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08.11
Sat
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峯谷橋(みねたにばし)2018年7月12日写す。以下同じ

夏は花が少ない。
多摩川源流と云っても特に珍しい花が咲くわけでもないし期待した訳ではない。
見慣れた花でも場所によっては風情が変わる。
期待と云えばそれが期待。
峯谷橋は場所に似合わない真っ赤なキザな橋。
真っ赤な橋に忘れられない思い出がある。
橋の袂から東京一の高山、雲取山の登山口がある。
下山の途中、橋近くの釣り宿の犬に咬まれた。
薄暗い中から“ワン、ワン、ワン”と三声、いきなりガブリ。
ワンだけ三つ。ツー、スリーも云えないぼんくら犬メに怒り心頭。
冬だったので毛糸の厚い靴下を穿いていた。おかげで噛み傷は軽かった。
子供の頃から犬は大の苦手、犬も嫌いな奴を知っているのだと同行の友人。
この橋を通る度に思い出し腹が立つ。

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ネム(合歓木)

糸のような花びらが涼しげ。
ネムの名は外国語だと思っていた。
夜、葉が合わさるのが眠っているようだからと云い、ネブとも云うらしい。
合歓木(ごうかんぼく)は一歩進んで男女の添い寝に見立てたという。
誰が付けたのだろう、何とも言い難い。
「象潟や雨に西施がネブの花」
松尾芭蕉の「奥の細道」の句だそうだ。
西施は昔、中国の王が国を傾けたほどの傾国美人。
とは云っても今は首を捻るだけだが、美とか秀でた物の代名詞に使ったという。
“西施乳”はフグの別名だとか。

奥の細道の旅は平安後期の歌人、西行を慕っていた芭蕉が、
西行の奥州行脚の後を辿る旅だったという。
西行を扱った能は「西行桜(さいぎょうざくら)」「遊行柳(ゆぎょうやなぎ)」
などの名曲があるが西行をシテにした能がないのが不思議。

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リョウブ(令法)

純白の小花が房のように咲く清楚な花。茶席にも生けられるとか。
リョウブ飯は有名。若芽をご飯に炊き込む。
リョウブ飯は不味い、リョウブを飯に混ぜるのは貧しい時代に米の増量材したのだ、
花の美しさを盾に名物にしたのだと宣うた人もいた。
食べたことはないので兎角は言えないが、ならば天ぷらが無難。

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ヤマオダマキ(山苧環)キンポウゲ科

花の付け根あたりがおかしな形をしている。
可愛い花なのに素直な付き方でないのが不思議。
この頃の人間だって変わった格好をした人が多い。
花だけにイチャモンは片手落ちと花に文句を云われるかもしれない。
よくよく見るとガラスの美術工芸品に似ていて魅力のある形だし、
淡黄色の花色に清潔感がただよう。

“苧環(おだまき)”は麻糸を紡ぎ巻き取る糸クリ車のことらしい。
昔の農機具などを展示している地方の博物館でよく見かける。
糸紡ぎは昔の女性の夜なべ仕事だったのだろうか。
能「黒塚(くろつか)」では野中の一軒家の女主が行き暮れた僧一行を
憐れんで宿を貸し、糸繰り車を繰り糸繰り唄を唄いもてなす。
晩秋の静まり返った夜、女主の糸繰り唄と善意が心に沁みる。
女は実は恐ろしい人食い鬼だった。
約束を破った僧一行に襲いかかる。
人の心の奥に住む“鬼”を思わせて味わい深い。

苧環は追憶の道具でもある。
源義経の愛妾、静御前は頼朝に追われ吉野の山中を逃げ迷うが
捕らわれ鎌倉に護送される。
静は白拍子の名手だった。頼朝の面前で臆することなく、
「静や静、賤の苧環繰り返し昔を今になすよしもがな」
と義経への追慕を唄い舞った。

能「二人静」では静御前の霊が憑いた菜摘女と静御前の霊が、
雪の吉野山を逃げ惑う苦難や、頼朝の面前で義経追慕の舞を舞う。
菜摘女と静の霊が息を合わせて舞う姿が見どころの能と云われる。

二人静
「思い返せば古も、恋しくもなき憂きことの、今も恨みの衣川、身こそは沈め名をば沈めぬ」
義経を偲ぶ静かの霊。

静の生没は分からないらしいが静は白拍子だった。
義経とのめぐり逢いは、色々考え合はせれば十代だったのではないだろうか。
静は鎌倉で義経の子を出産した。男の子だった。
頼朝は向後を慮り静の子を鎌倉の海に沈めた。
鎌倉幕府の正史、吾妻鑑にあると云うから史実だろう。
恵まれた世に生きる今の人に、時代とは言え過酷な運命に従う
中世の弱い立場の女性像を能「二人静」は見せつける。http://junseikaisetsu.blog.fc2.com/blog-category-60.html

「二人静(ふたりしずか)」の詳しい解説はこちら
「黒塚(くろつか)」はこちら
「遊行柳(ゆぎょうやなぎ)」こちら

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