FC2ブログ
03.17
Sat

IMG_5495.jpg
フクジュソウ(福寿草) キンポーゲ科

多分に大げさだが人生何が起こるか分からないとよく聞くがこの事だろうかと。
去年、ゴミ出し場に転がっていた鉢植えを拾って来て庭の隅に埋めておいた。
多分、正月の縁起に買って花が終わり用済みで捨てたのだろう。
水切れで葉っぱも萎れ、多分枯れるだろうと思ったが可哀そうなので
土に返してやろうと埋めておいた。
厳寒の中突然、蕾が顔を出したのでびっくり。
忘れていたし、まさか生きているとは思わなかったので嬉しく、この花の名のように
神様から福寿を授かったと本気で思った。
寒い地方に多いそうで東北ではツチマンザクと呼ぶそうだ。
雪解けの土から他の花に先がけ、先ず咲くという意味だそうだ。
初めてこの花に会ったとき暖地出身には見たこともなく驚きだった。
土の中から黄金色に輝く大判小判がザクザク!に見えたから。
昔は八王子周辺にも咲いていたという。八王子草と呼んだそうだ。
高尾山や裏高尾、相模湖周辺、奥多摩、五日市周辺を歩くが未だ見たことがない。
環境の激変だろうか。

辞書には福寿とは幸福で長命であることとある。
古くから人は神に福寿を祈って来た。能の起源だという。
能の初番には神が主役の能を据え世の平和と人々の福寿を祈る。
この類いの能の代表格が「高砂」だろう。

高砂
“掻けども落ち葉の尽きせぬは”高砂の落ち葉を掻く老翁

正月、老人夫妻が松の落ち葉を掻く掛け軸を飾る。能、高砂の一場面の絵。
能「高砂」は兵庫県高砂が舞台。
お婆ちゃんは当地、高砂の人。お爺さんは高砂の対岸、住吉の人。
夫婦遠く離れて暮らすとはと不審する阿蘇の神主友成に、お婆ちゃん、
「山川万里を隔つれども、妹背の道は遠からず」
落葉をかき集める場面は双葉の松の結びつきの久しさと
硬さを語っているのだろうか“久”の字を書くように演ずるという。
結婚式の祝言に「高砂」を謡うのも納得。
結婚式では「高砂や、この浦船に帆を上げて」と謡う。
二人の老人は高砂の明神と住吉の明神の化身だった。
住吉で待つと言い残し姿を消した老翁を神主、友成は新造船に乗り後を追う。
結婚という船出にはこのうえなく相応しい祝言の謡だろう。
「四海波静かにて」と世の平和を寿ぐ小謡を謡うべきとするもあるが、
やはり「高砂や」が結婚式にはうってつけ。

後場では胸をときめかして待つ阿蘇の宮の友成の前に颯爽と現れた
若々しい住吉の明神が社人に楽を奏するよう命じ颯爽と神舞を舞う。
急調の囃に乗って舞う「神舞」はこの能、第一の魅力だろう。

   能「高砂」の詳しい解説はこちら

comment 0
コメント
管理者にだけ表示を許可する
 
back-to-top