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10.07
Sat
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風の釣り橋。
バスの終点、大倉にある秦野戸川公園の歩行者専用の橋。
遠くからも目立つ巨大な橋。公園のシンボルなのだろうか。
案内板によると公園には川遊び場、子どもの広場、
バーベキュー、農業体験、茶室まである。
以前の沢登はここから水無川を遡行した。
その頃の面影な微塵もなかった。

数十年前、丹沢の沢に咲いていたサワギキョウ(沢桔梗)
を時々思い出し気になっていた。
丹沢は神奈川県にある山。さほど高い山ではないがよく知られた山。
沢登りの名所でも知られ、スリル満点の水無川の沢は知名度も満点。
中でも本谷の滝は難度高く鬼より恐いと初めて沢登りを教えてもらった
先輩に脅された,今でも鮮明に。
初心者向きの沢、源次郎だったら危険はないだろう、運が良ければ
沢桔梗に会えるかも知れないとオニギリ三個、飴玉一袋リックに
放り込み早朝の電車に飛び乗った。
数十年前の記憶は曖昧だったが駅周辺で聞けばいいだろうと
軽い気持ちで行った。
改札口前の案内所の人も駅員もバスの運転手も水無川の沢を
知らなかった。駅前に登山の案内板は見つからなかった。
馴れないスマホにかじりつき一生懸命探した。
バスは大倉まで、沢の登り口、戸沢まで林道だとあった。
スマホの検索に時間がかかりバスに乗り遅れ一時間待ち。
戸沢までの林道は8キロ、ひたすら歩いた。
スイスイと通り過ぎる車が恨めしかった。


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野菊 キク科 2017年9月21日 丹沢本沢にて写す。以下同じ

源次郎沢と本谷の分岐点が分からずウロウロ。
案内板もなく道らしい道はなかった。飴の包み紙が落ちていた。
道だろうと見当をつけて辿り、沢に下りることが出来た。ホッと。
岩壁に野菊が咲いていた。岩壁に咲いていたので珍しかった。
野菊は種類が多くて素人に見分けは無理、この類いは野菊と
呼ぶ事にしている。


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F1 2017年9月21日写す(迷が頭を占領、滝を写すのを忘れた)
(F1は英語の滝、FallのFと1番目の滝の意らしい)


十数年前の源次郎沢の記憶と違い川幅が広かった。
疑いながら兎に角行ってみようと、これがトンデモない悲劇の始まりだった。
しばらく遡行すると両側の岩壁が迫って来た。
なんとF1の文字。
本谷に来てしまったのだ。
数十年前に登ったが、若く体力充分だった。
雨続きで水量も多い、引き返すしかないとしばらく眺めた。
色々な思いが駆け巡る。
沢登り厳守三点、装備、禁単独行、三点支持。
先輩先生のきつい顔が浮かぶ。
林道で会った格好いい姿の登山の人が足元から頭のてっぺんまで見上げて、
「その格好で沢登りするンですか?一人で?」
庭掃除用のだぶだぶズボンにTシャツ、穴あきハイキングシューズだったから。
「いやいや、装備はこの中」ザックを叩いて見せた。
中の装備はズボンの裾を束ねるための代用に、髪を束ねる黒いゴム輪と
磯歩き用のゴム靴だけ。
瀧を登るには足と手の四つん這い、足と手のどちらか一つだけ動かして登る、
必ず足、手の三つは岩につかまっているというのが三点支持だという。
少年の頃、海の岩壁をよじ登り釣りに行った。三点支持は当たり前だった。

心の中の悪魔がいた。彼が囁いた。F1一つくらい登ってみたら?
いつの間にか岩に取り付いていた。滝を撮るのも忘れて。
要所に鎖やザイルがあった。鎖はかなり古く抜けないかと、
ザイルはヌルヌル、切れないかと引っ張って見て登った。
瀧の飛沫で濡れながら。


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ダイモンジソウ(大文字草)ユキノシタ科

F1の取り付きに咲いていた。湿り気が好きな花。
花の形が“大”の字の形からの名、なるほどと誰でも頷く。
オレの大の字の寝姿と雲と泥だなと呟きがもれた。なんとも可憐。
日当たりの悪い庭の隅に植えられるユキノシタ(雪の下)にそっくり。
雪の下は毛むくじゃらだが天ぷらが美味いそうだ。
大文字草には毛がない。雪の下より美味いかもしれないが試した事はない。


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ホトトギス(杜鵑草)ユリ科

丹沢の沢にはサガミジョウロウホトトギス(相模上臈杜鵑草)が咲く。
もう一つのお目当てでもあった。
花期には早かったのか、残念ながら見付からなかった。
ホトトギスの名は、花の模様が鳥のホトトギスの胸の毛の模様に似ている
ことから付いた名だそうだ。
鳥には興味がないのでホトトギスがどんな鳥か知らないが、
昔から親しまれた鳥のようで、辞書によると別名や当て字が
十数種あるようだ。
俳人、正岡子規の子規もホトトギスの当て字で、明治の文豪、
徳冨蘆花の小説、「不如帰」もホトトギスの当て字だそうだ。
鳴き声も色々、“てっぺんかけたか”など、オジサンには耳が痛いのもある。
能「善知鳥」では死んだ夫の形見を見て、
「死出田長(しでのたおさ)の亡き(鳴き)後」と嘆く。
死出田長はホトトギスこと。己の泣き声をホトトギスの鳴き声に例えた。
能「善知鳥(うとう)」は悲痛極まりない能。
生活のため、生きるため仏の戒めを破り殺生戒を犯さざるを得ない、
猟師の物語。戒律に縛られた中世の人々の悲痛な叫びがきこえる能。


善知鳥
善知鳥の子の鳥を狙う猟師。笠を子の鳥に見立てて舞う。

地獄はあの世だけではない、この世にもあった。
富山県、立山の地獄谷もその一つ。
青森県外ヶ浜の猟師は死後、立山の地獄に落ちる。

立山での修行の僧を外ヶ浜の猟師の幽霊が呼び止める。
「のう~のう。あれなる御僧に申すべきことの候」
地獄の底からかすかに聞こえる声に戦慄がはしる。
この能には意外な謎が隠されていて一味も二味も興味を引く演出。
僧に猟師は陸奥へ下ったら故郷の妻に蓑と笠を手向けるよう
伝えてくれという。謎の①
着ていた麻衣の片袖をちぎって僧に渡し妻に渡してほしいという。謎②
前シテは舞台には入らず橋掛かりで僧と応対し、陸奥へ下る
僧を見送り泣きながら幕に入る。猟師の姿が謎めく。

猟師の故郷の妻は僧から受け取った片袖を夫の残した麻衣の
袖に合わせる。袖はピタリと合った。幽霊は間違いなく夫だった。
妻は「死出田長の亡き後の」と嘆き蓑と笠を手向け供養する。

故郷の外ヶ浜に現れた猟師の霊は蓬髪に痩男の面。地獄の責め苦に
憔悴した姿にゾッとする。
我が家の佇まいを「籬が島の苫屋形、囲うとすれど疎らにて月の
ためには外ヶ浜」と謡う。自虐的に謡うのだ。
海に近い我が家は、籬が島。隙間だらけの家は月見には持って来いだという。
猟師の身分の生活に月見とか、風流などある訳がない。
籬が島は塩釜の名勝、歌枕の島だ。
戒律を犯さざるを得ぬ貧しい暮らしぶりが思われ涙を禁じ得ない。

猟師は生前、善知鳥を獲って暮らしていた。善知鳥は砂の中で子を育てる。
猟師は親鳥の声を真似て「うとう」と呼ぶ。子は「やすかた」と答える。
子の声を聞きつけ飛んできた親鳥と子の鳥、諸共に捕らえる。

猟師は善知鳥を捕らえる様の、この曲独特の舞「カケリ」を見せる。
“うとう”と鋭く叫び、緩急鋭い囃に拮抗して息詰まる舞を見せる。
舞いあげ息も切らせず地獄の責め苦が襲う。
子を獲られた親鳥は空から血の雨を降らせる。
血の雨は猟師の身体の肉を溶かすのだ。
蓑笠の手向けを頼んだのは血の雨を避けるためだった。
猟師は蓑笠を着て逃げ惑う。

地獄では立場が逆になる。生前捕らえた善知鳥は怪鳥となり、
猟師に襲いかかり鉄の爪で肉を裂き、銅の爪で目をえぐり取る。
これほどの生々しい描写は他の地獄物の曲に抜きん出ている。

能「善知鳥」の詳しい解説はこちら







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