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11.30
Sat
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車山(くるまやま)とビーナスライン
令和1年11月9日写す。以下同じ

蓼科高原は長野県の南側、山梨との県境に近い高原。中央高速、諏訪から一時間程。
なだらかな草原のような山の尾根のような形が白樺湖まで延々と続く。
木は多くは生えていない。一番高い処が車山。
高原の中腹をビーナスラインと呼ぶ道路が走る。
亜高山の花や、車山には高山の花も咲く。
高原の何処からでも眺望抜群、気分抜群、鳥になったような気分、
寿命が延びるような気分。

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マユミ(真弓) ニシキギ科

実を包んだピンクの皮が割れ赤い実が顔を出す、花のようにきれい。
初夏に咲く花は地味できれいとは云い難いが。昔、弓を作ったという。
「梓弓、真弓槻弓年を経て、わがせしがごとうるはしみせよ」
平安前期の人、紀有常の娘の歌とするそうだ。
槻は月に通じ月、年となり“年”の序としたという。
弓は殺生の道具だが、身近な物だったのだろう。
梓も真弓も槻(つき、ケヤキ)も弓の材料だったという。
能「井筒」で「真弓槻弓、年を経て、今は亡き世に業平の形見の直衣身に触れて」と
紀有常の娘が夫、在原業平の形見の直衣を抱きしめる型をみせ、おおかたの胸を締め付ける。
「井筒」は在原業平と紀有常の娘との愛の物語。三番目物随一の名曲という人もいる。

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オヤマボクチ(雄山火口)花の枯れ残り キク科

オヤマボクチの花は花というより玩具のようで愛嬌のある花だが寒風に
晒され、かくの如き無惨な有様だった。
愛嬌ある花だが末路は汚ないナと現代人は云うだろう。
平安人は枯れ残りの汚いオヤマボクチであっても人の世の真実を見る。
能「野宮」で六条御息所は云う。
「花に馴れ来し野の宮の秋より後は如何がらん」
華やかな生活に馴れた身だったが、落ちぶれた今後はどうなるのだろう、
と云う意味だそうだ。
更に「心の色は自ずから千草の色にあらわれて衰ふる身の習いかや」と続ける。
平安の人々は我が身の有様を、自然の風物、現象の中に見、聞いた。

六条御息所は元皇太子妃という高貴な女性だった。光源氏の愛を繋ぎとめる
ために下賤の女の所業にも及んだ。しかしその所業が徒となった。
能「野宮」は源氏との愛を諦める心の経緯を作った名作。
源氏物語には“可哀そう”を超えた、悲惨な女性が描かれてる。
能にも数曲作られた。

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ツルウメモドキ(蔓梅擬) ニシキギ科

薄黄色のサヤがぱくりと三つに割れ真っ赤な実が顔を出す。
たいていの人が山の土産に欲しがる。
かなり古い話だが、山の土産に持ち帰った。
種がこぼれたのだろうネズミの額に芽を出した。
きれいな実を見せてくれるだろうと楽しみだった。

福島産の自慢のレンゲツツジに絡みつきアッという間に屋根まで這い登った。
突然レンゲツツジが枯れた。掘り出してみるとツルウメモドキの根がガンジガラメ
にレンゲツツジの根に巻き付いていた。根はレンゲツツジだけではなかった。
ネズミの額の庭いっぱいに果は床下まで侵入していた。怒り心頭!「綺麗な顔をしやがってこの暴虐」
迷わずノコギリの刑に処した。

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カラマツ(唐松、落葉松)の黄葉 マツ科

カラマツは東京より東のやや高い山に生える木だという。
少年の頃、北原白秋の唐松の詩を教わった。
常緑の黒松を見慣れていたので秋に葉が散る松と詩にあるのでロマンチックだナ~と憧れだった。
「からまつの林を過ぎて、からまつをしみじみと見き。からまつはさびしかりけり。
たびゆくはさびしかりけり」

松は日本人にとって最も大事な木。
縁起物としてだけではなく詩歌にも歌われる心の木。

能「高野物狂」でシテ高師四朗は主君の遺児を求めて高野山に辿り着き
霊場、高野山の景色をこう謡う。
「さればにや、真如平等の松風は、八葉の峯を静かに吹渡り」
高野山の松を吹く風はやはり唐松を吹く風が似合う。
高野山の風に吹かれてハラハラと散る唐松、その景色、世の中の色々を写している
ように見えて心に染み入るだろうナ~。
だが残念ながら高野山には唐松はない。常緑の黒松か赤松。葉は散らない。

物狂いの能は女のシテのものが定番。男のシテの狂い物に「高野物狂」がある、
異色作と云っていいと思う。
芸の面白さを主眼にした“女物狂”に対し、人の心の誠を描いた作品。
高師四朗が主君の墓前に額づき経を読むところから始まり人の心の奥底に誘い込む。
主君とは何か、現代人の主君は多く会社の上司、誠の心の繋がりがあるだろうか。
墓前に額づく高師四朗の許に主君の子息の書置きが届く。
「一子、出家すれば七世の父母成仏と聞くなれば修行の道に趣くなり」とあった。
四朗「三世の道に末あらば何國までも御供になどや連れさせ給わぬぞ」と後を追う。
旅の様子を舞う「道行」は女物狂は舞が華やかで秀作が多い。
「高野物狂」の道行は一味違う。
「ここは何國、高野山に来てみれば、とふとやな。あるいは念仏称名の声々、或いは
 ふ鐘鈴の音、耳に染み物狂いも狂ひさむる心の」としんみりと舞う。
クセもまたしんみり。
高野山の趣を「深山烏の声さびて、飛花落葉の嵐風まで無常観念の粧ひ」と謡う。
自然界の現象を人の心によそえる。

{高野物狂}は仏教思想と儒教思想の主従関係を語る能。仏教も儒教も外来の思想。
日本人は外来のものを疑いもなく受け入れ咀嚼し自分のものにすると云う資質を
持った優れた民族だと思う。(今の世ではテクノロジーがそうだ)
日本人の優しさの根源でもあると思う。

高野物狂
「霞める空に帰る雁の、翔に付けしは蘇武が文。君を忘れぬ忠勤の心」
主君を求め高野山を目指し狂い上る高師四朗(蘇武は前漢の忠臣)

能「荒野物狂」の詳しい解説はこちら
 「井筒」はこちら
 「野宮」はこちら

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11.25
Mon

山梨、長野の県境にある八ヶ岳の主峰、赤岳を見上げる牧場とスキー場に
時期を見計らって行くのが楽しみの一つ。目的はアイスクリームと山の花。
しばらくご無沙汰だったので懐かしく花は期待の外と晩秋の景色を見に行った。

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清泉寮

清泉寮はキリスト教の指導者訓練所として創設されたそうだ。
訓練所の面影が残る施設だったが、しばらくご無沙汰して今回訪ねてビックリ。
レストラン、売店、宿泊施設はきれいに建て直されていた。
旧宿泊施設は昔のおもかげを残す由緒ありげな建物だった。
永年泊まって見たいと思っていたが夢は無惨だった。
新宿泊施設は普通のホテルとは一味違う重厚な佇まい。眼下に絶景が広がる。
折があったら泊まってみたい。一泊、1万円とチョイ。

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キープ牧場 2016年11月8日写す。以下同じ

清泉寮の付属の牧場。八ヶ岳の裾野を見下ろす絶景の地に広がっている。
牧草も枯れ、牛は小屋にこもったのだろうか、姿がかった。
季節には牧場周辺や林の中に平地では出会えない山の花が咲く。
牧場の牛はホルスタインではなく全て赤毛のジャージー種。
牛乳は濃くアイスクリームが抜群に美味しい。行楽シーズンには行列で賑わう。

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オニアザミ?(鬼薊) キク科

アザミは種類が多く素人には判断が付かない。多分オニアザミ?
牧場の柵際に咲いていた。地面にへばり付くように。
見慣れたアザミだが他に花が全くなかったので特別に見え嬉しかった。
牧場は初冬、牛は冬ごもりか姿がなかった。
“牛が冬ごもりで食べられなくて命拾いだね!よかったネ”と囁いたが
返事はなかった。

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スキー場リフトの終点、2000メートルの景観

眼下に清里や南牧村の集落、高原野菜畑が広がる。
奥秩父連山、南アルプス、富士山、甲斐駒ヶ岳が遠くに霞み絶景。
スキー場の名は外国語で覚えられない。カーナビで検索するのに骨が折れた。

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スキー場リフト終点のソファー

寝転んで絶景を眺めるという趣向。売店もありビール&おつまみも用意万端。
ソファーは使用料無料。先着順。ただしリフト往復1600円也。
1600円がもったいなくて(笑)下から4本足で登った。
2本は自分の足、あとの2本は唐松の枯れ枝の杖の足。
スキー場の急斜面はきつかった。もしかして咲き残りの花が咲いてないかナ
と思ったがこれも絶望、“なんでこんなバカげたことをするんだろう”
と呟きながら登った。やっとの思いで頂上に着いてホッと、
達成感は本格登山には及ばないがやはり気分満点。

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メギ(目木)メギ科

何々科と“科”に拘る。素人なのに。花の名前を忘れたり知らない花の名を
図鑑で探す時、例えばメギが梅の木に似ているからバラ科だろうとバラ科を探す。
“科”に拘る理由。目木はバラ科ではなく図鑑では探しあぐね、時々教えてもらう
近くの野川公園自然観察センターで教えて貰った。
目木は昔、目の薬に使ったからとも教えてもらった。

艶やかな真っ赤な実がきれいだった。
美味しい事請け合いとばかり何の疑いもなく数粒口に放り込んだ。
変な味、思わず吐き出してしまった。
人は見掛けによらないとよく云うが見かけは人間だけではないナと。
綺麗なものにはご用心、を思い出した。
鋭いトゲがあり別名、ヨロイドオシ(鎧通し)鎧は護身用に着る武具。
木の高さは人の丈ほどでこんもり、まるで赤糸威の鎧を着た若武者。
平家物語、生田の森の戦いの梶原源太景季の姿もかくありなんと。

能「箙」で武勇の中にも風雅を解する若武者、源太景季を描く。
前場で若者の里人姿で現れ、いきなり
「飛花落葉の無常は又、常住不滅の栄をなし、一色一香の縁生は、
無非中道の眼に応じて人々個々円成の観念、なほ以って到り難し」と謡い、
難しい仏の教えを語る。理屈を好む二十代の姿が微笑えましい。
世の無常を語っているのだと思う程度でいいのかも知れない。
シテの語りの中に己の二十代の姿が懐かしく思い出される。

後場のシテは面、関東武士の面「平太」を掛けた凛々しい姿で現れる。
腰に梅の枝を挿している。背中に背負う箙に梅の花を挿し添えていると云う趣向。
箙は矢を入れて背負おう武具。
壮絶な戦いの場を語り「暫く心を鎮めて見れば」と気を替え、
「梅の花盛りなり、一枝手折りて箙に挿せば、もとより雅たる若武者に相あう若木の花鬘」と雅を見せる。再び武人の宿命の壮絶な戦いの場となる。

前場のシテは面を掛けない若者の生気あふれる下面で登場し、先ず世の無常を語り
戦の場の有様を語り、戦いに臨む気概を語る。
後場のシテは武人が死後落ちる地獄、修羅道の過激な戦いの様を見せる。
修羅物と呼ばれる能の常道だが若者の溌剌とした生気と命の躍動感に満ち溢れ、
暗い影は微塵もない。
戦いの物語ではあるが戦いの是非は兎も角、日々の暮らしを忘れさせ勇気づけられる。

箙
梅の枝を腰に挿し凛々しい姿の中にも雅ある姿で戦場に趣く梶原源太景季

能「箙」の詳しい解説はこちらこちら


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11.17
Sun
我が家の庭は猫の額と云うと猫から文句が出る程狭いが結構色々な花が咲く。
今年の気候は異常だったのだろう花がきれいに咲かなかった。
植物は気候に敏感らしい。人間など及びもつかない。
去年の花を懐かしむことにした。

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タカサゴユリ(高砂百合)ユリ科
2018年8月写す

植えた訳ではないのに突然現れた。百合は根の鱗片で繁殖するが高砂百合は
実をつけ種で繁殖するそうだ。何かに混ざって侵入したのだろう。
藪や畑のまわりにはびこり珍しい花ではない。花は白く鉄砲百合にそっくり。
花弁の外側に汚れのような赤い染みのような色が薄っすらとあるのが普通だが
不法侵入罪でネズミ額の主に処刑されるのを恐れてか、高砂百合特有のシミがなく
テッポウユリに似た純白の花で気に入っている。

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イワギボウシ(岩擬宝珠)ユリ科
2018年8月写す

岩にへばりつくように咲く小型のギボウシ。
可愛いので花が咲くとインドで買った観音様にお供えする。
観音様は日本円で70円。当時インドの通貨の価値は三十分の一程だった。

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シマトウガラシ(島唐辛子) ナス科
2018年9月写す

シマトウガラシの呼び名が本名かどうかは知らない。
南西諸島の人達はこうよんでいる。普段は“こしょう(胡椒)と呼ぶ。
実は小さいが猛烈に辛い。普通の唐辛子は一年草だが島唐辛子は木で
冬も枯れない。鉢植えにして寒くなると部屋に取り入れる。
南西諸島の人達は刺身をトウガラシで食べる。
生活がグローバル化された昨今、若い人はワサビで食べるらしいが。

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マルバルコウソウ(丸葉褸紅草)ヒルガオ科
2018年9月写す

六、七年前、親子ほども年下の友達がいた。
同じ趣味で気が合い友達になったのだと一方的に思っている。
荻窪駅から程遠い六畳一間のアパートに住んでいた。
博多の出身で玄界灘ナベなる怪しげな創作ナベを作って飲んだ。
飲み過ぎで時間を忘れ終電に間に逢わなかった。
翌朝、二日酔いの帰り道に、荻窪駅近くの垣根に絡まってルコウソウが咲いていた。
初めて見た花だった。酔眼にも鮮やかで気に入り無断で種を頂いてネズミの
額に蒔いておいた。すっかり忘れていたがいつの間にか芽を出し花を咲かせた。
それから二年程、博多から手紙が届き写真が同封してあった。
博多に帰り結婚して女の子の親になったと。
   
南アメリカ原産だそうだ。南アメリカの花は派手な花が多いのに
信じられない可愛さ。

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ダイモンジソウ(大文字草)ユキノシタ科
2018年10月写す

“大”の字の形に咲くから大文字草だという。
つまらない名前。誰も文句を云わないから不思議。
可愛い花になのに。色々夢のある名が浮かぶ筈、あまりにも可愛そう。

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ヘチマ(糸瓜) ウリ科
2018年10月写す

野菜の花は色が鮮やかできれいなものが多い。
ヘチマもご多分に漏れず豪華できれい。
ヘチマはタワシの材料だが南西諸島の人達には料理の材料。
沖縄ではナーベラと呼ぶ。不思議な食感でこの世の物とも思えぬ美味しさ。
沖縄に不思議は縁で親戚同様の知人が数人いる。ちょいちょい訪ねる。
ナーベラを食べさせていただくのが楽しみだ。
最近ネズミの額にも植え秋の収穫を楽しみにしているが今年は台風19号奴
にやられてしまった。

糸瓜が本名らしい。完熟してタワシに使うヘチマは繊維の糸巻のようだからだろうか。
茎を切り滴る樹液、糸瓜水を採り化粧水にした。姉が愛用していた。
姉とはかなり年が離れていた。その所為か可愛がってくれた。
姉に“だから姉ちゃんは瓜実顔なんだネ”とお世辞をいった。
瓜実顔がどんな顔なのか知る訳なかったが。
ヘチマは通称ト瓜。“ト”はイロハでへとチの間にあるのでヘチ間。ホヘトチリヌル。
大正から昭和初期、こうしたトンチが流行ったそうだ。

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リュウノウギク(竜脳菊) キク科
2018年10月写す

菊は日本の国花。日本を象徴する花。
菊は中国なら渡来したという説が定着しているという。
ほんとうだろうか?日本の山や野原、海岸も赤や黄色、紫、白、とりどり、
大小の野生の菊が咲いている。

日本の学者は物のルーツの多くを外国からの渡来だとする説を立てる。
日本人の國家意識が乏しく外国コンプレックスは仕方がないか。
外国では国旗が溢れているが日本では日の丸を見るのは祝祭日の官公庁などや、
せいぜいスポーツの国際試合の時くらい。こんな時だけ日本人になる。
うっかり家の外に日の丸を立てたら白い目で見られる。

菊は日本人にとって特別な花でもある。国花であり皇室の紋所でもある。
告別式には菊の献花に覆われた祭壇に遺影が微笑む。
目出度い花でもある。陰暦、九月九日重陽の節句の菊の宴、着せ綿などがあった。
“菊の盃”があり酒とも縁が深い。
能「枕慈童」では菊の葉から滴り落ちる露が美酒に変じ、これを飲んで七百年の
齢を保った少年が描かれる。

中国古代の王、穆王の枕を誤って跨いだ少年、慈童は不敬の罪で死罪になる所を
穆王の温情で減刑、深山に流される。
穆王は慈童に仏徳を賛美する詩句、偈を書いた枕を授ける。
慈童は配所に咲きほこる菊の葉に偈を書きつける。
偈を書き付けた菊の葉に置いた露が霊酒となり慈童はこの霊酒を飲んで少年のまま
七百年、生きつづけた。

異国情緒の旋律“楽”と穆王の聖徳と枕の徳を賛美するノリのよい舞が楽しい。
深山に流されたという悲哀は全くなく、祝言色に満ちた楽しい曲。

曲趣の同じ曲に「猩々」がある。
孝行者の高風に揚子江に住む妖精、猩々が褒美に汲めども尽きない酒壺を与える。
酒好きの猩々が酔いに任せ、揚子江の波に戯れ舞う舞が楽しい。
「薬の名をも菊の水」と謡う。酒好きには、げにもげにもではある。
酔って揚子江の波に戯れ舞う舞を更に強調した特殊演出、小書に「乱(みだれ)」がある。
技術的に難曲であり能楽師の潜らなければならない関門の三つの内の一つでもある。

「枕慈童」も「猩々」も菊を謡い、題材は中国の説話でもある。
二次大戦前の知識人は能の愛好者が多かった。
菊の中国渡来説はこの二曲からの説であり、菊は中国渡来ではないと信じる事にしている。

乱3
揚子江の波に戯れ舞う猩々

能「枕慈童」の詳しい解説はこちら
 「猩々」はこちら

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11.09
Sat
二十代の昔、山男の友達の足慣らしのお供で奥多摩の山を歩いた。
その一つ川乗山に行って見ようと思い立った。
奥多摩駅のバス乗り場にギリギリに駆けつけたら台風19号の土砂崩れで
通行止めだという。観光案内所のおばさんの勧めで六ツ石山に行く事にした。
手製の地図を貰ったが六ツ石山の登山口が曖昧な地図だった。
途中で出会ったおじさんに教えてもらった道を登った。
登るうちに道は細く荒れた獣道の様に怪しくなった。
後で気が付いたが杉の木の枝落としなどの作業道で杉が売れなくなった
ここ数十年誰も通らなくなった道だった。

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杉林が消え、瀧を見上げる沢に出た。ここで道は途絶えた。
道に迷ったら引き返す、が山の掟と聞いてはいたが生来の無鉄砲と
“何とかなるだろう”の楽観主義の性格が災いした。
滝は神奈川県の丹沢本瀧のF3程、誰も登った形跡もなく登るには危険。
瀧を登るのは止め手前の雑木がまばらに生えた急斜面を登ることにした。

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急斜面

礫岩の斜面は一歩毎に崩れ、前に進むのに四苦八苦、まばらに生えた木につかまり
岩につかまり四つん這いで登った。
いきなり岩の壁が立ちはだかった。
迂回すればいいのに何故か何時の間にか岩に取り付いていた。
岩の隙間にツツジの木が生えていた。落ちてもツツジの木に引かかかる
様にルートを選んで登った。登り詰めホッと胸をなでおろし最後の一歩、
石に足を乗せた瞬間、ズル!石は浮石だった。
幸運にもツツジの木が目の前だった。ツツジの木にぶら下がり必死にツツジの根元に
足を掛けようとするが細いツツジの木は撓み、腕の筋肉の衰えは云うことを聞かず
身体を持ち上げてくれない。
もがく事数分神の助けか、仏の慈悲か、火事場の馬鹿力か、腕の筋肉が身体を
少し引き上げようやくツツジの木の根元に足が掛かりホッと一息。
カメラは岩にぶつかってキズだらけ、腕も足も擦り傷だらけ“バカげた事をするな”
と“神のお仕置き”は過酷だった。

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熊の爪痕

岩の壁、礫岩の斜面を脱出、杉林に辿り着いた。
斜面を彷徨う事3時間、疲労困憊。やれやれと腰を下ろした。
杉の幹の皮が無惨に剥がされているのが目に飛び込んだ。
熊の爪痕に違いない。
東京にも野生の月輪熊が生息している。奥多摩も東京都なのだ。
以前、東京で一番高い雲取山の下山の途中、熊狩りの人達に会ったことがある。
「もう帰れ」との月輪熊大明神のお告げかも知れないと「六ツ石山」に行くのは止めた。
六ツ石山の花の未練を思う余裕もなかった。

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リュウノウギク(竜脳菊)

思いも寄らない珍事件に時間は大幅に過ぎ、漸く六ツ石山の登山道に出た。
月輪熊大明神のお告げを守り六ツ石山の花は諦め山道を下り始めた。
途中にリュウノウギクが咲いていた。
やっと花らしい花に出会って嬉しくなって座り込みカメラを向けファインダーをのぞいた。
何処からか微かに人の声が聞こえる。耳を澄ましと、
「のう~のう~、あれなる山行き人、その花ナ手折り給ひソ」
ふり返ると若い女性が近づいてくる。山歩きの服装ではない。町で見る女性の服装だった。
「リュウノウギクですネ。葉っぱを揉むと、かすかに竜脳の優雅な香りが致します」
ポカーン、空いた口から声が出ない。
彼女はにこやかに通り過ぎた。
「山登りではないですよね。どちらへ?」ややあってやっと後ろ姿に声を掛けた。
「散歩ですよ」と振り返りもせず歌を口ずさみ去って行った。

道々、頭の中はこんがらかり色々様々な想いが次ぎ次に思い浮かんだ。
さっきの女性はほんとに人間だったのだろうか?
もしかしてリュウノウギクの精だったのかも知れない。きっとそうだ。
いやいやそんな馬鹿な。「のう~のう~」の呼び掛けは彼女が口ずさんだ
歌だったのだ。深山の中に出現した美女に動転して幻覚に陥ったンだよ、きっと。
などなどブツブツと独りごとは果てしなく続いた。

この“事件”でつくづく思ったのだ。たとい三流半能楽師でも幸せなのだ、
能に携わっているから竜脳菊の妖精に出会ったのだと。
世の人はこう云っても構わない“何ともくだらない、お前さんの妄想だよ”と

地球上の事象がことごとく解明され、今の人は神秘の世界を信じない。
心の夢が乏しい無味乾燥な現代人は悲しいと思う。
昔の人が羨ましい。能「杜若」の僧は杜若の精が現れても当たり前顔で
驚かない。その余得と云っても当たらないかも知れないが僧は杜若の精に
在原業平の興味深い話をたっぷり聞かせてもらう。

能「杜若」は卓抜した詞章のクセ、キリで業平の東下りと業平像を巧みに
描き出した傑作。長大な二段クセとキリ、ともに工夫を凝らした舞が魅力の能。

杜若
「かように申す物語、疑わせ給うな旅人」
業平が着用していた初冠(ういかむり)老懸(おいかけ)業平菱長絹(ちょうけん)
を着て「東下り、業平像」を語り舞う杜若の精

能「杜若」の詳しい解説はこちらこちら



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11.02
Sat
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イヌキクイモ(犬菊芋) キク科 令和1年10月5日写す。以下同じ

ヒマワリの親戚だそうだ。
イヌキクイモの名の由来は犬の菊芋、つまり役に立たない菊芋という意味だという。
子供の頃、喧嘩してバカヤローの代わりに、
“天保、八厘、犬の糞(テンポウ、ハチリン、イヌノクソ)”と相手を罵った。
天保は江戸後期の天保の改革、八厘は一銭に二厘足りない(頭が足りない)、
犬の糞は役に立たないと云う意味だと後で聞いた。
子供に意味など解る訳がない、ただ怒鳴っていた。

菊芋の根茎は太く美味しいそうだ。二次大戦の戦中、戦後の食料難を助けたという。
犬菊芋と菊芋は外見はそっくりで見分けがつかない。
キクイモの根茎は大きく犬キクイモは小さい。
犬キクイモの根茎は不味いがキクイモの根茎が美味いと聞いていたので
食べてみようとあちこち探しまわり掘ってみたが全部イヌキクイモだった。
かなり前からキクイモは滅多に見られなくなったと後で知った。
キクイモはイヌキクイモに駆逐されたという。
キクイモも犬キクイモも北アメリカ原産。
つまり南北戦争以初めて、アメリカ内戦というわけ。
などと云うと例の大統領にツイッターで叱られるかも、などと冗談も出る程
面白い事例だと思う。

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ネコ

河川敷の藪の中に人の踏み跡の小道が出来ていた。
たぶん釣り人の踏み跡だろうと辿って行った。
途中、道は二又に別れ一方の道の奥にブルーシートの小屋が見えた。
小屋の前に猫が二匹寝転んでいた。近づいても逃げない。
ここは隣近所もない河川敷の一軒家。ネコは人間が珍しいのだろう
ジット見つめて逃げなかった。
河原に出て引き返す途中、中年のおばさんに出会った。
ふり返ったら猫と一緒に小屋の中に消えた。

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筌(うけ又はうえ) 
海や川に沈めて魚を捕る罠

多摩川の堤防のすぐ下を堤防に沿うように散歩やジョギング、サイクリング用の
小道が作られている。多摩川本流に流れ込む小川があり橋が架かっている。
橋の欄干にビニールのヒモがぶら下がっていた。「何だろう」と引き上げて見たら筌だった。
だいぶ前に沈めた様で底には泥、周りにはヌルヌルのノリのようなものが
こびりついていた。
4、5センチほどの鮒が一匹入っていた。
痩せ細り、五回跳ねて力尽きたのか尻尾を振るわすだけ。
まばたきもしないでジット汚い人間の顔(オレの事)を見つめていた。
食べても美味しくないよ、だから助けてと云っているようだった。

“行く春や、鳥啼き魚の目は泪”
芭蕉は持病を押して「奥の細道」に旅立ったそうだ。
決死の覚悟だったと何かで読んだことがある。
何やら芭蕉の境遇に似ているナと“芭蕉フナ君、元気に大きくなれよ!”と放してやった。
フナ君、お礼も言わず何処ともなく泳ぎ去った。
“由良の湊の釣り船は、魚を得て筌を捨つ”能「放下僧」の一節を謡って筌の持主の
言い訳にした。
(まばたきもしないで見つめていたと書いたが、魚には瞼はないですよネ、
まばたきする訳ないですよネ)

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ヒガンバナ(彼岸花) ヒガンバナ科

群生もあったが川面を眺めるように咲いていた一群れがきれいだった。
ヒガンバナの球根には毒がある。
昔は飢饉が頻発して餓死者が珍しくなかった。
ヒガンバナの球根も毒抜きして食べたそうだ。
切羽詰まった人間の知恵だろうが、食べ物が溢れている今の世でも
人間はフグや栃の実など毒の物をたべる。人間は凄まじく獰猛な動物。
牛や馬など草食動物は厚い唇で毒草を感知して食べない。
人間は経験でしか毒を判別出来ない悲しい動物ではある。

ヒガンバナは華やかできれいだが庭に植えているのを見たことがない。
彼岸花の名前から縁起が悪いと敬遠されるからだろうか。
彼岸は三途の川の向うつまりあの世のことだそうだ。
三瀬川とも云うらしい。三途の川には三つの瀬があり亡者の生前の行いに
拠って善い行いの人は橋を渡り、まあまあの人は浅瀬、悪い奴は激流の瀬。
己の来し方を思うと背筋がゾクッとする(苦笑)
今の人は信じる人は少ないだろうが昔の人には深刻だった。
能「砧(きぬた)」で、邪淫の罪で地獄に落ちた苦しみをシテ女は、
「三瀬川、しづみ果てにし泡沫の、あわれはかなき身の行方かな」と謡う。
人生第一の大事は昔も今も男と女の間のことだろう。能に取り上げた作品は多い。
中でもその的確な描写は「砧」が抜きんでている。

九州芦屋の某は訴訟で在京三年、故郷が気に掛かり侍女を芦屋に帰す。
侍女の都での様子を聞き妻は夫への思いをつのらせる。妻は故事を思い出す。 
前漢の武将、蘇武が匈奴の地に抑留され19年の間帰らなかった。
妻は夫を想うあまり高楼に登り砧を打つ。
万里の果ての蘇武が夢に妻の打つ砧の音が聞こえたと云うのだ。

妻と侍女は賤しき者の業である砧を打つ。
千、万もの砧の音で我が想いを夫に伝えようと打つ。
“砧の音、夜嵐、悲しみの声、虫の音、交りて落つる露、涙。いずれ砧の音やらん”
恋い慕う者への思慕をこれほどまでに痛切に描いたものはないと思える程の感動。

この年の暮れに帰郷の筈であった夫が帰らないと知らせが届く。
失意のあまり妻は病を得て亡くなる。

訴訟、事終わり夫は帰省する。
「無慙やな三年過ぎぬる事を怨み、引き別れにし妻琴の、終に別れとなりけるかや」
夫の悔恨も深い。夫は梓の弓を引かせ、妻の霊を呼ぶ。
現れた妻の亡霊は夫の不実を責め立てる。その姿が凄まじく遂には空しい。

砧
“露、涙、ほろほろはらはら、いずれ砧の音やらん”砧を打つ妻と侍女


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台風19号後のおばさんの家の跡
令和1年10月26日写す。以下同じ
 
野球場やサッカー場などの施設も跡形もなく消えていた。
猫とおばさんの家も跡形もなかった。無事に逃げ得ただろうか。
知る限りでは、おばさんの家のある所からやや下流におじさんの家があった。
対岸にも一軒、無惨すぎて見るに忍びなく確かめに行かなかった。

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筌の紐

筌を吊るしていた紐は切れて筌はなかった。
中に捕まっていたフナは放していなければ筌もろとも砂に埋もれ死んだかも知れない。
オレはお前の命の恩人だぞ、そのうち背中に乗せて竜宮城に案内して頂かないとネ、
と呼び掛けたが返事はなかった。たぶん何処ぞで元気に泳いでいるだろうと思う。

能「砧」の詳しい解説はこちらこちら
 「放下僧」はこちら こちら     


≪東京金剛会例会のご案内≫

日時 令和元年11月16日(土)午後1時半開演
会場 国立能楽堂 渋谷区千駄ヶ谷4-18-1 ☎03-3423-1331

演目
能  自然居士(じねんこじ)
    人買いに連れ去られた幼子を、命を懸けて救う熱血宗教家の物語。
    数々の舞を見せる芸尽くしの能
狂言 酢薑(すはじかみ)
    秀句(掛詞、縁語、語呂合わせを使った洒落の句)が面白い。
    今時の“お笑い”には無い高級な笑い。
能  黒塚(くろづか)
    安達ケ原の一軒家に宿を借りた僧一行。情け深い女主は糸繰車を繰りつつ人の世の苦しみ、
    優雅な糸繰唄唄う。女は僧一行を暖めようと裏山に薪を取りに行くと云い閨を見るなと念を押す。
    閨に屍累々、女は鬼だった。約束を破られた女は鬼の正体を現し僧一行に襲いかかる。

連絡先  東京金剛会事務局(山田方) 山田純夫
武蔵野市境南町 5-3-17 ☎0422-32-2796

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