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07.27
Sat
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裏高尾の清流 令和1年7月13日写す。以下同じ

ハイカーのお気に入りの場所らしく唯一開けた場所。
板橋の上で年配の人がスケッチしていた。鉛筆の芯の細の太いの
色々箱に並べてあった。繊細な絵にビックリ。鉛筆だけで描いた美しい絵!
感動!感動!“画家ですか?”“いや、趣味で描いている” 絵は独学だと云った。
風貌から社会的にかなりの地位にあった人の様に見えた。
黙々と忘我の境地に入っている姿に、世に在りし時、困難に会い絵に没頭して
己を慰めたのではないだろうかなどなど勝手に想像した。
「久方の光のどけき春の日に静心なく花の散るらん」
古今集、紀友則の歌だそうだ。百人一首にも採られている。
反藤原氏の企みに誘われ悩んだ時の紀友則の歌だと聞いたことがある。
板橋の上で黙々と絵に没頭するその姿に若き日の彼に思いを馳せ紀友則に
重ねた。絵の写真を一枚撮らせて頂きたかったが言葉が出なかった。


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アブラチャン(油瀝青)の実と花 クスノキ科(花は2018年3月写した)

満山枯れ木の中、春一番に咲くのが嬉しいしきれい。
それよりも名前が気に入っている。
この花の名前を始めて知って枝を肩に“アブラチャン♪アブラチャン♪”と
ふざけたことを思い出す。
能「小塩」で在原業平の霊の爺さんが、うららかな春の日、桜の枝を担ぎ
“弱ぼいさぞらい”現れるそのまねだった。

残念だがアブラチャンのチャンは愛称のチャンではなく瀝青(油の固まり)
の中国語読みだそうだ。
だがどんな意味であろうとチャンはチャンだからから気に入っている。
美味そうな実に見える、どんな味か齧ってみようと思ったが昔は灯火用の
油をとったというし仲間のクスノキは樟脳の材料、強烈な刺激味が口の中で
火事になるかもとやめた。

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ヤマユリ(山百合) ユリ科

山百合は夏咲く花の女王様。
先月の中頃、鎌倉の山では満開だった。
一ケ月後、ここ高尾では未だ蕾だったが満開を一つだけ見つけた。
鎌倉とここ高尾では何かが違うのだろう、山百合だけではなかった。
日本には色々なユリが咲く。日本の固有の花だそうだ。
オランダの人達は日本のユリが大好きで交配が盛んでコンテストがあり
優勝すると名誉全国に及ぶとか。
交配種のユリは逆輸入され日本の花屋の店頭に並び庭先にも咲く。
野に咲くユリの方が交配種種より断然美しいのに花屋の百合を買う。
目移りは人の常、仕方がないか。
竹馬の友も糟糠の妻も馴れてしまえば価値を忘れる。

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オオバギボシ (大葉擬宝珠)キジカクシ科

竹竿に小さなチョウチンを幾つもぶら下げたような風情。
美味しい山菜。東北ではウルイと呼び主要な山菜。
欧米にはない花で愛好者が多く自生地見学のツアーがあるそうだ。

擬宝珠は橋の欄干の飾り。ギボシの花の形が似ていることが名の由来だそうだ。
最近の橋はコンクリートで擬宝珠は滅多に見られない。
神社やお寺の庭園の池に架かる橋などで見られる程度。

京の五条の橋の上で弁慶と牛若丸が散々に戦った。
牛若は擬宝珠の欄干に飛び上がり飛び下り、鬼神変化の如く虚空を飛び回り
弁慶を翻弄、終に弁慶は降参、牛若の家来になった。

橋弁慶
“ここと思えばまたあちら燕のような早業に鬼の弁慶、謝った”童謡にも歌われた。

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竜頭が滝

白装束の若い男女が滝行の順番を待っていた。
滝行は神仏がやどる滝に打たれて煩悩を払う修行だそうだ。
若い人が煩悩を払うと脱け殻では?煩悩などとっくに希薄になった身の呟き。
聖域には間違いないので神仏の罰が当たるかも知れないと震える手で一枚だけパチリ。
高尾山には滝行の場が数ケ所あり山伏が滝行するそうだ。

山伏の元祖は役行者。人間離れの修行で神をも罰する神通力を得た。
修行の山伏達のため葛城山から根本道場の大峰(金峯山)まで橋を架けよと
葛城明神に命じた。神様のことをこのように言うのは畏れ多いが分かり易いかと
ご勘弁頂いて、今様にいえば“ブス”だった。
昼間は恥ずかしいと工事は夜だけ、ついに納期に間に合わなかった。
怒った役行者は明神を蔦鬘でしばり岩穴に閉じ込めた。

能「葛城」はこの奇怪な物語を背景に展開される。
葛城山参りの奥州、羽黒山の山伏一行が突然の大雪に立ち往生している。
柴を背に女が現れ、山伏達を憐れみ我が家に案内する。
雪景色を詠った漢詩を引いた美しい地謡にとぼとぼと家路を辿る情景が美しい。
女は葛城山の名の由来となった“しもと(小枝)”の話をし、しもとを焚いて
山伏達を暖め鈴懸を乾かす。クセも山伏達を労わる舞。
女は葛城明神の化身だが神の気配は全く見えず里の女の温情が滲む。
僧達は夜の勤行を始める。女は僧達に勤行の序でに祈り加持してくれと頼む。
岩橋工事で役行者に縛られた事を語り葛城明神であることを仄めかす。
山住の女から葛城明神への変貌をじわりと見せる、能の魅力。

山伏達の夜を徹しての祈りに神の本体を現わした葛城明神が、神代の
髙天の原の舞を模して舞う。月明かりの雪原の舞が美しい。

葛城山は奈良と大阪の県境の山。三月の中頃友人と二人でお参りに行った。
友人の服装を見てびっくり、冬山登山の姿だった。
こちらはスーツに革靴ネクタイのサラリーマン姿。
“チョモランマにでも登るの?”と散々揶揄った。
ロープウェイの乗り場にスノーボードの親子、オヤ?
ロープウェイの終点は一面の雪景色。スーツにネクタイのオレを下から上まで
眺めて友人、“どちらの会社にお勤め?こんな山の上に会社などあったかナ?”
と反対に散々揶揄われた。
昼飯を食べた食堂の小母さんが気の毒がってゴム長を貸してくれた。
奈良、大阪にまさか雪の積もる山があるとは夢にも思わなかったのだ。
山中で雪にまみれて集めた小枝は能の小道具“しもと”に今でも有難く使っている。

葛城
「松が枝添えて焚こうよ」“しもと”を焚き山伏達を暖める山住の女


能「葛城」の詳しい解説はこちら

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07.21
Sun

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多摩動物公園正門

京都に住んでいる身内が久し振りに我が家に来た。
1才半のいたずら坊主を喜ばせようと色々考えた末多摩動物公園に決めた。
この辺りは多摩丘陵と呼ばれ自然が豊か。動物を見るだけではなく
自然も満喫できるので、ただの動物園ではなく公園をくっ付いて
多摩動物公園としたのだろう。東京都の施設だそうだ。
放し飼いのライオンがたむろする中にバスを走らせて見物する
名物のライオンバスは更新工事中で休み、ガッカリ!

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ヒヨドリバナ(鵯花)キク科 令和1年7月8日写す。以下同じ

ヒヨドリバナは山に咲く花、多摩丘陵は人間が侵入して来て様変わりしたが
昔、山であったことの証拠。
花の名の謂れは色々らしい。学者もはっきり分からないらしいから
素人が分かるわけがない。ヒヨドリは悪食、何でも食べる。
さすがヒヨドリバナは食べないようだ。どの花も無事だった。

昔、多摩丘陵にも農家があった。平らな土地に野菜や陸稲を作り
細々と暮らしていたという。現在のように野菜がバカバカ売れる訳でもなく
畑で作る陸稲は不味くて売れない。
やがて神武景気、続いて岩戸景気、多摩丘陵は巨大なレジャーランド、
団地、住宅が続々建った。
低価格の地価が急騰、農家は急きょ億万長者になった。

稲城市に住んでいた知人に聞いた話で真偽の程は分からないが、
彼の幼馴染に多摩丘陵の俄か億万長者がいた。
連日、銀行や証券会社、車などのセールスマンなどに追い回され
逃げるように今日は北海道の薄野、明日は福岡の博多という具合に
歓楽街を渡り歩いた。
馴れない遊びに疲れ“世の中は空しい”と遺書を残し自ら命を絶った。
“彼はクラブの女に振られたンだよきっと”と云う人もいると知人は苦笑していた。
似たような話が、今の西東京市の“ひばりが丘団地”でもあったと後で聞いた。

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ヒオウギズイセン(檜扇水仙) アヤメ科

鮮やかなオレンジ色が美しい。アフリカの原産だそうだ。物凄い繁殖力。
佐賀県では有害植物として植栽禁止だそうだ。
南西諸島のある島で県道の両側にヤブになって咲いていた。
オレンジ色の花の波が風に靡いてうねり息を呑んだ。
希少な花で尚且つ有害植物でなければ銭は惜しまず買うのだが。
何事も度が過ぎるといけませんネ。
月産自動車?の例の人に教えてあげたいネ、ゴーンとカウンターパンチ喰らう覚悟で。

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キキョウ(桔梗)キキョウ科

野生の桔梗がこのところ見られなくなった。絶滅危惧種だという、ビックリ。
自然生えに見えたが多分人の手で植えられたのだろう。
昔は日当たりのいいとことに咲いていて珍しい花ではなかったと思う。
家の婆ちゃんが薬にするのだとゴボウのような太い根っこを日に干していた。
何に効くのか聞いたことがあると思うが忘れた。
朝鮮半島では“トラジ”。薬用、食用に大事にされ恋歌調の民謡にも唄われ有名。
トラジの歌を幼い頃、聞き覚えた。幼い男の子が恋歌を歌っていたのだ。
韓国のニュースを聞くたびについつい歌ってしまう。
韓国は一番近い外国。アジアの国々が好きでへめぐったが韓国は近いから
何時でも行けると思っていてまだ行ってなかった。
トラジの歌のように優しい人達が住む國だろうから行ってみたいが
この頃オッカナイ悶着続きだし韓国の人は日本人嫌いらしいから足が向かない。

平安時代にはキキョウを“蟻の火吹き”と云ったそうだ。
蟻の巣穴にキキョウの花をかぶせるとアリが花を齧る。
アリが出す蟻酸がキキョウの花の汁に反応して青い花が赤く変色する。
四百年続いた平安時代の平和、子供の遊びも優雅だったのだナと。
大人も“蟻の火吹き”を遊んだかも知れないが。

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リョウブ(令法)リョウブ科

リョウブも山に咲く花。令法とは奇妙な名。
図鑑などで名の由来を読んでもピンと来ない。知りたい程の由来でもなさそうだ。
リョウブの若葉を焚き込んだリョウブ飯はよく知られている、だが食べたことがない。
米の少なかった頃、増量材にしたのだ、旨くないと書いたのを読んだことがある。
植物学者にしては風流心の乏しい人だなと不思議だった。

茶席にも活けられると聞いたことがある。
白く清楚な花の姿が簡素な茶席に似合うのだろう。
白は高貴な色、白を基調にした清楚な能の装束がある。
能「雪」専用の長絹と呼ばれる上着。
雪の結晶をかたどった金の“雪輪”の模様が白の生地に溶け込んで
「雪」という清らかな能を表し美しい。

雪

雪は人間界の不浄を覆い隠すかのように清浄無垢な世界を現出する。
能「雪」の主題でもある。

突然降り出した大雪に茫然と佇む僧、近くの木陰から雪景色を詠った
和漢朗詠集を吟じつつ女が忽然と現れる。
女は自分は無意識のうちにこの世に現れ己が何者かも分からない、
この苦しみを助けて欲しいと訴える。
仏の功徳を信ずれば成仏できると諭す僧にお礼の舞を美しく舞う。
女は雪の精だった。

クセは源氏物語「浮船之巻」の歌などを採り入れた流麗な語句で語られ
雪の袖を翻し「序ノ舞」舞う。
廻雪の舞の余韻を残し明けて行く空に淡雪のように舞いつつ消えて行く姿が感動。
小品ながらスッキリと味わい深い作品。

能「雪」の詳しい解説はこちら

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07.13
Sat
久々に「半蔀」を勤めた。
「半蔀」は平安中期の長編小説、源氏物語の巻首に近い「夕顔の巻」の
夕顔の上と光源氏との、光の間のような束の間の愛の物語。
源氏物語で夕顔は内気で優しい女とし、薄幸の女に描かれる。
作者は細川家の家臣だった武士、謂わば素人の作。
これほどの作品を作った事も驚きだが、武士が日本の女の優しさの
見本の如きを描くとは驚きの外はない。

シテ(主役)はアシライという静かな登場の囃子で幕放レする。
情緒一辺倒の曲に相応しい出囃子とする。
静かに歩を運ぶという事はかなりの体力を要する。
面を着る(付ける、能では着るという)と遠近感、方向感覚を制限され、
体力の大半を身体のバランスを保つことに費やされるからだろうか。
老人や登山者が杖を用いるのは体重を支えるよりも体のバランスを
支えるのが大きいのと同じ様なものだろう。

半蔀1
「手に取れば手ぶさに穢る立てながら三世の佛に花立てまつる」
僧正遍照の歌を口ずさみ現れた夕顔の上の霊

前場は都、雲林院の僧が仏に手向けた花の供養を行う場に夕顔の上の霊が現れ
夕顔の花を挿し添えるという極簡単な設定。内容の希薄な呆気ない前場だと
いう印象を与えないよう、謡や動きにも細心の注意を払い静かに情緒を漂わせる
事を心掛ける。

僧は挿し添えられた花の名を知らない。「いかななる花を立てけるぞ」と僧。
「愚かのお僧の仰せやな黄昏時の折なるになどかはそれと御覧ぜざる」
夕顔の花は黄昏時に開花する。
優しい女、夕顔の上を演ずることを常に念頭に置く。僧をなじるような詞章を
どう演ずればいいのだろうと考える、割愛は許されない。

「五条辺りと夕顔の空目せし間の夢となり面影ばかり亡き迹の立花の
陰に隠れけり」と唯一の地謡。「面影ばかり亡き迹」で正面に静かに出、
向うをとくと見ると型付け(振り)にある。
“とくと見る”と云う型は人により解釈がいろいろだろう。
二つ三つ歩を運び面をやや上に取り虚空を凝視する。
観る側の想いを引き出せればと期待する。極めて短い前場だが後場の成否を決める場であり極度の緊張に縛られる。

半蔀2
半蔀を押し開け小屋を出る夕顔の上

後場のシテは後見が舞台後方に据えられた藁屋の中。
藁屋は引き廻しと呼ばれる濃紫の布で覆われている。
暗い中で和漢朗詠集を吟ずる。貧しく哀れを詠った詩だが品よく謡うよう努める。
作り物の中に入って舞台に出る演出は少なくない。
能独特の演出だが見慣れていても期待感と好奇心を誘う。
演ずる側も相応の緊張を強いられる。
引き廻しが下されると緊張は更に高まる。

小屋にはヒョウタンがぶら下がっている。夕顔の花はカンピョウの花、
ヒョウタンはカンピョウの変種、夕顔の花の機縁で夕顔の上と源氏は結ばれた。
クセで語られる。

半蔀3
小屋を出、クセを舞う

クセは室町時代に流行った曲舞を能に採り入れたものだという。
曲の中心となっている。決まった型を連ねて舞うことが多く詞章の意味を
表す動きに遠い。型の緩急や形など工夫して詞章の意味に近づける工夫を
するが見る側に通ずるか否かは計算外で只々工夫する難儀でもある。
「半蔀」のクセには詞章の意味を表す具体的な型、お経を聞く、夕顔の花を折る、
花を奉げるなどの型があり演ずる側には納得がありその分心を開ける。

半蔀4
夕顔の花を折り源氏に奉げる夕顔の上

夕顔の上は源氏に誘われて泊った「何某の院」で物の怪に襲われ落命する。
全く同じ題材の曲に世阿弥作の「夕顔」がある。
世阿弥の自信作とされ骨格の整った名作といわれる。
何某の院での恐怖も語られ心理描写の難しい曲。
「半蔀」では「何某の院」には一切ふれられず恐怖の片鱗も語られない。
五条の小家で夕顔の花を機縁に邂逅したことに的が絞られクセ、序の舞、
キリへと情緒一辺倒が途切れることなく連綿と語られる。
難解な語句や故事もなく分かり易く親しみやすい所為か上演頻度も高い。

半蔀5
「また半蔀の内に入りて、そのまま夢とぞなりにける」

夕顔の上の霊は再び小屋に入り顔を隠しうずくまる。
すべては僧の夢だった。

能「半蔀」の詳しい解説はこちら

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07.05
Fri
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報国寺山門 2019年6月17日写す。以下同じ

目を剥く数々の人々が山門に吸い込まれていった。
「見仏、聞法の数々。順逆の縁はいやましに、日夜朝暮に怠らず」
能「東北(とうぼく)」のクセの一節が浮かんだ。
日頃、意味は朧気に、仕事だからと謡っている。
“仏を見、仏の教えを聞く人々はますます増えて夜も夕も朝も夕も
勤行を怠らず”と云う意味だそうだ。
今の世、これだけの信仰の人々がと驚いた。
十数年前初めて訪れた時は鬱蒼とした木々の中に溶け込むように建つ堂宇、
まるでお堂の仏様が散歩に現れるのではないかとさえ思われる雰囲気のお寺だった。
この寺は竹林でも知られている。竹林を前にした瀟洒なお茶屋が人気。
信仰はさておき、山門をくぐる人達のお目当ての一つかも知れない、
などと穿ったような物言いは失礼ですが。
山門はくぐらなかった。無信心はさることながら他に目的があったから。

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イワタバコ(岩煙草)イワタバコ科 イワタバコ属

鎌倉のイワタバコが気になっていた。
奥多摩や秩父、丹沢の渓谷よりも早く咲く。
鎌倉には山の中の水気のある岩肌などにも咲く。
民家の石垣にも咲いていた。
どうして鎌倉にイワタバコが多いのか知らないが、
イワタバコは花弁が厚く形が夜空にきらめく星のよう。
“星月夜”は鎌倉の枕詞、彼女達はこの枕詞を知っているのかもしれない。
報国寺周辺は特に多い。藪を掻き分け探すよりも楽だから、報国寺の仏様には
申し訳ないがお参りはそっちのけで毎年、六月初めを目途に訪れる。

イワタバコは岩ジシャの名もあるという。好き者は珍重する。
胃の薬と云われるだけあって苦い。若い葉も試したが苦い。
やはり好き者の食べ物、葉がタバコの葉に似ているから付いた名だという。
だがそれだけではなさそう。なにやら怪し気な雰囲気も似ている。

遥かな昔、田舎でタバコを栽培していた。
タバコの葉はネバネバしていて手にくっ付き気持ち悪かった記憶がある。
葉を乾燥室で乾燥して専売公社に納める。
乾燥室の中は刺激的な異臭が充満していた。
中で作業していたおばさんが倒れた。
運び出されたおばさんの顔は血の気が無かった。

二十三才の頃、毒と知りながら煙草を吸い始めた。
人並みに格好つけたかったのだろう。
同業の先輩に喉を使う者がタバコを吸うとはとたしなめられた。
おばさんの顔を思い出しながら散々苦労の末、一年かけて止めた。

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ヤマユリ(山百合)ユリ科

大きな花、白い花弁に赤黒い斑点、強烈な香り、数ある百合の
中で魅力NO1。黒い斑点もアバタもエクボ、チャームポイントでもある。
まさかかこんなに早く山百合が咲いているとは思わなかった、ビックリ。
明治の初め頃ヨーロッパの万博でヨーロッパの人達を仰天させたそうだ。
輸出が始まり日本中の山から山百合が消えかかったそうだ。
球根は高級食材。色々の百合の中で山百合の球根が一番おいしいそうだが
食べたことはない、花を思うと食べられない。
今は昔、お爺さんとお婆さん、ではなく茨城の田舎に住む義弟と
山百合の球根を掘りに行った。かなりの花が咲いていた。
何やら異様な叫び声が聞こえる、振り向くと鎌を振り上げたお婆さんが
駆けよって来た。ほうほうの態で逃げ帰った。
山は国有林だったがお婆さんが手入れしていたのだろう。
堀りたかった球根は食べるためではなく庭に植えるためだった。
事情を話せばお婆ちゃん一つや二つ許してくれたかもしれない。
嘘のようなホントの話。
だが山百合は人間嫌いな花。植えても二、三年で消えてしまう。
後で知ったが。

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テイカカズラ(定家葛) キョウチクトウ科

岩や木に絡みつく。名の由来となった謂れが面白い。
鎌倉時代にもストーカーがいた。それも超有名人、天才歌人藤原定家。
後白河天皇の皇女、式子内親王への恋に落ちた。
式子内親王の死後、定家の執心は葛になり内親王の墓石に絡みついたという。
この花の清らかな色、形、豊かな香り。なんとまあ気の毒な名を奉られたのだろう。
可哀そうこの上もない。

能「定家」で二人の恋が強烈に、ショッキングに語られる。
定家の強烈なストーカー紛いの執念に内親王は折れたという。
定家が建てたという時雨の亭(ちん)に雨宿りする僧の前に現れた女、
二人の壮烈な恋を語る。常人には及びもつかない恋に羨望(?)とも
感激ともつかない想いを誘う。灰をかき混ぜるお婆さんの話じゃないが(?)
「玉の緒よ絶えなば絶えねながらえば、忍ぶることの弱りもぞする」
秘めた恋を人に知られる事を恐れた内親王の歌。玉の緒は命のこと。
女は定家葛の這い纏わる内親王の墓に消える。女は内親王の霊だった。
定家の執心は死後も内親王の墓石に絡みつき内親王を苦しめる。

僧の前に再び現れた内親王の姿が凄まじい。
着ている衣は在りし日の姿だが顔が物凄い。邪淫の罪で地獄に堕ち苦み
憔悴した顔の痩せ女の面、内親王の霊は僧にこの姿をご覧下さいと云う。
僧は法華経、薬草喩品を読む。この経の功徳で心無い草木も成仏する。
内親王を縛っていた定家葛もほろほろと解け内親王は感謝の「序ノ舞」を
舞う。序ノ舞は通常は優艶な女の舞、地獄の苦しみの面、痩せ女で舞う
舞は血も凍る想いに苛まれる。
内親王の霊は「月の顔ばせも曇りがちに桂の黛も落ちぶるる涙の」
といい置き元の墓に帰って行く。墓はまた定家葛に覆われる。
内親王の霊は再び地獄に帰り定家蔓に縛られ苦しみを受けるのだろう。
救いのない結末。これ程の恋は止めて置こう、などと冗談はとても云えない。

定家
報恩の舞を舞う憔悴した姿の式子内親王の霊

能「定家」の詳しい解説はこちら

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