸剤に日常的に飲んでいたようだった。
母親は民間薬嫌いで富山の置き薬か医者の薬の信者だった。
見つかると叱られた。だが富山の薬も医者の薬もゲンノショウコより苦く、
変な味で嫌いだった。薬の好きな人はいないから当たり前だが。

植物の名前は面白く興味深い。学者が付けたと思われる名、民間の言い習わしと
思われる名、吹きだしそうな珍妙な名、意味の分からない名、等々。
ゲンノショウコはそのものズバリ、当を得た名。
腹痛も下痢もお腹の不調は飲んだ途端、ピタリと治る、まさに“現の証拠”
ゲンノショウコの花は白花と紫がある。
故郷のゲンノショウコの花は鮮やかな紫できれいだった。

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城山の茶屋

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カンビール350円 名物ナメコ汁250円 オニギリは手製

思い付きだったので家を出たのが遅く急ピッチの登りは疲れた。
城山に辿り着きホッと。昼飯が美味かった。
相模湖へ下りる心づもりだったが時間が心配だなと思った途端、
急にしんどくなり足は勝手に賑やかコース、高尾山頂に向かっていた。

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シラネセンキュウ(白根川芎)セリ科

城山の茶屋の近くに咲いていた。
セリの仲間は、山にシラネセンキュウ、シャク、海に刺身のツマのハマボウフウ、
アシタバ、田んぼや沼にセリ、畑に人参などなど。
セリ科独特の香りと風味があり美味しい。
味も似ているが花も葉っぱもよく似ている。
センキュウは漢方の名だそうだ。シラネセンキュウの根も漢方薬。
漢方薬の起源は不老不死の薬を求めて野山の草木、動物、鉱物をくまなく探し求め
試したのがはじまりだそうだ。毒を飲むという事故も当然あっただろう。
清朝のある皇帝は水銀の鉱石、辰砂を飲んで血を吐き死んだという。
真っ赤な不思議な色に魅せられ不老不死の妙薬と信じ込んだのだろうか。
十数年前、痩せ薬の漢方を飲んで死んだ女優がいた。
同じころ北京の空港で太った娘の土産に痩せ薬を買った。
女優と同じ薬だった。娘は体調が急変、中止して命拾いをした。

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サラシナショウマ(晒菜升麻)キンポウゲ科

サラシナショウマの若芽は茹でて水に晒して食べる山菜。名の由来だという。
水で晒すのはアク抜きか毒抜きかだろう。
キンポウゲ科にはきれいな花が多い。きれいなものには何とやらで、二輪草の
他はほとんど毒があると聞く。その最たるものが猛毒のトリカブト。

ブラシに似た花というが、ブラシは汚れを落とす道具、純白の清楚な花には
ブラシでは可哀そう、白狐の尻尾と呼びたい。
小さい白い花が集まって咲き毛のように見える。まさに白狐の尻尾。

白狐は年を経て白くなった狐で神通力を持つという。
稲荷神社の神は狐。能「小鍛冶」では都随一の刀工、三条小鍛冶宗近が
剣を打つよう勅命を受ける。勅命の剣を打つには宗近に劣らぬ相槌が
なくてはならない。困り果てた宗近は氏神、稲荷明神に祈願する。
稲荷の明神が現れ助太刀の相槌を打つ。
狐明神が歴史上の名剣の由来を語り舞い、宗近と剣を打つ様子をキビキビと見せる。
キツネの動きの特徴を形象化した、能の型の魅力を見せる。

こかじ
宗近の相槌を勤め剣を打つ稲荷明神

悪狐の能もある「殺生石」
古代インド王の后となり王に勧めて千人の首を斬り、後に古代中国の王の
后となり悪行の限りを尽くした女が、死後日本に生まれ変わり鳥羽の院の
玉藻の前となった。
帝の命を狙ったが陰陽師に正体を見破られ白狐となり那須野に逃れ人や獣や鳥を殺した。
神秘な異次元の世界に誘われ戦慄が走る能。

殺生石
石を割って現れたキツネの妖怪

『小鍛冶(こかじ)』の解説はこちら
『殺生石(せっしょうせき)』の解説はこちら

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