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11.11
Sat
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多摩川と是政橋 2017年10月27日写す。以下同じ。

是政橋は多摩川の河口の羽田から32キロ、府中市と稲城市の間に架かる橋。
昔は“是政の渡し”があったそうだ。
多摩川は秋も半過ぎ、花も少なかった。
多摩川はみんなの憩いの場。土手にはサイクリングやジョギングコース、
河川敷には野球、サッカーの練習場、バーベキュー施設、芝生などがある。
流れには釣り人、アユも釣れる。処々に林もありクルミや柳などの大木が茂る。
林の中には瀟洒な庵もある。庵は静かな林の中、前は清らかな多摩川の流れ、
羨ましいかぎりだ。羨ましいから建てたい。
庵の材料は足場用の鉄パイプとブルーシートだった。材料が安いから建てられる。
だが地主は国土交通省、ウンと言う筈がない。

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チカラシバ(力芝)イネ科

花穂の形と紫がかった黒が謎めいている。もし人の背丈ほどもあって、
夕暮れ、薄暗い処で出会ったら、女性と見間違うかも知れない。
能では旅の僧の前に話しかけながら美しい女性が現れる。
能「定家」では“時雨の亭”に立ち寄った僧に、
「のう~のう~。その宿りへは何とて立ち寄らせ給ひ候ぞ」と現れる。
「呼びかけ」といい「杜若」や「六浦」など呼びかけで現れる曲は多い。
能の作者はチカラシバに暗闇で出会い想を得たのかも知れないと勝手に思ったり。

チカラシバは根の張りが異常に強い。引っこ抜くには相撲力士並みの力が要る。
だから力芝だそうだ。

道端や野原に咲いているが町中には咲かない。

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シロノセンダングサ(白の栴檀草)キク科

アウトドア派の人は、草原で遊んでいて細長い黒い実が衣服にくっ付いて
困った経験があると思う。犯人はシロノセンダンソウの実。
花弁のない小栴檀草(コセンダングサ)も同じ様にくっ付く。
沖縄には花弁の大きいタチアワユキセンダングサ(立淡雪栴檀草)がある。
この花の蜜はミツバチの好物。
沖縄の人はミツバチが苦労して集めた蜜を蜂から横取りする。
その蜜を叉お金で横取りする。ミツバチは誰を一番恨むだろうと
つまらない事を考えた。

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セイタカアワダチソウ(背高泡立草)キク科

悪名高い花だが花の少ない時期には有難い。
名に釣られ、しげしげと見る事はなかった。だがよくよく見るときれい。
それもその筈、昔アメリ原産を観賞用に植えたそうだ。
親しまれる、アキノキリンソウ(秋麒麟草)に感じが似ているからだろう、
セイタカアキノキリンソウ(背高秋麒麟草)の別名もあるというが悪名が、
祟ったのかこの名を耳にも目にもしたことがない、可哀そう。
悪名は他の草には毒の物質を出して自分だけはびこるからだそうだ。
海岸近くの埋め立て地や空き地を占領している。
二次大戦後、炭鉱の閉山が相次ぎ跡地にはびこったり又ベトナム戦争後、
急激に蔓延ったので、閉山草、ベトナム草の名もあるそうだ。
ますます悪名が轟いたという。可哀そう。
だが“悪”だけではない。秋、花の少ない時期に盛大に花を咲かせ蜂を呼び、
養蜂家を喜ばせる。
お釈迦様の教えに「善悪不二」がある。世の中、善も悪も同じだ、と言う
ことだそうだ。善悪不二はセイタカアワダチソウ、お前の悪名にも当てはまるぞ
と云ってあげたい。

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カキ(柿)カキノキ科

柿、これほど身近で親しまれる果物はない。多くの庭先に植えてある。
「柿くえば鐘が鳴るなり法隆寺」よく知られた正岡子規の句。
二十数年前の記憶で、さだかではないが仲間と能の跡を訪ねる
「謡跡めぐり」に奈良を訪ねた。
たぶん門前に柿を売っていたのだろう、洒落た事を致しますネと買い、
境内の石段に腰かけ食べたが洒落たつもりで待っても鐘は聞こえて来なかった。

「カキに赤い花咲く、いつかのあの家♪」小学生の頃習った唱歌。
我が家の庭先の柿の木には赤い花など咲かなかった。
艶々のきれいな実だからきっと遥かな山の向うの里には赤いきれいな花の咲く
柿木があるのだろうと思っていた。
「柿に赤い花咲く」は「垣に赤い」だと気が付いたのはそれ程古くはない。
われながら苦笑も出るが子供の頃が思い出されて懐かしい。
野菜や果物の花はほとんど豪華で美しい。
柿はどうゆう訳か地味だ。地味を通り越して花には見えない。
地味故見向きもされない。何とも可哀そう。艶やかな実になるのに。

地味故に捨てられた可哀そうな女性の話が「源氏物語」にある。
朱雀帝の皇女、女二宮。夫は柏木。柏木は蹴鞠の会で二宮の妹、
光源氏の正妻でもある女三宮を見染め、二宮は捨てられる。
能に作られた。「落葉」

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能「落葉」
「さやけき月に妄執の夕霧」執拗に迫る夕霧にたじろぐ落葉の宮

「もろかづら、落ち葉を何に拾いけん、名は睦ましき、かざしなれども」
葵祭に頭に飾る葵と桂の葉のように仲のいい姉妹だが、どうして落ち葉の
様な二宮を妻にしたのだろう、と云う意味だそうだ。柏木のひどい歌。
以来世間では二宮を落葉の宮と呼んだ。
柏木は三宮への恋心を抑えられず密通、三宮は柏木の子を出産する。
やがて光源氏の知る処となる。源氏の執拗ないじめと、罪の悔恨から、
柏木は病床に伏し源氏の子でもある友、夕霧に後を託し亡くなる。
堅物で通っていた夕霧だったが、なにくれとなく落葉の宮の面倒を
見ているうちに宮に惹かれていく。

能「落葉」のクセでは、小野の里に引きこもった落葉の宮を訪ねた夕霧が
恋情を切々と訴える。
つつましい落葉の宮の心は終に解けず夕霧は暁の時雨の中をすごすごと
帰って行く様を情緒豊かに描く。
キリでは、庇護者の亡くなった我が身の行く末を思い、
夕霧に添うしかなかった落葉の宮が「さやけき月に妄執の夕霧、
身一つに降りかかり目もくれないの落葉の宮はせんかた涙に咽びけり」
と狂乱の態をみせ涙を誘う。

能「落葉」の詳しい解説はこちら
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