FC2ブログ
08.26
Sat
IMG_4741.jpg
仙川 8月8日 武蔵野市桜堤で写す以下同じ

🎶春の小川はさらさら行くよ♪の唱歌のような自然そのままの小川がめっきり減った。
東京では小さな川は僅かな例を除いて、コンクリートで固められた味気ない放水路。
それもほとんどが川のトンネルともいえる暗渠。銀座四丁目にあった数寄屋橋や、
渋谷駅の近くを流れていた渋谷川が好例。
武蔵野市の桜堤公団住宅の中を流れる仙川は団地の中だけ自然の川の面影を残している。
団地から下流はご多分に漏れない放水路。
仙川の名を知らなかったので武蔵野市役所の担当に聞いた。
水源も合流する川も知らなかった。ただ一級河川だという。
一級河川は国の管理。調べようがなかった。
幸い知り合いの旧家の爺さんに教えてもらった。
仙川は立川を水源とする野川の支流だそうだ。合流する川は知らなかったが、
多分、野川か多摩川だろう、だった。
この団地の中の仙川で水性の花を見つけた。

IMG_4677.jpg
ミソハギ(溝萩又は禊萩)ミソハギ科 2017年8月5日仙川で写す。以下同じ

仙川のあちこちに群落があり満開だった。
水を好むようで田んぼの畔や溝などに咲き、里の人達が心待ちにする花。
盆花にも使うという。禊萩の名は、幣の代わりにして穢れを払ったのだろうか。
花の幣とは何とも美しい。昔の人は心が豊かだったのだナと思う。
これほどきれいな花が町の中の、それもきれいとは云い難い場所に咲くとはと意外だった。

IMG_4680.jpg
ガマ(蒲) ガマ科

子供のころ食べたチョコレートアイスキャンディーやアメリカンドックにそっくり。
不思議な形。花穂とは思えない。
童謡の「大黒様の云うとおり、きれいな水で身を洗い、ガマの穂綿にくるまれば、
ウサギはもとの白うさぎ♪」は昔の子供の愛唱歌だった。
古事記の因幡の白兎伝説を童謡に作ったものだという。
固そうな花穂がどうして“ガマの穂綿”なのだろうと長い間の謎だった。
形が面白かったので花瓶に挿して置いた。数日してビックリ。
花穂が弾けて白い綿毛になって下に散り敷いていた。
これで疑問すっかり氷解。

IMG_4743.jpg
ハス(蓮)

誰かが植えたのだろう。花は既に終わり実になっていた。
蓮は別名ハチス、蜂巣。それにしても不思議な形。
穴が明いていて蜂の子のような種が鎮座ましましている。
地下の根はお馴染みのレンコン。これも穴が開いている。
蓮の花は仏さまの台座。ドロドロの泥土の中から思いも寄らない高貴な姿を現す。
「ハチス葉の、濁りに染まぬ心もて、などかは露を玉と欺く」
昔、教えてもらった僧正遍照の歌に感じ入ったことを思い出した。
根、葉、花、実、意味深な風姿。


IMG_4747.jpg
千川

千川は江戸時代、玉川上水を武蔵野市境から引き込んだ用水路。
かなり前になるが武蔵野女子大近くに友人が住んでいてよく訪ねた。
前を千川が流れていた。川の姿も自然のままの清流で水性の花が咲いていた。
ことにミソハギの群落がみごとだった。
六月にはホタルが飛んだそうだが今はどうだろうか。
何時の間にか両岸も川底もコンクリートで固められ、欅の大木の並木が日光を
遮り薄暗く花は全く咲いていなかった。

IMG_4748.jpg
ノカンゾウ(野萱草)ユリ科

千川沿いの遊歩道の入り口に一本だけひっそりと咲いていた。
辺りに花らしきものが全くなく、大げさに云えば異彩を放っていた。
これも大げさかも知れないが感動だった。
花でも人でも時と処を得れば異彩を放つものだナと。
孤高を持する世捨て人にも見えた。やはり大げさかも知れないが。

平安の昔、盲目の琵琶の名手がいた。名を蝉丸。
宮廷からの招きに、
「世の中はとてもかくても過ごしてん宮も藁屋も果てしなければ」
と歌を詠んで断ったという。
世の中は、とかくあっても過ぎて行くものだ、藁屋も宮殿も、
同じようなものだと云うのだろうか、まさに孤高の人だったのだろう。
能に作られた。「蝉丸」

EPSON001.jpg
別れを惜しむ姉弟

能「蝉丸」は皇子と生まれながら逆境に落ちた姉宮、逆髪と弟宮、蝉丸の姉弟愛の物語。
蝉丸は市井の人だったというが能「蝉丸」では醍醐天皇の皇子として作られた。
蝉丸は生来の盲目。父帝は蝉丸を逢坂山に捨て置くよう勅を出す。
蝉丸は、盲目と生まれたのは前世の戒行のつたなさ故であり、
父帝はこの世でその償をして後世の安楽を願ったのだ、
これが真の親の慈悲だと諦める。
悲惨な運命に落ちて行く蝉丸の姿が美文を尽して語られる。
蝉丸の逢坂山の庵は雨も月の光も漏れるあばら家として描かれる。

吉野の桜の山「奥の千本」に西行法師の庵を再現したという小屋があった。
柱は竹、壁は柴や篠竹を並べていて屋根は葉っぱ付きの木の枝が置いてあり、
隙間だらけだった。遠い思い出で心許ない記憶だが。
説明板に実物に近く再現した。雨は容赦なく漏ったと書いてあったと思う。
本曲の庵も全く同じ様に謡われ、月の光も勿論漏っただろう。

姉宮、逆髪は狂人。宮殿を追われ諸国を放浪している。
逆髪の放浪は旅の様子を舞う「道行」とよばれる軽快な舞で語られる。
逆立った髪を子供に笑われても「我が髪の逆さまなるが可笑しいとや、、、、、
汝らが身にて我を笑うこそ逆さまなれ」と皇女の気位を見せるがまた、
「花の種は地に埋もって千林の梢に上がり、月の影は天に懸って萬水の底に沈む
これ等をば皆いずれをば順と見、逆なりと云わん」と哲学的悟りをも見せる。

逆髪の狂気は登場から「道行」迄で、以降は正気に返り終曲まで姉弟の情愛が描かれる。
一曲の中心であるクセでは姉弟の悲惨な境涯を逆髪が舞う。
昔は舞のない謡のみで語られたという。
舞はなくても謡の説得力を重んじたのだろうか。

不連続線のない密度の濃い曲、名曲と云われる所以であろう。
特にクセから終曲が圧巻。
立場上から別れざるを得ない二人の別れが悲痛この上もなく描かれ終曲となる。

能「蝉丸」の詳しい解説はこちら 

今年11月18日国立能楽堂にて能「蝉丸」が上演される。詳しくはこちら

comment 0
コメント
管理者にだけ表示を許可する
 
back-to-top