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09.29
Sat
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美ヶ原 2018年8月30日写す。以下同じ

美ケ原とは味な名、誰が名付けたのだろうとつくづく感じ入る。
同じ地名を持つ処は珍しくないが、美ヶ原の地名は他にあるだろうか、聞いたことがない。
名を聞いただけで行きたくなる。別天地の様な自然の風景が思い浮かぶから。
久し振りに行ったが人の手が入りすぎ多少ガッカリ。
だが人は時代に順応して生きて行かざるを得ないから仕方がないかと、思い複雑。
澄み切った空気に包まれ、美しい姿を見せてくれた花々が咲く場所が残されていたのは
有難かった。

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コケモモ(苔桃)ツツジ科

上に伸びず地に這う姿から苔桃だろうが可哀そうな名。
白い小さな可憐な花を咲かせ、ルビーに勝る艶やかな赤い実を結ぶ。
花や実に似合う名前は思いつかなかったのだろうか、などと勝手に。
昔は実を集めてジャムを作った。今は見つかったら大目玉だけでは済まないかも。
コケモモは高山植物。2000Mの美ヶ原は近代建物は立っていても高山だった。

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ヤマハハコ(山母子)キク科

テレビでよく見る孵化したばかりの小鳥の雛が兄妹争って、
黄色い口をいっぱいに開け、母鳥に餌をねだっているような。
きれいと云う概念から外れた不思議な“きれい”
可愛いというしか言葉が見当たらない。

山母子とは山に咲く母子草と云うのだろう。
母子草の仲間は平地から高山まで色々あるという。
感じとしてはそれぞれ似ていると思う。
だがこの花に母と子のイメージが浮かばない。
花の中に子はいても母がいない。
それなりの人に聞いても、図鑑を読んでも納得の行く説明がない。
ある説では母と子ではなく言葉の訛りが母子となったというが、
これにも頭を傾げる。母子と思い込んでいたし、母子の優しい
イメージを大事にしていたのにと。ちょっと裏切られた感じ。

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ハンゴンソウ(反魂草)キク科

何やらいわくありげな花。
冥土を黄泉とも云うらしい。
冥土には真っ黄色なハンゴンソウのような花が咲いているのだろうか。
昔、この花を焚いて死者の魂を冥土から呼び寄せたと云うのだろうか。
古代中国の孝武帝は反魂香を焚いて最愛の亡婦、李夫人の霊を呼び寄せた。

能「花筐」のクセで語られる。
曲舞として作られた「李夫人の曲舞」を「花筐」のクセに取り入れたという。
能の表現形式が光る舞。鳥肌が立つほどの衝撃が走る。

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ウメバチソウ(梅鉢草)ニシキギ科

純白の清楚な花。湿地でよく見かける。
この花に出会うと何かいい事がありそうな気がする。
江戸前期の学者、貝原益軒もお気に入りの花だったという。
家紋の梅鉢から付いた名だという。
昔は普通に親しまれた花だったのだろうか。
今は花屋はもちろん普通の家で植えているのを見たことがない。

昔は“花”と云えば桜を指した。皇居も置かれたという難波地方では
“花”は梅を指した。
能「弱法師(よろぼし)」では、
「おう、これなる籬の梅の花が、弱法師が袖に散りかかるとよ」と父親、
「うたてやな、難波津の春ならば、ただこの花と仰せあるべきに」と子。

弱法師はあだ名。若い盲目の男。よろめき歩くので弱法師と呼ばれた。
さる大身の息子であったが讒言により父に家を追い出され悲嘆の涙に、
盲目となり天王寺に拠って人の憐れみに縋る身となった。
盲目と云う悲惨な境涯を描く能。
唯一、生きるよすがとなる仏の教と杖。
天王寺の縁起を語るクセに仏に縋る盲目の哀れが滲む。
盲目の姿で彷徨う姿を生々しく描く“狂”が見どころ。
杖を効果的に使い盲目の哀れを見せる。
杖使いを探り杖と云い“心”の字を書くように使うという心得があるという。
景色も仏の教えも“心眼”で見るというように。

よろぼし
「出で入の、月を見ざれば明け暮れの、夜の境を得ぞ知らぬ」
盲目の身を嘆く弱法師

能「弱法師」の詳しい解説はこちら
「花筐」はこちら

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