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06.29
Sat
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江戸川 2019年6月27日写す。以下同じ

千葉県の松戸に仕事で月に1、2回通っている。近くに流れる江戸川に初めて行った。
河川敷に咲く花を期待して行ったが端境期だったのか目ぼしい花はなかった。
江戸川は房総と江戸の境を流れる河。下流によく知られた“矢切の渡し”や“寅さん”
の柴又帝釈天があり境内に江戸時代の浅間山の大噴火で流れて来た人の遺骸や
牛馬の死体を供養した墓があると聞いたことがある。
 岸辺で釣り糸を垂れたおじさんに声を掛けた。ヘラブナ釣りだそうだ。
「ヘラブナ釣りは釣りの中で、イの一番に難しいンですよネ」お世辞を言ったら
「そう」と満面の笑みで振り返った。

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チョウセンアサガオ?(朝鮮朝顔) ナス科

チョウセンアサガオかどうか自信はない。土手の散策路、サイクリングロード
脇のトイレの裏に咲いていた。人が植えた様ではなかった。

田舎の母方の祖父の庭に盛大に咲いていた。祖父は喘息持ちでチョウセンアサガオを
タバコのようにして吸っていた。効用は知らないが効き目があったのだろう。
祖父は大の焼酎好きで、冬は囲炉裏端で暖まりながら更にお腹の中の焼酎で暖を追加。
夏もお燗、焼酎の熱気を縁側の涼風に発散させ延々と飲んでいた。
ソロバン玉の形の薩摩黒ジョカに小さな薩摩焼の杯が絵になっていた。
肴は刺身一品。刺身を箸でつまんでジッと見つめ、ひっくり返して皿に戻し、
杯を傾けグッと飲み干す、を繰り返した。
「ジイちゃん、どうして食べないの?」とオレ。
「ウン、これを食うと焼酎がまずくなる、腹もすいているし、どうしようかなと思案しているンだ」とジイさん。
幼い頃の思い出、オレにも幼い時があったのだ。あの頃のジイさんの年はいささか超えたが。

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クサフジ(草藤)マメ科

散りかけの哀れな姿でギシギシの枯れた花の茎に寄りかかり、
「花の命は短くて、苦しきことのみ多かりき」と
臨終の言葉を呟く幻聴が聞こえたような気がした。
「花の命は」の詩の一節は林芙美子が好きで何かににつけて書いたそうだ。
林芙美子は「苦しきことのみ」多かった作家だったと云う。
クサフジの盛りは豪華だがススキの藪を掻き分けてまで見に来る人はどうだろう。
運がよければ釣り人が見てくれるかも知れないが。能「鞍馬天狗」で謡う
「見る人もなき山里の桜花」だが林芙美子の「苦しきことのみ」とは次元が違う、
贅沢云うなと言ってやった。

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ノラニンジン(野良人参)セリ科

ヨーロッパ渡来の花だそうだ。野菜の人参が逃げ出して野生化したものだそうだ。
同じ逃げ出した例に海岸に咲くハマダイコン(浜大根)がある。
“ほんとうかな”と首を傾げたくなるが学者が云うんだから本当だろう。
江戸川も外来の植物らしいのが我が物顔にはびこっていた。
遠い故郷を離れても寂しい様子は微塵もない。よほど日本が気に入っているのだろう。
日本はいい国だもんねと又もや言ってやった。

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ペットポトル

川面のさざ波に寂しげに揺れていた。まるで生きているようだった。
水は静かに流れているがポトルは流れない、オヤ?とよくよく見たら
細い紐が見えた。水底に重りで繋ぎ止めてあるようだった。
誰が何のための仕業だろう。
川岸に腰を下ろしポトルの浮き沈みを見ながらポトルを浮かべた人の想いを
勝手に色々想像した。
ペットポトルの人は若い人ではないだろう。多分年配のロマンチスト、
“寂しさ”を求める人かも知れない。
“寂しさ”は日本の文芸の根本。遥か昔からの伝統らしい。
昭和までも“寂しさ”を詠った。
「幾山河、越えさり行かば寂しさの終てなむ国ぞ今日も旅ゆく」
「あした浜辺を彷徨えば昔のことぞ忍ばるる」
「名も知らぬ、遠き島より流れ寄るヤシの実一つ」などなど
ペットポトルに小声だったが唄ってやった。奴は“そんなの知らないよ”
とばかり上下左右に体をゆするだけだった。

千数百年前、“寂しさ”を求めた高僧がいた。
天皇の帰依をも受けた玄賓僧都。
僧都の高徳を慕う貴賤が煩わしいと三輪山の麓に隠れ住む。
当時は三輪山の麓は人家も希な僻地。
能「三輪」の前場でこの地の玄賓の侘び住まいを舞台に“寂しさ”描く。
僧都の侘び住まいを曰くありげな女が訪ねる。
地謡が僧都の庵の佇まいを謡う。
「秋寒き窓のうち、軒の松風うちしぐれ、木の葉かき敷く庭の面、門は
葎や閉じつらん、下樋の水音も苔に聞こえて静かなる、この山住ぞ寂しき」

女が玄賓僧都の庵の前に佇み案内を乞う。
「門は葎や閉じつらん」
あたりには雑草が生い茂る破れ庵の佇まい。
ぽつねんと対坐する二人。
「軒の松風うちしぐれ、木の葉かき敷く庭の面」
二人は黙したまま。
「下樋の水音も苔に聞こえて静かなる」
かすかに下樋の音までも聞こえるしじま、静寂。

舞台に水音や松風の音の楽が流れる訳でもなく、落ち葉かき敷く庭や
雑草生い茂る破れ庵の作り物が舞台に設えられている訳でもない。
地謡を聞きつつ二人の姿を見、人それぞれ過ぎし日のなつかしい経験を
重ね合わせひたすら想いに耽る。能ならではの醍醐味。

女が玄賓に衣を所望する。物欲を去った僧に衣を所望する、女の謎が深まる。
女は衣を臂に掛けとぼとぼと帰って行く。
その後ろ姿に人それぞれの想いを抱くのは必定。

三輪
「あら、有難いや候。さらば御暇申し候はん」

能「三輪」の詳しい解説はこちら

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06.25
Tue
我が家の庭がせめて猫の額だったらナ~と思うが、願望があるのが
人間幸せ。願望が達せられたら後、何もない、と思う事にしている。

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ホタルブクロ(蛍袋)キキョウ科 2019年5月28日写す
出所は遥か忘却の彼方。

名前の由来が面白い。
袋のような花に蛍を入れて遊んだからとか、火垂(ほたる、提灯の古語)に
似ているからとか。どちらでも幻想的でピッタリの名だと思う。
蛍を入れて遊んだのは子供、大人では一茶だろう。
案外、一茶が名付け親かも知れない。
細い茎に下向きにぶら下がって咲く姿はまさに提灯。

野草には人間好きと人間嫌いがあるようだ。
植えても根づかないもの、いつの間にか消えるものがある。
ホタルブクロは我が物顔に蔓延る。
はびこり過ぎて他の花をイジメるが可愛いから大目に見ている。

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シモツケ(下野)バラ科 2019年5月28日写す。
箱根産

10数年来我が家の住人。箱根の金時山から移住してきた。
雨でえぐられた登山道にぶら下がって今にも枯れそうな哀れな姿だった。
山小屋のおじさんの許可を得て頂いて来た。
珍しい花ではないが可哀そうだったので。垣根などに植えてあるのと別種かと
思うほど一段と色が濃く自慢にしている。

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ノイバラ(野茨)バラ科 2019年6月13日写す。出処不明

花の終わった鉢植えをどこの人かは知らないが我が家のネズミの額に捨て子した。
地植えにして二十数年、龍のようにくねくねと巨大化した。
毎年、白い花模様のカーテンのように窓を飾ってくれる。
今年は満開の頃、大雨続きで貧弱だった。
ノイバラには色々種類があるらしい。
学者ではないのでノイバラで勘弁してもらうことにした。

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オカトラノオ(岡虎の尾)サクラソウ科 2019年6月13日写す
埼玉産

白く小さい桜型の花が穂のように咲く花穂をトラの尻尾に見立てた。
虎は大袈裟、せいぜい子猫の尻尾。名付けた学者の粋だろう。
これも我が家のネズミの額が気に入ったのかはびこっている。

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ハマボッス(浜払子)サクラソウ科 2019年6月13日写す。
茨城産

払子は坊さんの道具。動物の尻尾の毛を束ねて柄を付けたもの。
元々はインドでハエや蚊を追い払う道具だったそうだ。
インドにはハエが多かった。チャイのカップの縁にハエが並び、
黒く動く模様に見えると聞いていた。まさにその通りだった。
ハエの名所はインドだけじゃあない、中国の新疆ウイグル自治区の
ウルムチの市場が凄かった。
陶器のカメを熱して内側に挽肉を張り付けて焼いたのが美味しいと
女性達が大量に買って来てバスの中で皆に配った。
日本のひき肉と味が違うのはたぶん羊の肉だろう。
材料の挽肉の容器にハエが群がって挽肉が真っ黒だったのを目撃した後だった。
熱心に薦める女性に丁重に断った。
“どうして食べないの?お腹の具合でも悪いの?”控え目に“ハエの大群見なかった?”
“大丈夫ヨ!焼いてるから。こんな美味しい物日本では食べられないンだから”
啞然!女性は強い!
ハエを追い払う払子様の道具は見当たらなかった。ハエなど全然気にしてなかった。
日本ではハエは目の仇にされ殺虫剤で追いまくられ今では珍しい。
そのうち絶滅危惧種に指定されるかも知れない(笑)

ハマボッスの何処が払子に似てるの?と不思議だった。
或る図鑑の解説で納得。花が同属のオカトラノオそっくりで
オカトラノオは坊さんの払子にそっくり、それにあやかり浜に咲く
のでハマボッスとなったそうだ。ややこしいが名付けた学者はなぞなぞ好き
だったのかもしれない。

払子は元々ハエを追い払う道具だったそうだが正装の坊さんが朱塗りの柄の
白毛の払子を抱いて現れると自然と頭が下がる。
能「殺生石」では高僧、玄翁が狐の妖怪を「何れの所より来たって今生かくの
如くなる。急々に去れ、去れ」と喝破する。

玄翁が喝破した妖怪は桁外れの国際的妖怪。インドでは王妃となり王に勧めて
千人の首を取り、その後中国の王妃に生まれ変わり国を滅ぼした。
この妖怪、日本に生まれ変わり近衛院の玉藻前となった。
身震いする程の美貌の身から妖気を放射する。

能「殺生石」のクセでその様子が語られる。
能のクセは舞いつつ語るものと型(舞)はなく語りだけのものがある。
能の核心を語るもので、中には予備知識がなければ難解のものもある。
殺生石のクセは分かり易く聞いているうちに段々と身が竦んでいく。
陰陽師、阿部泰成に正体を見破られ白虎の妖怪となり空を飛び那須野原に
隠れ住む。その後、二人の剛勇に妖怪を退治せよとの勅命が下る。
剛勇二人は百日の間、妖怪退治の修練を積み那須野が原に向かう。
白虎の妖怪と剛勇二人の闘争がこの曲最大の見どころ。
息も吐かせぬ過激な動きの舞、能ならではの緊張感に身が竦む。

殺生石
玄翁が払子を打ち振り殺生石を割る、現れた妖怪

能「殺生石」の詳しい解説はこちら

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06.16
Sun
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三つ峠の最高ピーク開運山直下の岩壁。令和1年5月30日写す。以下同じ

岩登りの人が豆粒のように見えた。かなりの高度。
冬、この岩壁の下の方に巨大なツララが暖簾のようにぶら下がる。
娘が小学校1、2年生の頃だったと思う、山男の友人に無理に誘はれ
このツララを見に行った。
終電の富士急に乗り三つ峠駅から真夜中、懐中電灯頼りに登った。
途中道に迷いウロウロ。疲れ果てて休憩、娘は路肩に寝てしまった。
夜が白々明け初め娘が寝ていた後を見ると雪が固まって氷になり
その上に落ち葉が散り敷いた氷の寝床だった。ギョ!
巨大な暖簾のツララの前で皆、息を呑み棒立ちになり眠気も疲れも吹っ飛んだ。
娘も氷の寝床など忘れてしまって“すっご~い、きれ~い”とはしゃいだ。

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ヤマナシ(山梨)バラ科

山はあってもヤマナシ県、海なんぞ無くていいよと言わんばかりに咲いていた。
山梨県は南アルプス、鳳凰三山、甲斐駒ヶ岳、八ヶ岳、県境の奥秩父連山と
美しい山に囲まれている。昔は甲斐の國。甲はものごとの一位、斐は綾があり
美しい意と辞書にある、げにもげにもと。

本名ズミ、ヤマナシの名には学者の間で色々あったらしく最近の図鑑に
ヤマナシの名がない。ヤマナシではなくなったらしい。
だが山好きの間では断然ヤマナシだ。山梨県に特に多いらしい。
小さいが八百屋の梨にそっくり。疲れ直しにたまにかじる。
猛烈に酸っぱい。だが山の珍味、疲れの喝入れ。

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クルマバツクバネソウ(車葉衝羽根草)ユリ目シュロソウ科

衝羽根草の名は花が羽根つきの羽根に似ているから付いた名。
昭和は遠くなりにけり。平成も去り年号も変わった。
昭和は言わずもがな、平成の前半頃までは正月、羽根つきに興ずる嬌声が珍しくなかった。
今の子供に聞いても多分、羽根つき?追羽根?それ何?
今はバトミントン。バトミントンの発祥の謂れは知らないが、
羽子板がラケットに、羽根が鳥の羽根からプラスチックに変わっただけ。
根本は同じ。まさしく羽根つき。
オリンピックの競技種目だと云うから世の中変わった。
衝羽根草の命名者も草葉の陰で目を剥いているかも知れない、多分。

奇妙な形の花、車葉衝羽根草はいたずら好きの神様が作ったのだと思う。
多分、羽根つき好きの女神さまの作品かも知れない。

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ルイヨウボタン(類葉牡丹)キンポウゲ目メギ科

ネズミの額にも植えてある。
どこの山だったか忘れたが下山の途中、大木の下で見つけた。
名のように牡丹やシャクヤクの葉にそっくり。
憧れの山シャクヤクだと飛び上がって喜んだ。疲れが一ぺんに吹っ飛んだ。
花が咲いて崖っかり。崖から落ちたように。
だが最近は山シャクヤクとは比べものにはならないが質素で味があると。

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フデリンドウ(筆竜胆)リンドウ科

平地では早春の花。うららの春に逆戻りしたかと嬉しかった。
リンドウは秋の花というのが通り相場。俳句では秋の季語だそうだ。
だがフデリンドウは春咲く。他にもハルリンドウ、コケリンドウなどがある。
リンドウは漢字で竜胆。字の如く龍の胆のように猛烈に苦く胃の薬。
竜の胆を試した人がいるかどうか知らないが。
春のリンドウは小さい。胃の薬にするには可哀そう。
可愛い花を咲かせるリンドウなのに、どんなに苦くても恐ろしい竜とは可哀そう。

ヨーロッパの竜、ドラゴンはワニに似ていて翼で飛び火を吐く怪獣。
日本の竜はドラゴンに似ているが角とヒゲを生やしていて翼はなく
身をくねらせて飛ぶ。交流が極少なかった西洋と東洋の人が似たような竜を
考えたことは不思議。人種は違っても同じ人間なのだナと。

竜は能にも登場する。「春日龍神」や「竹生島」「海人」など
人助けをする竜と人を襲う竜が登場する。
「春日龍神」は栂尾の明恵上人が仏跡を訪ねようと春日明神に
暇乞いの参詣をする。春日明神が鹿島(茨城県)から春日山(奈良県)
に移った時に随行した時風秀行が現れ春日山に仏跡を写し出して見せるから、
危険な渡天(釈迦の生地、インド行)は断念するよう勧め消えうせる。
やがて大地が震動、春日山は金色に輝き龍神が現れ、釈迦の誕生、説法の
の様子、沙羅双樹の下の入滅の様子を見せる。
途方もないスケールの能。

「竹生島」は竹生島詣での廷臣一行を釣り船に乗せ案内する老人と美女。
長閑な琵琶湖の景色を「緑樹影沈んで魚木に上がる気色あり。月海上に
浮かんでは兎も波を走るか」と謡う。木の影が水面に映り湖の魚が木に
登っているように見え、月が水に映り月のウサギが湖の波の上を走っているという。
琵琶湖の長閑な美景に酔いしれる廷臣になった気分でウットリ、眠気さえもようす。

老人は琵琶湖に住む龍神、美女は弁財天だった。
弁財天が美しい天女の舞を舞い、龍神は豪快な舞を見せる。
ご当地ソングという人もいるらしいが秀作過ぎてご当地ソングなどとはとてもとても。
能は人の中に潜む深刻な人の性を描きだすだけではなく人の心を和ませる、
今風にいう“癒す”能も少なくない。

名作「海人」の龍神は恐ろしい。「海人」は母性愛を描いた曲。
唐から贈られた明珠を志度浦(香川県)の沖で龍神に奪われる。
藤原淡海は名珠を取返そうと志度の浦を訪れ、浦の海女と契り男の子をもうける。
海女は我が子を淡海の世継ぎにするという約束を取付け、命を賭して龍神の居城
竜宮に赴き宝珠を奪い返す。龍神に襲われた海女は命を落とす。
これまでが前置き。曲中で語られる。

海女と淡海の子、房前は淡海の迹を継ぎ大臣となり母、海女の追善供養のため
志度の浦を訪れる。海女の霊は海女の姿で房前の前に現れる。
海女と大臣の身分の落差が描かれる。
「かかる貴人の卑しき海人の胎内に宿り給うも一世ならず」
親子は一世だが前世の因縁と思いたいという悲痛な母の心の叫びに聞こえる。
海女は恐ろしい龍や鰐鮫が玉を護る竜宮に潜入して銘珠を奪い返す
場面を再現して見せる。「玉ノ段」と呼ぶ壮絶この上もない舞。

房前の追善供養に龍女成仏した母の霊が現れ報恩の舞「早舞」を見せる。
ノリのいい舞に母の霊の喜びが溢れる。

海人
龍女となり往生した母が我が子、房前に有難い経巻を与える

能「海人」の詳しい解説はこちら
「春日龍神」はこちら「竹生島」はこちら

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06.09
Sun

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三つ峠(開運山)山頂 R1年5月30日写す。以下同じ

山頂の碑に立てかけてあるのは樅ノ木の枯れ枝、世話になった杖。
三つ峠は河口湖を挟んで富士山と向かい合い、富士山を仰ぐように立つ山。
開運山、御巣鷹山、木無山とピークが三つ並んでいて三つ峠だそうだ。

週末に行く予定だったが天気予報では週末は雨、前日は快晴だという。
急遽予定を変更して早起きして行った。
眺望天下一の富士山を見るのも目的の一つだった。
前世か今世の悪行が祟ったのか快晴の筈の富士山の上に大きな雲、
デンと居座って動かなかった。
予報大外れ、悔しさ憤懣遣る方なしだった。
気象庁を恨んでも仕方がない。気象庁が曇らせた訳ではないから。

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ベニバナハコネウツギ(紅花箱根空木)スイカズラ科

三つ峠登山口の見晴らしのいい石垣の隙間から枝を伸ばし咲いていた。
山は花盛りだろうと期待したが全く咲いていなかった。
この一本だけ。しかも石垣の隙間に遠慮がちに根を張って。
彼女はよそ者なのだろうか。
身内に京都に修行に行って永い者を思いやった。

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オオカメノキ(大亀の木)スイカズラ科

葉っぱが亀の形だから。本名、ムシカリ(虫狩)だそうだ。
葉を好んで食べる虫がいて満足な葉がないからと云うが、
“大亀の木”の名が断然いい。

少年の頃、あだ名が“亀”だった。動作が鈍く咄嗟の出来事にも対応が鈍重だった。
飲兵衛の兄が飲兵衛の友人と喧嘩を始めた。
酒癖の悪い二人の喧嘩は派手だった。
仲裁はそっちのけでニヤニヤしながら見ていた。兄が友達に大怪我をさせてしまった。
駆けつけた父に何故止めなかったと散々叱られた。“亀”では仕方ないか!
父の諦めの言葉が今でも耳に残っている。以来“亀”が呼び名になった。

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シロバナヘビイチゴ(白花蛇苺)バラ科

ヘビイチゴは道ばたや家の周りにも咲いているので誰でも知っていると思う。
黄色い花を咲かせる。真っ赤な実は何だか気味悪い。
昔は毒だから食べるなと聞かされた。
毒はないそうだ。試しにたべてみたが味も素っ気もなく不味い。

シロバナヘビイチゴは深山の花。白い花を咲かせ真っ赤な実はおいしい。
栽培種に最も近いそうだ。
名前からヘビイチゴの近縁と誤解される。名付けた人が恨めしい。
別名モリイチゴ。気の毒がった人が付けたのだろうか。

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エンレイソウ(延齢草)

艶麗草と思い込んでいた。姿が艶麗だから。
ハート型の三枚の葉の真ん中に花を咲かせる姿が仙女を思わせる。

エンレイソウは毒草だそうだ。毒草がどうして延齢?
もしかして延齢の漢方薬の材料かも知れないと思った。
漢方薬は奇想天外の物も薬にするから。
調べてみたが漢方には使わないようだ。
延齢草の不思議な姿をボーッと見ていると不思議の世界に引き込まれ、
齢が延びる気がするからとしよう。

人の最大の望みは長寿。何かににつけて延命を祈る。
延齢草の名付け親は年寄り学者?などと云ったら叱られるかも。
命を延べるには五穀豊穣、天下泰平が必須条件、古くから神仏に祈った。
芸能は祈りから始まったという。元祖は天鈿女命。
天岩戸の前で、上半身裸で踊って岩戸がくれの天照大神をおびき出した。
能の元祖は「翁」神への祈りから始まった。
“とう~とう~たらり、たらりら~、たらりあがりららりどう”と謡う。
奇妙な言葉。意味にいろいろ説があるらしい。
神が憑いた昔の人の神への呼び掛けだろうと意味は詮索しないことにしている。
天下泰平、国土安穏、五穀豊穣を祈る神秘な舞「神楽(かみがく)」が異次元に誘う。

正月、床の間にお爺さんとお婆さんが松の木の下を掃き清めている掛け軸を掛ける。
能「高砂」の一場面。松は“永い”の象徴。泰平の世が永く続き、人の齢も永くと。
老夫婦が掃く松は高砂の松という名物の松。阿蘇の神主が高砂の松を訪ねる。
老夫婦が神主に松の謂れを語る。
盆栽だけが取り柄の松と思っていた目がカッと開ける。
お爺さんは住吉の人、お婆さんは高砂の人だという。
驚いた神主“どうして夫婦なのに別々に住んでるの?”
お婆さん“山川万里を隔つれども、互いに通う心遣いの妹背の道は遠からず”
成程!それで結婚式で能「高砂」の一節が謡われるのかと納得。

お爺さんは住吉の明神、お婆さんは高砂の明神の化身だった。
お爺さんは神主に住吉で待っていると言い残し漁師の小舟に乗って沖に消える。
神主は所の人の新造船を借り住吉目指し船出する。
“高砂や、この浦船に帆を上げて”
新造船に真っ白の帆、希望の風をはらませて船出する。
結婚式で二人を祝福してこの一節を謡う。
これほどの祝福の歌があるだろうか。

若さ溌剌の姿を現わした住吉明神、神主に颯爽と「神舞(かみまい)」を舞って見せる。
「神舞」は急テンポの舞。今時の若者の踊りの上を行く。

高砂2
「掻けども落ち葉の尽きせぬは、誠なりけり松の葉の、散り失せずして色はなほ
征木の葛長き世の」
高砂の松の木の下を掃き清める老人

能「高砂」の詳しい解説はこちら
「翁」はこちら

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06.01
Sat
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御嶽神社 2019年5月5日写す。以下同じ

御嶽神社は奥多摩、御岳山の山頂にある霊山。
標高1000mに少々欠ける。
ここはまだ仲春だった。珍しい花は見つからなかった。
新宿から立川、青梅で2回乗り換え1時間半程。
休日にはホリデー何ンとか?の直通がある。
山奥のせいか高尾山の混雑と違い静か。外国の人も少なかった。

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アオイスミレ(葵菫)スミレ科

スミレには色々な種類があるようだ。その中で一番早く咲くスミレらしい。
他のスミレより色、姿が劣っていても一番に咲くのはやはりいい。
何でもかんでも一番は“いの一番”と云うくらいだからいいのだろう。
源平時代、源氏方の佐々木盛綱は備前の國、藤戸の渡しの浅瀬を
所の漁師に聞きだし一番に敵陣に攻め入った。先陣は名誉であり彼らの夢だった。
盛綱は口封じに漁師を刺殺した。能「藤戸」が子細に語り痛ましい。
前場に盛綱を糾弾する漁師の母が描かれる。
当時の身分制度の上で、死をも覚悟した抗議が凄まじく圧倒され、
暫しして涙を禁じ得ない。何時の世も母は強い。
後場では殺された漁師が凄惨な場面を再現せて見せる。
なんとも耐えられない虚無感に襲われる。男が壊し女が繕う、人の世の習を想う能。

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チゴユリ(稚児百合)

花弁の先が尖っていてまるでマンガの星の形。
お稚児さんのように可愛いが名の由来とか。
植物学者にもロマンチストがいるのだナと。
意地悪名付け親もいる。例えばいやな匂いのする“屁糞カズラ”とか
実が犬の一物に似ているから“犬のフグリ”とか名付けた人。
ヘクソカズラもイヌノフグリも可愛い花を咲かせるのに花には
見向きもしないで。

稚児百合の名は小さな百合の意だろうが命名した学者には稚児百合の
星形の花に星のイメージがわかなかったのかもしれない。
星は人々の夢を育む存在だった。科学が星の正体を明らかにした。
星の正体が分かれば星を見ても豊かな夢がわかない。
科学とは何だろう。便利なものを人々に与えるが一方人の夢も壊す。
人々の夢も存続、便利な物も得る、その境目を考える時期が今の世に
求められると浅学は思う。

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ウノハナ(卯の花)ユキノシタ科

御岳山から日出山に登り五日市線、五日市駅行のバス停まで歩いた。
「関東ふれあいの道」とあった。少し行った所で五日市から御岳山を
目指し登って来たという年配の女性のグループに出会った。
疲れた様子もなく元気な足取りだった。
安心して歩きだしたがかなりのアップダウンで悪路もあり疲れた。
バス停近くの谷川の両岸に卯の花が見事だった。
「卯の花をかざしに関の晴れ着かな」と卯の花に呼びかけてしまった。

奥の細道の旅に随行した芭蕉の弟子、曽良がこの句を詠んだ
白河の関迹を数年前に訪ねた。
昔の著名人の碑が苔むして訪れる人も少ないようで森閑としていた。
衣冠を正して通ったという昔の人を想い、そこいらの野草の花を摘み
曽良の真似をして頭に挿してふざけた思い出が懐かしい。

関の近くに“朽ち木の柳”の旧跡がある。
西行法師が「道の辺に清水流るる楊蔭、暫しとてこそ立ちとまりけれ」
と詠んだという旧跡。
此処で芭蕉は「田一枚植えて立ち去る柳かな」と詠んだとあった。
芭蕉の奥の細道の旅は西行の奥州行脚の跡を辿る旅だったという。
芭蕉は西行を偲び、曽良は前九年、後三年の役のむくつけき武将が兜に花を挿して
通った姿を思い浮かべたのかもしれないと勝手に想像して悦に入った。
能「遊行柳」は“朽ち木の柳”を題材にした名作。
芭蕉は「遊行柳」を見て奥の細道の旅を思い立ったのだと珍説を立て
能には無案内な友人に吹聴した。

遊行の上人が奥州布教の途次、現れた老人に西行の旧跡、朽ち木の柳に案内する。
老人は朽ち木の柳の精だった。
端正な姿で再び現れた柳の精が上人に柳にまつわる故事を語り舞を見せる。
クセに源氏物語、若菜巻の左大臣の息子、柏木と光源氏の正妻、女三の宮の恋が語られる。
柏木達の蹴鞠を見物していた三の宮の飼い猫が逃げ出し、引き綱が御簾を巻き上げ
柏木が三の宮を見て恋に陥った事が語られる。
“蹴鞠の型”や“手飼いの虎の引き綱”の型がこの曲独特で珍しい。
閑寂を描くを目指した能に艶を加え魅力あるクセ。
遊行上人の本拠地、遊行寺は今でも藤沢に健在。

遊行柳
“手飼の虎の引き綱の”白髪の老人が柏木の恋を語る

能では老人を大事に描く。日本人の道徳観の基礎であった儒教の影響、
また長寿への憧れもあったかもしれないが。
現今、世相も変わり、長寿社会になってみれば口先だけは綺麗ごとを
並べるが老人は邪魔者。
そのいい例が先日のいたいけない子供が犠牲になった老人の誤運転の池袋の事故。
テレビ夕日?の番組が凄まじかった。
事故を起こした老人だけが犯人だろうか。車に罪は無い?
食品や医薬品などは厳格な規制があるが危険きわまりない車に肝心の規制が
緩いのは何故?人が作った物に誤作動、運転ミスが生じるのは当然。
その対策が十分なされて来ただろうか。
自動運転が云々されている昨今、咄嗟の運転ミスでも事故を防げる
技術の開発に取り組んでも当然と思うが。

能「遊行柳」の詳しい解説はこちら
「藤戸」はこちら



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