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05.12
Sat
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奥多摩湖 2018年4月19日写す。以下同じ 

御前山の名の山はあちこちにあるそうだ。登ったのは奥多摩の御前山。
御前山への登山ルートは色々あるらしいが多摩湖の水門脇の登山口から登った。
途中から見下ろす奥多摩湖が美しかった。
奥多摩湖は小河内貯水池が正式な名だという。
都民の水瓶。水瓶ダムでは日本最大級だそうだ。
小河内村が湖底に沈んでいる。
故郷を失った村の人にとって悲劇だっただろう。色々な事があったようだが
時の流れには抗うことは出来なかったのだろう。

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カタクリ(片栗) ユリ科

「もののふの、八十娘子(やそおとめ)らが汲みまごう寺井の上の堅香子の花」
万葉集の大伴家持の歌だそうだ。井戸端会議の少女達の明るい笑い声。カタクリも
微笑んで仲間入り、可愛い情景が目に浮かぶ。堅香子はカタクリの古名だそうだ。

御前山のカタクリの群生は友人に聞いていた。かなり有名らしい。
だがそれほどの群生はなかった。「種から発芽して花が咲くまで7年、取るな」の
趣旨の立て札があった。以前は立派な群落があったのだろうか。
御前山登山の目的はカタクリだった。
カタクリの語源は学者によって色々らしい学者は自説を立てて譲らない人が多い様だ。
万葉の時代からのカタカゴ、片篭が訛りカタクリ、素人には説得力随一。

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フデリンドウ(筆竜胆)

リンドウといえば秋の花というのが通り相場。歌にも歌われ誰でも知っている。
フデリンドウは早春に咲く御覧のとうりの小さな可愛い花。
草丈、大きくても10㎝ほど。
リンドウは字のように龍の胆のように苦いから漢字で竜胆。胃の薬
竜の胆を飲んだ人がいるかどうかは知らないが。。
フデリンドウも苦いのだろうか。齧ったことはないので分からない。

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チゴユリ(稚児百合)ユリ科

稚児の名のように小さく可憐な花。
まだ花期に早いのか、咲いているのが一個だけ見つかった。
花の時期には絨毯のように敷き詰めて咲き山道の両側を飾ってくれる可憐な花。

御前山登山は少々大げさだが生涯忘れられない登山だった。
奥多摩という近場の山にしてはアップダウンもかなり厳しかったが
それ以上の大悲劇に遭遇したのだ。
十時に登り始め二時に頂上到着。途中で一緒にオニギリを食べた
二人ずれの若い人に「お年にしては早いペースですね、ビックリです」
と褒められ気をよくしてルンルンで下山した。
雨、水に抉られた急峻は山道を下り、やや平らな場所に到着、
やれやれと大吐息、ハッと気が付いた。いつも肩にぶら下げたカメラがない。
御前山の山頂でベンチに腰掛け水筒のお茶を大量にガブ飲み、アメを五個も口に
放り込んだあのベンチに置き忘れたに違いない。
薄暗い杉やヒノキの生い茂る斜面を見上げた。どうしよう?
この頃、小父さん達の高級カメラを見る度、コンプレックスに
身の縮む思いをしていたのだ、それに這い廻って花を写しているうちに
岩や石にぶっつけてキズだらけ、諦めて月賦で買い直すか!
だが待てよ、安物でも辛苦を共にした兄弟だ、見捨てるなど
そんな非人間的な行動は許されない。
信じられない力が湧いて来た。火事場の馬鹿力の類いだろう。
山でこのような理由で引き返すのはご法度だがガムシャラに登った。
あった!ベンチの上に鎮座ましまして我を待っていた!

その後が悲劇だった。青息吐息で頂上、既に日は大きく西に傾いていた。
奥多摩の山でこんなにも長い登山ルートの山は知らない、やっとの思いで
国道のバス停に辿り着いた。バスは出たばかり。次は一時間後。ガッカリ。
犬の散歩のおじいさんに聞いたらJR奥多摩駅まで20分、いそげば15分
だという。
急いで15分、更に急いで15分、駅の気配も見えない。諦めて30分、
ふてくされて30分。
駅前は薄暗く、土産物屋も食堂も無情にもシャッターを下ろしていた。
駅のベンチで靴下を脱いでみたらマメがつぶれ真っ赤、無惨な有様。
能「朝長」では、敵に追われ膝に矢をうけ、青墓の宿までたどり着いた
源朝長が、息も絶え絶えに「大崩にて膝の口を射させ既に難儀に候ひけるを
馬にかかりてこれまでは来たりて候へども今は一足も引っつべくも候わず」と語る。
大げさで朝長に比べるのは不遜きわまりないが、まさに“一足も引っつべくも候はず”
枯れ枝の杖に縋り奥多摩の駅まで辿り着いたのだ!

能「朝長」ほど人の死を悲惨に描いた作品はないのではないだろうか。
源朝長は源義朝の子、平治の乱で敗れ瀕死の重傷を負い、青墓の宿で自決した。
16才の少年であったという。

十六
「朝長」使用面
口髭も薄っすらと、あどけなさが残る少年の顔。
須磨の浦で討たれた平敦盛の顔を写したという。元服していたので歯はお歯黒。
大人の仲間入りの印だがかえって可愛い。

前場で青墓の宿駅の女主人が朝長の無惨な最期を語る。
宿の長と朝長の父、義朝の間には曰くがあったにせよ、これほどに人を慈しむ
語りはないとさえ思う。我が子を思う心情とは別種の人の心に万感、感動。
「夜更け人静まって後、朝長の御声にて南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏と二声
のたもふ。鎌田殿参り、こはいかに朝長の御自害候ふと申させ給えば義朝驚き」
宿の長の限りない磁心、朝長の諦観、静寂の中、家来の鎌田、父義朝の慌てふためく
足音が聞こえるなど、語りの範囲を超えて聞く人の心に、こもごもが無限に広がる。
人の良心の根源を重く衝く場面。

後場の朝長はワキの観音懺法に引かれるように現れ、深い観音信仰が語られる。
一族の悲惨な最後、宿の女主人の情の善行が語られるがこれらも観音信仰に
包まれて語られる。
16才の少年が観音信仰という仏教哲学に深く心するということは驚きだ。
当時の人達は早熟だったのだろうか、時が人を作るのだろうが今の世と比べ
る思いを禁じ得ない。

能「朝長」の詳しい解説はこちら

《能をみてみませんか》

趣味の野生の花に事寄せて能楽の紹介をさせて頂くためこのブログを
書いています。実は私は能楽師のはしくれです。
演能団体「潤星会」を設立して今年30周年を迎えました。
下記の番組で記念の会を催します。ご応援をお願い致します!

能  楊貴妃 シテ 山田純夫
狂言 居杭  シテ 大藏彌太郎
仕舞 笠之段 シテ 金剛永謹
能  望月  シテ 山田伊純

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玄宗皇帝を偲ぶ楊貴妃

楊貴妃の舞う玄宗皇帝との思い出の舞は心に迫りますが、
全編に漂う玄宗皇帝への追慕の情は更に心に迫ります。
人はみな想う人へのおもいを抱いているからでこの能「楊貴妃」は見る人の経験を
誘い感動を呼び起こします。

記念能の詳しいご案内はこちら

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