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09.28
Sat
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美ヶ原高原 令和元年9月5日写す。以下同じ

美ヶ原高原は松本市の東にある高原。
名に釣られてか度々訪れる。四季折々の花がきれい。
広々とした草原の牧場に牛がのんびりと草を食んでいる。
牧場の反対側に土産物屋、レストラン、美術館、遊園地などがあるが
これらは東京にだってある。入る気になれない。
やはり牛と一緒の美味い空気を吸いオニギリを食べ、きれいな花を探したい。

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ウメバチソウ(梅鉢草) ユキノシタ科

見晴らしのいい草原に咲いていた。水気を好む花だと聞いていた。
辺りを見回し数回首を傾げた。水などなさそうな草原だった。
ここは高原、霧もかかれば雨も降る余計な心配だろうと独り合点。
真っ白で草丈にしては大ぶりな花が目を引く。
家紋の“梅鉢”からの命名だという。
梅鉢草は江戸初期の書物にも登場するそうだ。日本人好みの花。

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ハナイカリ(花碇)リンドウ科

全草薄緑、少し黄色がかった花、よほど気を付けて見ないと
花だかどうだかわからない。少し大げさかもしれないが。
神様がお茶目に作ったのかも知れない。
花が錨の形、名付けて妙。野草好きには応えられない花の一つ。

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マツムシソウ(松虫草)スイカズラ科

透き通るような薄紫の花びら。花の姿が魅力的で胸飾りにしたいと
思うのは女性だけではないと思う。
マツムシソウの名の由来は色々あるようだ。
花弁が松虫の羽根に似ているからの説。
これに反論、松虫が鳴くような草むらに咲くからという学者の説を読み
思わず噴き出したことがあった。一休さんの上をいくナ~と。
坊さんが読経の時に叩く松虫鉦に花が散った坊主頭に似ているから
の説には成程と頷く。松虫鉦はチンチロリンと鳴る。
だがやはり松虫の羽根説がいいナ。
松虫の鳴く音を聞いていると、物悲しく色々あったナ~と在りし日が
思い出される。貴方も思い当たる節がありますよね?とはヤボ。

寂しくもの悲しい情景描写には松虫の鳴く音が断トツに相応しい。
能「野宮(ののみや)」で六条御息所は、昔を偲んで“露、打ち払い訪われし我もその人も、
ただ夢の世と経りゆく跡なるに、ただ松虫はりんりんとして風茫々たる野宮の
よすがら”と謡う。

能「野宮」は源氏物語「賢木の巻」の物語。
無意識のうちに彷徨い出た御息所の生霊は恋敵の光源氏の正妻、葵上を襲い取り殺す。
しだいに気付くとこととなった御息所は煩悶の末、源氏との恋を諦め精進潔斎の
娘宮に付き添い野宮に籠る。
長月(旧暦、九月)七日、光源氏が野宮に御息所を訪ねる。
光源氏は優しい男なのだ。御息所への愛は去ったが御息所の心中を思いやり訪ねる。
当時は都の外れの超田舎、遥々貴公子、光源氏は訪れたのだ。
死後も御息所の霊は長月七日の日、あの世からこの世の野宮に甦り源氏を偲ぶ。
御息所の生来の強い気性、元皇太子妃としての自尊心、諦めても猶付きまとう
源氏への恋慕が絡み合いこの能「野宮」は語られる。

野宮を訪れた僧に「行方も知らぬ御事なるが来たり給うは憚りありとくとく帰り給え」
“何処の誰とも分からぬ人が来るのは憚りだ帰れ”
御息所の激しい気性を見せる。
クセでは源氏との出会い、源氏との恋を諦め娘宮に付き添い伊勢神宮に
下った経緯が源氏物語「賢木の巻」の文章を採り入れた美文で語られる。
前場はしっとりと御息所の心情が語られるが後場はガラリと変わり
御息所の狂気の様をも見せ語られる。在りし日の高貴な姿で現れた
御息所は“車争い”の恥辱を語り妄執となったと僧に助けを乞うが、
心を鎮め長月七日を回想して舞う舞が哀れを誘う。
再び気は嵩じてあの世とこの世を行き来する自分を伊勢の神は
許さないだろうと哀れを舞い、留める。
「火宅の門を出でぬらん」留めの詞章が過酷に迫る。

野宮
「伊勢の内外の鳥居に、出で入る姿は生死の道を、神は受けずや思うらんと」
生死の道に迷う苦しみを見せる御息所

能「野宮」の詳しい解説はこちら


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09.21
Sat

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八島ケ原湿原 令和元年9月5日写す。以下同じ

長野県のほぼ中央、霧ケ峰高原にある湿地。
車なら中央高速、諏訪から約一時間くらい。ほぼ毎年、花を見に行く。
春夏秋(冬?)、折々の花が咲く。
冬は雪や氷の花が咲くだろうが行ったことがない。

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アザミの歌、歌碑
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アザミ(薊)

18才で戦場から復員、八島ケ原湿原の薊に恋人を偲んで作った詩だという。
二次大戦の終戦後、間もなくNHK ラジオ歌謡で歌われたそうだ。
戦後、絶望に荒んだ人々の心に染み入ったのだろう永く歌われた。
二次大戦で国は焦土とり、恐ろしい原爆で息の根を止められた。
人々を絶望の淵から奮い立たせるかのように歌や小説が作られた。
復興は驚異的だった。
住家を焼かれ、原爆を落とされ、数知れぬ命を奪われても、
事実は語るが戦勝国に恨みを言う人は少ない。

その戦争の記憶も遥か彼方だが不思議にも損害賠償を要求する国がある。
国家間で解決済の案件だと云う。政権が変わる度に国家間の条約であっても
反故にする国らしい。
日本の国民は過去とはきっぱりと縁を切り将来を見つめ己の力で再建に奮起した。
伝統の精神文化が支えた。
百年前に近い問題を引きずる國、日本への恨み引きずる國、
先進国入りは覚束ないかもしれない。

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コオニユリ(小鬼百合)ユリ科

鹿よけの金網の向うに咲いていた。シカは仕方ない奴だ。
きれいな花でもお構いなく食べてしまう。猟師がいなくなったので鹿や猪は蔓延り
貴重な花でも分別なく食べ、悪行の限りを尽くす。人はせいぜい防御の網を張る程度。

きれいな花なのに鬼の百合とは変。
今時、鬼がいるなどと信じる人はいないと思うが郷土芸能など鬼の芸は今でも盛ん。
昔は鬼は実在と信じていたのだろう、詩歌、物語に登場する。
鬼の成り立ちは色々らしい。能の「葵上」は嫉妬が嵩じて鬼になった。
鬼になったのは高貴な女性、皇太子妃であった六条御息所。
皇太子の死後、光源氏に愛される。
源氏の正妻、葵上に恥辱を受け嫉妬も重なり鬼となって葵上を襲う。
高貴な女性が下賤な女の所業である嫉妬の上の後妻打ちなど、はしたない所業と
抑えに抑えるが睡眠のうちに魂は生霊となり身体から抜け出し度々葵上を襲う。
生霊の面は眼球が金の泥眼、恨みの眼が恐ろしい。
生霊となった所以をとくとくと語り恨みの恐ろしい眼が深い悲しみの眼となる。

鬼の百合とは失礼なとコオニユリたちは云うだろう。
同感、名付けた謂れは聞きたくもない。
小鬼百合は小さい鬼百合の意、根は小さいが鬼百合の根は大きく美味いそうだ。

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シモツケソウ(下野草)バラ科

ピンクの色合いが鮮やかで華やか。
群生の前でワアきれいと叫びスマホでパチリ、の光景を何度も目撃した。
小さな木のようだが草本だそうだ。下野、栃木県に多いからシモツケ草
だと云う。栃木県の山を代表する那須岳、男体山では見た記憶がない。

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サラシナショウマ(更科升麻)キンポウゲ科

茹でて水に晒して食べるので付いた名だそうだがホントかな?
よほどの食いしん坊が名付け親なのだろうか、
よほどアクが強いのだろうか、などと勘ぐってしまう。
花は白狐の尻尾、白い狐が日本にいるかどうか知らないが。
群生を見ていると白狐の乱舞の様。風が吹けば猶更。

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フシグロセンノウ(節黒仙翁)ナデシコ科

他の花には見られないような独特の色合いが目を引く。
登山道の藪などで出会うと嬉しくなる。
古名を逢坂草と云うそうだから昔から親しまれた花だったのだろうか。
逢坂山に多いから逢坂草というと古い図鑑にあった。
逢坂山に沢山咲いているかどうか行った事がないので知らない。

逢坂山は京都の東にある山で昔、関所があり交通の要衝だったそうだ。
「これやこの行くも帰るも別れては知るも知らぬも逢坂の関」
百人一首にある盲目の歌人、蝉丸の歌だそうだ。
都に程近いこの山で去る人、帰る人、知っている人、知らない人を
盲目の心の眼で見送り迎えたのだろう。
蝉丸は琵琶の達人で逢坂山に住み、行き来の人に琵琶を聞かせ生業に
していたという。
蝉丸の身の上については色々な言い伝えがあるらしい。
能「蝉丸」では醍醐天皇の皇子とする。能「蝉丸」は盲目の蝉丸と
狂人の姉宮、逆髪姉弟の悲惨な姿を描く。

「蝉丸」前半では勅命によって逢坂山に捨てられる蝉丸を描く。
廷臣、清貫が我が君は中国の聖王、堯、舜以来の聖君でありながら
我が子を山野に捨てさせるとはと嘆く。
盲目の身となったのは前世の悪行の所為である。
その償いのため山野に捨て後世を救うための計らいであり、
親としての深い慈悲であるのだと蝉丸。
蝉丸の諦観が清らかに描かれる。
蝉丸はツレだが皇子の品格でシテの位で演ぜられる。

シテは蝉丸の姉宮である逆髪。髪が逆立つ様に生えていて、
諸国を彷徨う生来の狂人として描かれる。
花の都を彷徨い出で、蝉丸の住む逢坂山に差し掛かる。
旅の描写は道行と云い、旅の途次の数々の名所が軽快な謡に
のって語られ舞われ刻々と移り変わる景色が目の辺りに浮かぶ。
蝉丸が奏でる琵琶の音に引かれ二人は再会する。
蝉丸の悲惨な生活を思いやる「クセ」がしっとりと舞われ涙を誘う。
多様な場面で構成され、演劇性に富んだ能。

蝉丸
「驚き藁屋の戸を開くれば」月の光も雨も漏る藁屋で再会する逆髪、蝉丸姉弟。

能「蝉丸」の詳しい解説はこちらこちら

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09.14
Sat
野川公園はJR武蔵境駅から西部是政線で10分程、新小金井駅から
徒歩10分の都立公園。東の端に清流、野川が流れている。
昔、キリスト教大学のゴルフ場だったとか。
知る人ぞ知る憩いの場、訪れる人は近辺の人達だったがこの頃
遠くからのお客もボチボチ増えてきた。
自然観察園と呼ぶのがあり珍しい花は少ないが気晴らしにちょくちょく見に行く。
入園料無料

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野川(のがわ) 令和元年8月29日写す。以下同じ

親子が網で獲物を夢中で追いかけまわしていた。戦果はバケツの中。
覗いたら小魚とザリガニが数匹泳いでいた。
小川には数種の水鳥がいて水草を食べ、小魚を漁っている。釣り人も出没する。

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ヒオウギ(檜扇)アヤメ科

鮮やかなオレンジ色に黒っぽい斑点。なんでわざわざ斑点?
この世の物は全て神様の作品、人智では計れない、下世話にはアバタもエクボ、
などと云いたくなる花。よくよく見ると斑点がオレンジ色を浮き立たせている。

扇は竹の骨に紙や布を貼ったものだが昔の扇はヒノキを薄く削った板だった。
ヒオウギの葉が似ているので付けた名だそうだ。
昔はヌバタマとも言ったという。ヌバタマは闇の枕詞。花びらの黒点を闇夜の星に
見立てたのかも知れない。驚く感性。昔は多くの事象が解明されていなかった。
人々は余計な知識を持たなかったその分、鋭い感受性を持っていたのだろうか。

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ガガイモ(蘿藦)ガガイモ科

畑の縁やヤブに蔓を伸ばし毛の生えた可笑しな、不思議な花を咲かせる。
可笑しな不思議な花といったら神様の罰があたるかも知れない。
人智では計れない、ガガイモには不可欠な物を神は与えたのかも知れない。
若芽は摘むと牛乳のような汁が出て気持ち悪いが茹でて美味しい。
根も食べられるそうだ。

実は変わった舟形。少彦名(すくなひこ)の神が乗ってやって来たそうだ。
少彦名は小さい神様だったそうだがそれにしてもガガイモの船で荒波航海は
常識的に無理、転覆は必定。
神話はあり得ない物語で人の心を膨らませ何かを暗示している、などと
ヘンチョコな説でガガイモの実を弁護したくなる。

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ワルナスビ(悪茄子) ナス科

野川公園、隣の武蔵野公園に蔓延っている。北アメリカ原産だそうだ。
きれいな花なのに悪ナスビの名は可哀そう。
外来のもので、蔓延る植物は目の敵にされる。
仕方ないが他の外来の植物の様に在来の植物を駆逐して蔓延るという
程でもない。外来種というだけでついつい色眼鏡で見てしまう。

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センニンソウ(仙人草) キンポウゲ科

草や木に遠慮会釈なく絡みつく無礼な奴。真っ白な花を豪華に咲かせるから
マ、許せる。実も凝った細工。白い綿毛が実を覆っている。仙人の髭の様、
が名の由来だという。

懇意にしていた“花爺”と自称していた人がいた。
ボロ車に乗せて秋川から奥多摩あたりの野草の花を見るドライブをした。
センニンソウを見つけて庭に植えたいという。
珍しくも花なのでエッ、と驚いたが無断で頂いて庭に植えてあげた。
翌年、豪華な純白の花を咲かせた。
“花爺”の満面の笑顔、得意顔が忘れられない。
右に釣り竿、左に鯛を抱かせてスマホでパチリと撮っておけばよかったと。

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ゲンノショウコ(現の証拠)フウロソウ科

オヤ?と。花は小さいが鮮やかな赤がきれいだったから。
東日本のゲンノショウコの花は色が薄くボケた薄紫の筋がある。
あまりきれいではないゲンノショウコの花を見慣れていた。
西日本の花は赤いという。見たことがなかったのでビックリ。
誰かが植えたという様子ではなかった。
ゲンノショウコはお腹の妙薬。飲んだ途端、薬効が現れる。故に“現の証拠”

田舎のおばあちゃんは医者嫌いだった。ゲンノショウコ、ドクダミ、ネズミモチ
など民間薬の薬草を常用していた。
“だから健康で若々しいンだ”と云い聞かせられた。
婆ちゃん子だったので薬草を折に触れ飲まされた。
おばあちゃんは若いころ“今小町”と近所の人にお世辞を言われたとか。
小町とは小野小町、平安初期の歌人、才女。
おばあちゃんは若いころ美人だったらしい。
爺ちゃんは醜男と云うのは可哀そうだが小男で風采の上がらない人。
なんでこの爺さんが美人を?と疑いたくなるが、神様のご配慮、神様は公平なのだ。
おばあちゃんは美人でちやほやされたせいか鼻っ柱が強かった。
本物の小野小町もそうだったと言い伝えられているという。

小野の小町は不世出の超美人。美人故のヤッカミか、ひどい伝説が多いらしい。
能の「卒塔婆小町」は何と百歳に一歳欠ける乞食の婆さん小町。
老いという外観的な“醜”を見せながら九十九歳の生涯で磨いた
老いの“美”を見せる能とでも云いたい能。

婆さん小町は杖に縋りよろよろと登場、朽ち果てた卒塔婆に腰かける。
通りかかった高野山の坊さん、仏体を刻んだ卒塔婆に腰かけるとは
とんでもない婆さんだと立ち退かせようとする。
高野山の高僧と乞食婆さん小町の仏説論争が白熱する。
高度な仏教哲学の理解は難しく仕方ないが雰囲気の風圧が痛快に迫る。
いきなり深草の少将の霊が憑く。老女の姿のまま深草の少将に変身する。
唖然とする演出、底気味悪さが身震いを誘う。
装束を改め舞う“百夜通い”の見せ場が圧巻。

卒塔婆問答は形骸化した仏教への批判にも思え、考えさせられる。

通小町2
「胸、苦しやと悲しみて、一夜を待たで死したりし、深草の少将の怨念が憑き添いて」
深草の少将が憑き「百夜通い」の少将の苦しみを見せる小町。2025年6月所演

能「卒塔婆小町」の詳しい解説はこちら

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09.08
Sun
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五合目のにぎわい。令和元年8月26日写す。以下同じ

やはり世界の富士山。外国語が飛び交う。日本語らしい言葉が聞こえて来ると
耳をそばだてて確認、同胞もいたとホッとする。
外国人登山者の過半数を占めたという話題の隣国の会話がほとんど聞こえなかった。

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ミヤマシャジン?(深山沙参)キキョウ科 又はヒメシャジン(姫沙参)?

初めて見たような気がする。ツリガネ人参、ソバナに似ているが葉っぱや花が違っていた。
分からない花の名を教えてもらっている都立野川公園、自然観察センターの
係の人に写真を持参して教えてもらった。
写真が不鮮明で確かとは言えないがミヤマシャジンかヒメシャジンではないか
とのことだった。花の形はふくよかで花色もみずみずしくきれいだった。
葉は三枚の輪生。

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キンレイカ(金鈴花) スイカズラ科

厚めの花弁が外側に少し反り返り幼な子の唇の様。可愛い花。
金の鈴も名付けて妙。富士山の懐に咲き、“月見草”よりも似合う?

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アキノキリンソウ(秋麒麟草)キク科

この花を見るともう秋が近いのかとチョットしんみり。
黄金色の小花がこんもり、泡立ち草の別名もあるとか。
アメリカ渡来の悪名高いセイタカアワダチソウも同種だそうだ。
この花もきれいな花。有無を言わせず他の植物を追い出して蔓延るので
嫌われる。 “やり過ぎ”には気を付けないとネと考えさせられる。

麒麟は想像上の霊獣、麒麟とどういう関わりの名か学者も分からないらしい。
黄金色の花が泡のように盛り上がって咲き、さながら霊獣麒麟が駆けている
姿に似ていて、ビールの泡にも似ているから麒麟草、としたら例のビール会社が
喜ぶだろうナと冗談一席。

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ヤハズヒゴタイ(矢筈平江帯)キク科

高原の草地でよく見かけるような気がする。確たる印象がない花。
目立つ花ではないが面白い形。“私だって花ですよ”
と細々自己アピールしているよう。
能「西行桜」で“心なき草木も花実の折は忘れめや」と謡うが実は心がある。
詫び住まいの西行法師の庵の桜の盛りに、花見客が押し寄せた。
うるさいと西行さん、腹立ちまぎれに一首を詠む。
“花見にと、群れつつ人の来るのみぞ、あたら桜の科には有りける”
桜の精が風雅な老人姿で現れ“桜の罪とは心外”と西行さんに文句を言う。

野や山の花には息を呑む程豪華な花も咲き、エッ、これ花?という地味な花も咲く。
花はそれぞれ大なり小なり自己アピールの手段に見える。
ヤハズヒゴタイの地味な花を見ていて、父に友人がしみじみ述懐した言葉を思い出す。
“戦前、自分は全体の中の自分と散々叩き込まれた。戦後になったら、自分があって
全体があるという風潮となった。気の弱い自分はコロッと変われない、悲しいネ”
とうに亡くなったが、生きていたら今の世を見て、悲しい位では済まないだろうナと。

矢筈は矢の部品で知っていたが平江帯が分らない。当て字なのだろうか。

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五合目の土産物屋前から七合目の小屋の前まで往復するそうだ。
下りの馬、数頭に出会った。“撮っていいですか?”にニッコリVサイン。
馬や牛は少々ノンビリだが超省エネ交通機関。
昔は乗り物、運搬手段は馬車,牛車だった。
エンジンの馬牛はやそこいらに生えている草を食べさせればOK! 超省エネ!
昔は馬や牛の飼料に自然に生えている草を刈った。昔の貴重な草は今は雑草。
環境保全で苦労して刈り取り捨てる。
石油は温暖化の問題を抱え更に枯渇も近い。核燃料の完全制御は難しくオッカナイ。
そのうち牛馬の時代が来てノンビリ世界になるかも知れない、などとたわけた冗談。

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馬糞(まぐそ)

道の真ん中に鎮座していた。数人の親子が不思議そうな顔を並べて覗いていた。
“馬のウンチですよ”と云ったら“キャッ”と奇声を発して飛びのいた。
排泄物は汚い物の象徴。世の中は、ばい菌ウヨウヨだと色々の消毒薬が出回り、
宣伝でなんでもかんでも汚い、危険だと云う。ついつい信じてしまう。
馬の飼料は稲科の植物が多い。完全消化されないで繊維がそのまま残る。
異臭は薄い。モンゴルの遊牧民の人達は乾燥したものを燃料にするそうだ、と口まで
出かかったが信じる訳ないと飲み込んだ。

“コッコッコ、ニワトリさん、お前は糞して尻りゃ拭かん、それでも卵は美味しいナ♪
子供の頃の友達の作詞。鳩ぽっぽの節で歌った。先生が聞いて大目玉。
以来校内で大流行となった。野口雨情賞なるものがあったら受賞間違いなし。
副賞は当時は貴重だったアメ玉だっただろう。

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イタドリ(虎杖) タデ科

種類が違うのかな?と思うくらい鮮やかな紅色だった。
虎の杖?どうして?と思うかも知れない。
田舎育ちで昭和生まれの人は知っている。子供の頃食べた。
太い茎が竹の子のように、にゅ~と伸び、茎の模様が虎の毛皮。
折るとポ~ンと小気味よい音がする。
知恵が付いた今はヌカ漬けで食べる。なかなかの珍味。

イタドリを虎の杖とは少々大袈裟。虎は動物園だけで昔から日本にはいない動物。
だが馴染み深い動物。
虎の皮の敷物は権威の象徴だったし、加藤清正は朝鮮の山奥で槍一本で虎狩りをして勇名を馳せた。
日本にはいない虎が身近で恐ろしい猛獣の象徴として言葉の綾などに使われた。

虎口を脱するという言葉がある。
能「安宅」では兄、頼朝に追われた源義経が奥州、藤原氏を頼り山伏に変装して
逃げる。途中、安宅関で見咎められるが弁慶の機転で難を逃れる。
まさに虎口を逃れたのだった。
「虎の尾を踏み毒蛇の口を逃れたる心地して」と謡われる。
弁慶の機転二つがこの能の聞きどころ見所。
先ず「勧進帳(かんじんちょう)」と呼ばれる“読み物”の場。

義経主従は東大寺再建のための山伏に変装、義経は荷物運びの少年下僕の強力に。
安宅関を通過しよとした。
関守の冨樫に怪しまれ、本物の勧進の山伏ならば勧進帳(寄進の趣旨を書いた巻物)
を読めと云う。
弁慶、迷うことなく笈の中から全く無関係の巻物を取り出し即興で偽勧進帳を読む。
迫力満点のシーン。内容の理解はさておいて、思わず身を乗り出して聞き入る。
一難去ってまた一難。今度は下僕姿の義経が疑われる。
強力姿だが持ち前の“上品さ”は隠せない。
弁慶の機転が益々冴える。
「判官殿(義経)に似たる強力めは一期の思い出よな~。腹立ちや日高くは能登の國まで指そうずると思いつるに、僅かの笈負うて後に下がればこそ人も怪しむれ、総じてこのほど憎し憎しと思いつるに、いで物見せん」
弁慶は手加減もなく金剛杖を振り上げ散々に義経を打ち据える。
手加減するとバレルからだ。
同行の山伏姿の義経家臣達もいきりたち、刀に手を掛け冨樫に迫る。
恐れをなした冨樫、関所を通す。
虎口を脱したが「たとい如何なる方便なりとも正しく主君の打つ杖の、天罰に当たらぬ事やあるべき」弁慶の嘆きが痛ましい。
重量感たっぷりの大作。

安宅
勧進帳を読む弁慶、疑い覗き込む関守冨樫、割って入る義経家臣

能「安宅」の詳しい解説はこちらこちら


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