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08.31
Sat
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富士山6合目 令和元年8月26日ガスのチョイ晴れ間に写す。以下同じ

思い付きだったので出発が遅かった。おまけに富士吉田口の有料道路は夏の間
マイカー規制、バスに乗り換え行った。大幅に予定時間遅れ。
晩夏の富士山、花は少ないだろうと期待無しで行った。

「田子の浦にうちいでて見れば白妙の富士の高嶺に雪はふりつつ」
百人一首でお馴染みの歌。山辺赤人の歌だそうだ。
新幹線など無い700百年前、奈良の都からはるばる赤人さんは富士山見物に
やって来たのだろうか、などと冗談が出る程富士山は美しい。
同じころ修験道の始祖、役行者は度々流刑地の伊豆大島をこっそり抜け出し
空を飛び富士山に遊びに行った。
富士山の神様は木花開耶姫(このはなさくやひめ)
“富士は日本一の山♪”唱歌にも歌われた。富士山が日本人の心の山である訳を
吹聴したが、山の高さも美しさも何といっても“日本一”。日本人なら誰しも認める。
いや美しさは世界一かも知れない。たくさんの外国人が訪れるのもその現れだろう。
日本嫌いで今話題の大統領からクレームを頂くかも知れないが(日本海の名に
イチャモンを頂いた事があったので)

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ミヤマオトコヨモギ(深山男蓬) キク科

荒々しい登山道際の砂礫の中に咲いていた。
能の名曲「熊野(ゆや)」で「草木は雨露の恵み養い得ては花の父母たり」と
病身の母を思いやり謡う。植物だけではなく生きとし生けるものに水は命、
水気のない過酷な環境に逞しく咲くので男ヨモギかと思ったら違うらしい。
きれいな花とは云い難いが水気のない砂礫に頭をうなだれ優しく健気に
可愛らしく咲いている。一ぺんに気に入った。
“富士には月見草がよく似合う”太宰治の言葉だそうだが治さんは
ミヤマオトコヨモギを見たことがなかったのだろう。
見ていたらきっと“富士にはミヤマオトコヨモギがよく似合う”と
なったに違いない。

かく云う者も始めて見た。不思議な姿に見入った。
富士山レンジャー(国立公園の管理員)の若い女性に教えてもらった。
色々な花の名や咲いている場所も詳しく親切に教えて頂いた。
登山の人達の安全を助ける仕事なのだろうか忙しく立ち働く姿に日本の女性の姿を見た。
やはり日本の女性は世界一優しい。日本人の優しさは外国に行って実感する。
僅かな見聞だが永年外国を渡り歩いた友人も同感だと云った。
富士登山の外国の人達がその姿に接し帰国後優しさを真似るかもしれない。
オリンピックが近い。オリンピックは日本の國をアピールする狙いもあるだろう。
富士レンジャーの人達はオリンピックに匹敵する外國の登山客に接する。
世界一優しい日本人の姿を見せて外国の人を感動させると思う。
その重要さはオリンピックに引けを取らない。
過酷な環境の中の仕事、健闘を祈るばかり。

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フジアザミ(富士薊) キク科

種類の多いアザミの中で一番大きいそうだ。
全身トゲで武装、オッカナイ姿に圧倒される。花はきれいで殺風景な部屋に
飾りたいが恐くて手が出ない。
土産物屋で売ってるヤマゴボウの漬物は昔はフジアザミの根だったそうだ。
今は本物のゴボウ。つまり土産物屋のものは偽物。
だが矢鱈に掘られると富士山の象徴が絶滅の危機に瀕する。
富士山の周辺に多いそうだから。
土砂崩れ防止の壁際の砂礫に咲いていた。
これもレンジャーの女性に教えてもらった。

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キオン(黄苑)キク科

草丈、葉、花、均整の取れた花。野に置くにはモッタイナイ。
その昔、キオンを眺めながら女性数人が何やら騒いでいた。
そこで知ったかぶりのワタクシ、しゃしゃり出て、
「これはハンゴンソウという花です。昔この花を焚いてあの世に赴いた
想う人の魂を呼び寄せました。漢の武帝もこの反魂草で亡くなった最愛の
妃、李夫人を呼び寄せました。“花筐”と云う能につくられています」
女性の後ろでジット聞いていたおじさん「きれいですネ。ハンゴンソウによく
似てますね。でもこれは“キオン”ではないですかね、きっとそうですよ」
高い鼻がトタンにぺしゃんこ。知ったかぶりはいけません!

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トモエシオガマ(巴塩釜) ハマウツボ科

不思議な名。同類の塩釜菊にあやかった名という。
巴は捻じれて咲くからで成程だが塩釜がさっぱり分からない。
図鑑の説明では「浜で美しい」が「葉まで美しい」にかけた名とあるが
何のことだか鈍い頭は働かない。
昔は釜で塩を焚いた。渦を巻いて沸騰する様子かナと勝手に解釈している。
昔も陸奥の塩釜は美景で知られ人々の憧れだった。
彼の芭蕉も「奥の細道」であまりの美景に“筆舌に尽くし難し”だったのか
句を詠まなかったそうだ。
塩釜の地名の由来は昔、製塩が盛んだったことによるという。
美景の塩釜の沸騰する塩釜が、きれいな花シオガマの名の由来だと嬉しい。

塩釜の浜辺に立ち昇る塩を焚く煙はこの上ない風趣だったのだろう。
平安前期、嵯峨天皇の皇子、融大臣は六条河原に塩釜の景色を造った。
大阪湾から船で汐を運ばせ塩を焚き立ち昇る煙に塩釜を偲んだ。
日毎に三千人の人夫を動員、塩を焚かせた桁外れの風流人だった。
その後、余りの規模の大きさに後を継ぐ人がなかった。

能「融」の前場で担桶(たご、木製の桶)を担いだ老人、融大臣の幽霊が
僧の前に現れ、六条河原に造った塩釜の浦での御遊の様子を語り、
その後を継ぐ人もなく荒れ果てた六条の塩釜の浦を嘆く。
壮大な規模故に嘆きも深い。その姿に観客もいつの間にか融大臣に同化、
嘆く身となって行く。
「秋の夜の長物語よしなや、まずいざや汐を汲まんとて」と
汀に行くと見て汐曇りに紛れ姿を消す。

僧は融大臣が再び現れるのを信じて待つ。
現れた融大臣はカッコいい大臣姿。カッコいい姿で御遊の舞を見せる。
浮きやかなリズムトと音律、洗練された舞が昔の大宮人の御遊を偲ばせ雅、優雅。
「この光陰に誘われて月の都に入り給うよそおい、名残惜しの面影や」
融大臣は清浄無垢の月の都の住人になっていたのだと思わせて留める。
月の都に赴く融大臣にあやかって、野辺の送りや追善に謡われる。

とおる3
「まず、いざや汐を汲まんとて」汐を汲む老人(融大臣の化身)

とおる1
月に思いを寄せる融大臣

能「融」の詳しい解説はこちらこちら


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08.25
Sun

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深大寺 令和元年8月16日写す以下同じ

深大寺は奈良時代創建の古刹。ダルマ市で知られている。
新宿から京王線とバスで、または中央線、吉祥寺か三鷹駅からバスで30分程。
深大寺ソバでも知られ門前に蕎麦屋が軒を連ね賑わう。
神代植物公園、水性植物園、農業高校実習園、深大寺が隣接、広大な自然が広がる。
うってつけの憩いの地。

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深大水性植物園

水性植物園は深大寺のすぐ近く。ダラダラ坂を十数分下りた所。
湿地を水性植物園にしたらしい。菖蒲園と小さな田んぼがありこの二か所だけ
手入れしてあり園の大部分がほったらかし状態。
植物園になる前の湿地に元々生えていたらしい水辺の植物が我が物顔で
蔓延っていて以前植えたらしい割と珍しい水性植物の生き残りがチラホラ。
人の手の入らない湿地に近いのが気に入って四季折々訪ねる。
入園料無料。カップルなど色々の人のお気に入りらしく結構な数の入園者。

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ミソハギ(溝萩、禊萩)ハギ科

今は花の端境期、期待無しに行ったので息を飲む程と云えば大げさだが
“やったー!”と叫びたくなった。
旧盆の頃に花盛り。昔は盆花にしたそうだ。今はお盆の花は花屋で買う。
ミソハギの受難は遥か昔の話だと云うかのように嬉々と咲いていた。
名前の由来がそのものピタリ。花の感じが萩に似ていて溝など水辺に咲くので溝萩。
又は水辺のミソハギを手折って水に入り幣の代わりにして穢れを払ったので禊萩だそうだ。昔は普通の人も禊をしたのだろう。

インドのガンジス川は聖なる河。インドの人々はこの河で沐浴するのが夢だそうだ。
人々の生活廃棄物をも運ぶのだろう河はどんよりと鈍色に流れるが人々は厭う心の
片鱗もなく嬉々と川入る。
日本人を代表して夢の沐浴をした。沐浴の人達の真似をして両手に水を掬い上げて
差し上げ“オーラ”と神に捧げ頭のてっぺんからかぶる、を十数回繰り返した。
一緒のツアーの人達は顔をしかめて近寄らなかった。
己一人ホテルに帰るバスの中でも気分爽快だった。

バリ島の人達も沐浴は日課。昔は男も女も老も若きも一緒に沐浴したそうだ。
インドネシア大統領の第三夫人になった日本人の女性が沐浴は男女別、女性の
沐浴場を道から見えない川の上流にした。
当時女性は上半身裸だった。夫人の命でブラジャーを着用が義務づけられた。
バリに移住した京都出身の人に聞いた話で真偽の程は自信がない。
バリの女性のブラジャーはファッションのように見えた。
形も色も色とりどりで華麗だった。

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コガマ(小蒲) ガマ科

小型のガマで形が面白い。まるでフランクフルトソーセージ。
数年前コップにさして机に飾った。
数日後、外出から帰ったら机一面に綿毛が散り敷いていた。
種が弾けたのだった。そんな事とは全く知らなかったのでビックリ仰天!
童謡の“大黒様の云う通り、きれいな水で身を洗い、ガマの穂綿にくるまれば、ウサギはもとの白ウサギ”の意味に頭を傾げ続けていた。フランクフルトの爆発で疑問氷解。

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ハス(蓮) スイレン科

残念ながらつぼみだった。開いたのは見つからなかった。
蓮は有難い花。仏様は蓮の花の台座に鎮座まします。
「蓮の葉の、濁りに染まぬ心もて、などかは露を玉と欺く」
僧正遍照の歌だそうだ。
白居易は楊貴妃の美貌を長恨歌で“太液の芙蓉の紅”と詠った。
能「楊貴妃」で謡われる。(芙蓉は蓮の古名、今の芙蓉は木芙蓉、太液は中国王朝の庭に池)
有難く聖なるの花なのに根っこの蓮根を浮世の人間がたべる。
蓮根は本当は根ではなく地下茎、仏様の台座の胴体を食べているのだ。
仏様を蹂躙しているのと同じことの様におもわれても仕方がない。
子供の頃、父親が“南無阿弥陀仏”と唱えて食べろと云った。
子供には変な味だったが極楽に行ける食べ物だと我慢して食べた。
父親の冗談を信じて。

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コウホネ(河骨) スイレン科

根っこ(地下茎)が白く白骨に似ているので河骨だという。
気味悪いが水面下の泥の中だから見えない。
尾瀬の池塘には、オゼコウホネが咲く。きれいで、夏が来れば思い出す♪水芭蕉
など比べ物にならない。

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オグルマ(小車) キク科

田んぼの畔や湿地に咲く花で何処にでもありそうだがそう多くはないらしい。
茶会や生け花に古くから使われた花だという。
オグルマの花を車の車輪に例えた。
昔から車は大事な必需品だった。
小野小町に言い寄った深草少将に小町は牛車(当時の乗用車)の車庫に100日
通えばオーケーしてもいいという。少将は風雪を厭わず通った。99日目の夜、
少将は頓死してしまった。
小町は車に通えと云った。車がいかに大事な物だったか窺い知られる。

恋の恨みは女性専用だと昔から思われてきたようだ。
今の世でも結婚式に花嫁は角隠しをする。
能「鉄輪」「葵上」の主人公は女性で恐ろしい形相。
角を生やし口は耳まで裂けた鬼になって現れる。
心変わりの男や恋敵を取り殺そうとするが僧や呪術師に祈り伏せられる。悲しさ億兆。
男の嫉妬は陰険。女をヤキモチの火種にならないよう家の中に奥深く隔離した。
まちがいがあったら有無を言わせず “成敗”映画などでよく見る。

横暴な男達と違い深草少将は優しい男だったに違いない。
隠忍を重ね小町の許に通い続けた。しかも裸足で。
「山城の木幡の里に馬はあれども、君を想えば徒跣」
馬に乗るな、裸足で歩けと小町が要求したのだろうか。
「さてその姿は、笠に蓑、身の憂世とや竹の杖、雪には、袖を打ち払う、
雨の夜は、鬼一口も恐ろしや、たまたま曇らぬ時だにも、身一人に降る涙の雨か」
笠を被り蓑を着、漆黒の闇や悪路には盲人並みに杖を突き、鬼の出現に怯えて。
当時の人は暗闇の夜の一人歩きは鬼に襲われると信じていた。
苦しさと恋しさで雨も降らないのに涙で濡れながら通った。
能「通小町」で少将の哀れな姿を無情にも容赦なくこう謡う。
少将の小町への想いははんぱではなかった。
「煩悩の犬となって、打たるるとも離れじ」

通小町
「あ~ら、暗の夜や、、、」闇夜の中、風に笠を吹き飛ばされ手探りで探す深草少将

能「通小町(かよいこまち)」の詳しい解説はこちら


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08.17
Sat

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大岳山々頂

大岳山は奥多摩の名峰といわれ二百名山、花の百名山とガイドブックにある。
御岳山から七代の滝_ロックガーデン_綾広の滝_大岳山_奥多摩駅、九時間半
歩いた。思い付きだったので家を出るのが遅かった。
大岳山下の小屋の手前で老婦人二人に出会った。一人は可成りの年配で足元が
覚束なく見えた。危険な岩峰に登るのだから若い時からの登山達者なのだろう。
鍛錬という魔物に脱帽!
奥多摩駅まで行くと云ったら大岳山から四時間半かかる、やめた方がいいという。
数十年前同じコースを歩いたことがあった。それほど遠かった記憶はなかった。
引き返すのも面倒と予定通りに歩く事にした。大岳山頂で既に三時だった。
とっくに下山を終えた時刻、ヤバイなと脳裏をかすめた。その後は語るも涕。
両足のマメが潰れバンドエイドを貼り替える度に顔をしかめる日々が続いた。

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ヤマホタルブクロ(山蛍袋)キキョウ科

山頂にひっそり咲いていた。平地のホタルブクロはとっくに終わり
“影も形も御座なく候”なのに置いてきぼりのようで寂しげだった。
子供達がチョウチン形の花に蛍を閉じ込めて遊んだというが蛍の時期も過ぎ、
危険なこの山に登る子供なんぞいる筈ない。寂しがっても詮無いよと慰めてやった。

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ソバナ(岨菜)キッキョウ科

俗世に縁のない山奥に咲く花にふさわしく清澄な花色。
アクがなく若芽から、かなり成長しても美味しい。
山に行くと山菜が気になる。山菜は食べ過ぎるとお腹をこわす。
自然育ちだから中身が濃いからだろう。人が栽培する野菜は畑で
過保護に育ち、成分が半減するから食べ過ぎても平気なのかも。
養殖の魚が不味いのと同じ理屈なのだろう。
野草の中には毒草がかなりある。たいがいは食べられそうにもない姿だし
食べてもお腹をこわす程度だが、中には美味そうに見えて命にかかわる猛毒草もある。
トリカブト、ドクゼリ、ハシリドコロ、など。珍しくはなく、よく目にする毒草。
猛毒と聞くと興味が湧き一度見たら目に焼き付くからすぐ覚えられる。

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ヤマアジサイ(山紫陽花)ユキノシタ科

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タマアジサイ(玉紫陽花)

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ヤハズアジサイ(矢筈紫陽花)

アジサイ三種。
沢沿いに咲いていた。場所によって形も色も色々だった。
垣根や公園などに植えている交配種を見慣れているので自然のものは珍しかった。

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カエル 

薄暗い山道に突如現れた。ギョ!動物が苦手には気味悪さ99、9%。
足早に通り過ぎようと思ったが、待てよ?カエルは替えの姿かも知れないゾ
何かを教えようと現れたのかも知れないぞと引き返えした。
近寄り顔を近づけても逃げない、ノドをグニャグニャと動かすだけ。
きっと何かを伝えているのかも知れない。感知する霊力ゼロの身が恨めしかった( ´艸`)
薄暗い山道、気味悪いカエル、存在感薄い一人の人間、大袈裟だが能「山姥」
を思い出した。

都の曲舞の名手“百魔山姥”と呼ばれた遊君は亡母の追善のため善光寺参りの途中、
北アルプスの麓の新潟県上路の深山で本物の山姥に出合った。
大岳山の山道のカエルとは比較にならない恐ろしい姿が語られる。
遊君は都で“山姥の曲舞”を謡い舞って名を上げていた。
本物の山姥は遊君に、都人にもて囃されるのは山姥の曲舞故であろう、
それなのに少しも心に掛けてくれないと恨み言を云い、私のために夜もすがら謡え、
再び現れて移り舞を舞うであろうと言い残し忽然と消え失せる。
舞など全くない前場だが深山の妖気がじわじわと襲い身震いまで出る。

遊君はあまりの恐ろしさに震えながら命じられたまま、山姥の曲舞を謡う。
「そもそも山姥は、生所も知らず宿もなく、ただ雲水を便りにて至らぬ山の奥もなし」
と謡うから山姥は山の精か山の妖気が凝り固まって形を得たものかも知れない、
本当にあった“事件”かも知れないぞと気味悪いカエルを見て実感した。
遊君の前に現れた山姥の姿が凄まじく恐ろしい。葉っぱを付けた杖を突いている。
そこいらに生えている木の枝をへし折って杖にしたのだ。霊力の象徴に見える。
山姥は仏教哲学を織り交ぜ山姥の存在について遊君が謡う“山姥の曲舞”を舞う。
こう語る者には内容が難解で半ばチンプンカンプン。浅学故だけではない、
精神文化の退化途上にある現代人の一人だからだと自らを慰めている。

山姥
「山また山、いずれの工か青巌の形を削りなせる」遊君の前に現れた山姥

能「山姥」の詳しい解説はこちら


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08.11
Sun
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御嶽神社楼門 令和元年8月1日写す以下同じ

御岳山は東京の西の奥、奥多摩にある山。山頂近くに御嶽神社がある。
新宿から中央線、青梅線で一時間半くらい。
思い付きで急きょ登った。そろそろレンゲショウマが咲く頃だと気が付いたので。

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レンゲショウマ(蓮華升麻) キンポウゲ科 

ビー玉のような丸いつぼみが開けて“おちょこ”のような花が開く。
ショウマと名の付く花は小さな花が集まって穂状に咲くのにこの花だけが、
例外でおちょこ型に咲く変わったお嬢様。
変わっているから珍らしがられるのだろうか。
御岳山に可成りの群落があり大々的にキャンペーン中だった。
自生は福島から奈良あたりまで、日本特産だそうだ。
今年は気候の変調の所為か開花が遅くあっちに一輪こっちに一輪といった具合だった。

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七代の滝

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タマガワホトトギス(玉川時鳥)ユリ科

御岳山頂から七代の滝まで急峻な山道を下りなければならない。
下りてまた登る、キツイな、しんどいナと思いつつ下りた。
瀧が目的ではなく滝の岩壁に咲くタマガワホトトギスを期待して。
予想通り咲いていた。ホトトギスには種類が多い。
昔、身分の高い女性を上臈と云った。上臈の名を貰った上品なホトトギスが数種ある。
神奈川県の丹沢の沢にサガミジョウロウホトトギスが咲くと読んだり聞いたりしていた。
一昨年の九月、滝が五つある本沢に登った。日の当たらない薄暗い岩壁に神秘の微笑みを湛えて咲くサガミジョウロウホトトギス様を拝みに。
二十年程前、沢登りのベテランと登ったことがあり経験済みだと浅はかにも単独行。
登る人が激減したそうで滝のルートは荒れ放題。危険な場所の鎖もザイルもお粗末。
恐ろしく上臈様どころではなかった。
恐怖に見落としたのかも知れないが拝顔の栄に浴することはできなかった。

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綾広の滝

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イワタバコ(岩煙草)イワタバコ科

先月中頃裏高尾では、まだつぼみが固かった。
綾広の滝に期待通りに咲いていた。
イワタバコの名は葉がタバコの葉に似ているからだそうだ。
花も葉も一風変わっていて気に入っているが、名が気に入らない。

三十数年前にタバコを止めた。煙草を吸っている人を見ると気持ちが複雑になる。
止める苦しみの記憶が脳の芯にこびりついているからだろう。
止めて数十年経った今でも道端に捨ててある空き箱を見てもドキリとする。
だがイワタバコは見つけてもドキリの質が違い心が躍りのドキリ。
瑞々しく美味しそうだが、猛烈に苦い。好きな人もいるらしい。
岩ジシャとも云いうくらいだから昔の人は食べたのだろう。胃の薬だという。
苦いものは何でも胃の薬だからと嫌味を云ってしまう。

昔は草や木、動物や鉱物を吟味して薬にした。漢方薬がそれだ。
水を薬にした奇特な少年がいた。
古代中国の王、周の穆王の侍童であった慈童は王の枕を誤って跨ぎ山奥に流された。
可哀想に思った穆王は枕に経文を書き慈童に持たせた。
山奥で慈童は穆王の経文を菊の葉に書きつけ、葉に置いた露の滴りを飲んで七百年の
齢を保った。長寿は昔から人間最大の望み。七百年を経ても少年であった慈童を描いた
能「枕慈童」は観る人の羨望と己にも訪れるかも知れない長寿の期待を抱かせ
誰もが抱く苦しみ悲しみなど吹っ飛ばし楽しませる。

慈童が流されたと云うテッ県山の麓に薬の水が涌くという。
真偽を確かめよとの宣旨を受けた臣下がテッ県山に分け入る。
髪ぼうぼうの少年を見つけた臣下「虎や狼、狐の住む所に人間など居る筈がない、
前はもしかして化け物か?」
慈童「このような所に来る貴方こそ化け物でしょう」と応じ穆王の枕を見せる。
臣下は魏の文帝の臣下で慈童は周の世の人、その間七百年が過ぎていた。
七百歳の少年に臣下はビックリ。
以上の前置きが淡々と清々しく語られ羨望感がじわじわと湧く。

慈童は楽しげに「楽」を舞い、続いて菊の葉から滴り落ちる酒に酔い己の幸せを舞う。
舞台の正面先に菊を挿した一畳台は花畑に、蓬髪の少年は中国の扇、団扇で舞い、
異国情緒がただよう。深山の奥で繰り広げられる神秘の世界を満喫、エンタメ至上の曲。

枕児童・修01
「七百年を保ちぬるも、この御枕の故なれば」と穆王拝領の枕を奉げ持つ慈童

能「枕慈童」の詳しい解説はこちら

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08.03
Sat

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スカシユリ(透百合)ユリ科 茨城産 令和元年6月29日写す

イワトユリの別名があるそうだ。隣の花びらとの間に隙間があり
天の岩戸になぞらえた名かもしれない。

天の岩戸の神話は誰でも知っていると思う。
弟、素戔嗚尊の御乱行に怒った天照大御神が天岩戸に入った。
世の中は真っ暗になった。天照大御神は太陽神だったから。
天照大御神をおびき出そうと神々が集まり芸能大会を開き大はしゃぎをした。
天鈿女命があられもない姿で踊った。
大騒ぎに天照大御神が岩戸を細目に開け外を覗いたた。
待ってましたとばかり天手力男命が強力にまかせ岩戸を引き開けた。
世の中は再び明るくなった。
スカシユリの花びらの隙間のような天岩戸の隙間からサッと差し出た
光はスカシユリのような鮮やかな光だったのではないだろうか。

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ネジバナ(捩花)ラン科 東京産  令和元年6月27日うつす

ノウゼンカズラを鉢植えにした。塀の柵にぶら下げたまま7,8年経つが
いっこうに咲かない。咲くわけないよと隣のおじさん。
同じ鉢にこのところネジバナが毎年咲く。どこから来たのか首を傾げるばかり。
咲かないノウゼンカズラは流刑の運命と慮ったネジバナが気の毒がって
代わりに咲いたのだろう。
ねじ曲がって咲くが心は真っすぐ、抜群に優しいのだろう。

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ゲッカビジン(月下美人)サボテンか科 武蔵野市友人から貰う
令和元年6月29日写す

夕闇の中、突然咲く。透き通る純白の花に一瞬息を呑む。
名付け親は昔の台湾総督。昭和天皇が皇太子の頃、台湾を訪れた。
見慣れない美しい花に目を止め総督に名を訊ねた。
畑違いの総督が名など知る訳がない、が知らないとは言えない。
ぐっと唾をのみ込み咄嗟に「月下美人」と答えた。
日本語の名があったのか無かったのか知らないが以来、本名になった。
その時の状況と云い花の姿からもぴったしのネーミングに異を唱える人は
無かったのだろう。畑違いの総督の金メダルですネ!

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コダマスイカ(小玉西瓜)ウリ科 武蔵野市の花屋で苗を求む 令和元年6月27日写す

2、3年前、小玉西瓜の苗を貰った。西瓜は地に這わせるのが常識。
ネズミの額では無理。苦肉の策で支柱に絡ませて実を網袋に入れてぶら下げた。
通る人毎に口に手を当てクスクス。笑いは健康の元、今年も笑わせてやろうと
植えたが誰も見向きもしない。柳の下のドジョウでした。
何事も度重なればロクなことにならない。
昔、伊勢湾の阿漕浦(あこぎうら)は伊勢神宮にお供えする魚を獲るため禁猟区だった。
阿漕という男が夜な夜な忍び込み魚を獲った。初めは誰も気が付かなかったが
度重なるうちにバレて簀巻きにされ沖に沈められ殺された。
我が家のスイカも一回で止めて置くべきでした。

能「阿漕(あこぎ)」は度重なった故の悲劇を作った能。
阿漕は下賤の漁師、生活のため死を恐れながらも禁猟区に忍び込み魚を獲る。
魚を獲るという快感もあった。
阿漕は僧に阿漕が浦の謂れに就いて語る。阿漕の懺悔が痛ましい。
俄かに突風が吹き荒波が襲い阿漕は叫び声を残し消えうせる。
鳥肌の立つ型の連続で前場締めくくる。

僧の弔いに阿漕の霊が四手網を担いで現れ網に魚を追い込む様を見せる。
「イロエ」と云い息詰まる場面。
俄かに波は火炎となり地獄に早変わりする。
生きる為には殺生戒を犯し地獄を恐れながらも漁をせざるを得ない下賤の人を描いた秀作。

阿漕
禁猟区の浦に網を引く阿漕

能「阿漕(あこぎ)」の詳しい解説はこちら
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