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08.05
Sat
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登山口 2018年7月28日写す。以下同じ

今年の五月に青梅街道奥の丹波山村に行った。
ついでに小菅村の白糸の滝を見に行った。
ここからも大菩薩峠に行けることがわかった。
大菩薩峠は知られた山。気になっていた。
途中まででもと登ったが途中欲が出て、
もしかして峠まで行けるのではと、無理して登った。
とんでもなく遠かった。気が付いたら三時を過ぎていた。
仕方なく断念、引き返した。
心にかかっていたので今回は楽に登れるという上日川峠から登った。
塩山から上日川峠まで車で行け、可なりの高度が稼げる。


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大菩薩峠

明治の中頃までは大菩薩峠を越えて甲州、武州を行き来したという。
昔の青梅街道だったのだろうか。
大変だっただろうナと遥かな昔に想いを馳せながら登った。
大菩薩峠は中里介山の小説「大菩薩峠」でも有名。
大正から昭和にかけて新聞に連載された大長編で数回映画化されたそうだ。
峠の山小屋の名も介山荘だった。


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ヤマユリ(山百合) ユリ科 

この頃、野山の百合が少なくなったように思う。
上日川峠の途中に咲いていた。
期待が全くなかったので嬉しかった。
香りが断トツに強く、狭い部屋に生けるとむせる程。
赤茶色の花粉はくっついたら中々取れないやっかいな面もあるが、
この雄シベの花粉と花弁の赤紫の斑点とがチャームポイントだと思う。
大きな花形、反り返った花弁に打って付け。
ササブランカの片親だそうだが花屋のカサブランカは、
花粉のついた雄シベが切取ってある。
山百合の百合根の美味しさは数ある百合根の中の王様だという。

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キツリフネ(黄釣船)ツリフネソウ科

少し深い山では普通に見かけるからか無視して通り過ぎることが多い。
よくよく見ると可愛い。珍しくもないがと呟きながら可愛さに負けてパチリ。
ユリは百合と書く。語源に頭を傾げるが、ツリフネ、釣舟は一目瞭然。
船をぶら下げたような咲き方が珍しい。
ピンクのツリフネソウは平地の湿り気のある所に珍しくない。


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ニョホウチドリ(女峰千鳥)ラン科

大菩薩峠を30分程登った処に紅輪花の大群落があった。
他にも何か咲いている筈だとお花畑の中に入りたかったが、
ロープが張ってあって中に入るなと書いてあった。
仏の教えに“邪正一如”という言葉があるそうだが、この日はなぜか正直者だった。
目を皿にしたら風知草に隠れるろうに、ひっそりと一本だけ寂しげに咲いていた。
ランの仲間にはチドリの名を付けた名が数種あるようだ。
花の形が千鳥に似ているからだろうか、いずれもどことなく寂しげな風情の花達だ。
千鳥は和歌や歌にも歌われる。
子供の頃聞いた「浜千鳥」は哀愁調の童謡だった。
百人一首に「淡路潟、通う千鳥の鳴く声に幾夜寝覚めぬ須磨の関守」がある。
能「敦盛」ではこの歌をもとに、
「淡路潟、通う千鳥の声聞けば寝覚も須磨の関守は誰そ」
と主人公、平敦盛が謡い哀愁をさそう。

あつもり
 「淡路潟通う千鳥の声聞けば」仇敵、熊谷直実の前に現れた少年貴公子 敦盛
 
能「敦盛」は一の谷の合戦で源氏方の熊谷直実に討たれた少年、平敦盛の物語。
「平家にあらずんば人にあらず」敦盛は栄華を極めた平家の公達。
栄華の生活から急転直下、奈落の底に突き落とされた少年公達の哀れと、
奈落の底でも優雅な姿を失わない十六才の美少年、敦盛を描いた曲。
武装姿で舞う舞が美しい。
ワキは熊谷次郎直実。
戦争は狂気。戦いが終われば狂人は正気に戻る。
熊谷の懺悔の心が重くのしかかり容赦がない。
世界の指導者に見せたい曲、と云えば狂人か(笑)

能「敦盛」の詳しい解説はこちら

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