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11.24
Sat


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多摩川 是政橋 2018年10月16日写す。以下同じ 

多摩川は東京、山梨、埼玉にまたがる奥秩父山塊から流れ下り東京湾に注ぐ大河。
玉川とも呼ばれ、変化に富んだ美しい川。
大都会を流れるが清流の魚、アユも泳いでいる。
玉川の名の川は全国に六ケ所あるそうだ。総称して六玉川。
いずれも名のある所を流れ玉のように美しということらしい。
是政橋は河口から37キロほどの地点にある大きな橋。
中央線、武蔵境から西部是政線で15分程、終点の是政駅近く。
広い河川敷は野球場、サッカー場など。土手はサイクリングロード、マラソンコース。
さらに色々な野草の花が咲く。

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柿 2018年16日写す

是政橋の300メールほどの上流に南武線の鉄橋があり鉄橋下の河川敷に
柿の木の大木が鎮座、毎年沢山実をつける。自然に勝手に生えたのだという。
色づくころを見計らって頂きに行くが手の届く下枝は毎年、子供達に先を越される。

♪カキに赤い花咲く、いつかのあの家、夢に帰るその庭、遥かな昔♪
柿を見ると口をついて出てくる。いつ覚えたのかおぼろおぼろ。
文部省唱歌だそうだから多分、姉や兄が歌っていたのだろう。
この歌のカキの花とは“柿”の花と信じていた。
田舎の我が家の庭の柿の花は地味で花とは思えない。
遥か遠くの家の柿の木には赤いきれいな花が咲くのだろうと信じていたのだ。
“柿”が“垣”だと気が付いたのはそう遠くない。
色づいた柿を見上げ口ずさみ思い出してニヤリ。

イングランド民謡に日本語の歌詞をつけた。文部省唱歌だそうだ。
讃美歌や欧米の民謡に日本の歌詞を作り歌うのがこの頃流行ったという。

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I名前はわからない。アブラナ科?
オヤ?と目を引いた。見慣れない花だっただけではない、
黄色が鮮やかでなきれいだったから。
外来の花と一目で分かる。外来種には興味がないが野山に野生化した花には
花壇の花にはない風情がある。
多摩川の土手には外来種の植物が多く見られる。
どうしてだろう?あちこち知っていそうな人に聞くが納得の答えを聞かない。
この花も一見して外来種だと思った。
種の鞘がグリンピースに似ていたので豆の種類かと思った。
割ってみると中に小さな種がビッシリ。
葉っぱのようすと合わせ考え、白菜や大根の仲間、アブラナ科かと。

この頃外国の観光客が急増した。外国の植物も日本が好きらしい。
繫殖力が凄まじい。
先ごろ亡くなった俳優の津川雅彦が“日本に生まれてきてよかった”と
よく云っていたそうだ。かく云う者の口癖でもある。

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ノブドウ(野葡萄)ブドウ科

花は地味できれいとは云い難いが実がきれい。
白、赤、青、紫の実が混じってついている。まるで宝石。
図鑑に食べられないとあるが毒だとは書いてない。
試しに食べてみようと思うが、冥土の実のようで気味悪くまだ試していない。

子供の頃、目にモノモライができるとお祖母ちゃんがノブドウノの茎の
樹液を目に吹きかけてくれた。母に報告すると“嫌だ!”と断れと叱られた。
だが不思議にすぐ治った。母の居ないのを見計らいお祖母ちゃんにありがとうと云った。

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バッタ (飛蝗虫)

動物は好きではないが昆虫は別。
大抵の人が毛嫌いするゴキブリも嫌いではない。
あめ色が艶やか、昆虫の中でキレイのランク入りだと思う。
バッタはバッタバッタと跳ねて飛ぶのが可愛い。
このバッタは草むらから現れジッとして逃げなかった。
早く写してと云わんばかりに。こちらの顔を見て親戚だと思ったのかもしれない。

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ススキ(薄)イネ科

土手の上から秋の花が咲きそうな場所の見当をつけ背丈を越すススキを
掻き分けて行ってみる。かなりの難行苦行だった。
目指す花は咲いてなかった。
ススキはきれいな花とは云い難いが昔から親しまれ歌にも詠われた花。
枯れてもしばらくは同じ姿。“生”に執着する姿に見えて、眺めていると寂しくなる。

能「清経」では夫、清経が入水した知らせに妻は
「人目を包む我が宿の、垣ほの薄吹く風の、声をも立てず忍び音に、
泣くのみなりし身なれども、今は誰をか憚りの」と嘆く。
源氏に追われ西国に下った夫を想いススキの靡くが如く忍び泣きに泣き暮らした。
夫は朝敵故に世を憚り忍び泣きに泣く外はなかったが今は何を憚ることがあろうかと
声を上げて泣くと謡う。

能「清経」は源氏に追われ西国に落ちて行く平家の悲哀を描いた能。
平清経は平清盛の横暴を常に諫めた清盛の嫡男、小松重盛の三男。
歴史に残る働きはないようだが父に似て優しい人だったのだろうか、
能、清経に名が残った。二番目の人気曲。

一場面の単式能だがシテの登場の前に夫、清経の入水自殺の報を受けた
妻の嘆きが子細に語られる。さながら前場のようだ。
「病の床の露と消えなば、力なしとも思うべきに、我と身を投げ給いぬれば、
もしは変らで同じ世に、廻りやあうと頼め置きし、言の葉までも今ははや偽り
なりける恨めしさよ」 
あの世までも一緒と嘗て交わした睦言の思い出も怒りに変わって行く。
「声をも立てず忍び音に泣くのみなりし身なれども、今は誰をか憚りの、
有明の月の夜ただとも何か忍ばん郭公、名をも隠さで泣く音かな」
妻の嘆きを余さず描く。

クセで清経が自殺を決意する経過が詳しく語られる。
「追手がおなる後の波、白鷺の群れいる松見れば、源氏の旗を靡かす
 多勢かと肝を消す」
源氏に追われ船に乗り逃げる。船尾が引く白い泡の航跡、松に群れる白鷺、
執拗に追う源氏の軍勢の白旗に見えたのだ。清経の錯乱状態が生々しく語られる。
「この世とても旅ぞかし、あら思い残さずや」
この世は輪廻の中の一つ、仏の教えを信じ、
「腰より横笛抜き出し、音もすみやかに吹き鳴らし、今様を謡い朗詠し」
と心を澄まし、
「南無阿弥陀仏弥陀仏」と唱え海の藻屑と消える。
無駄のない名文で綴られたクセは人気曲たる所以だろうか。
死は人にとって唯一の大事業。昔の人は仏の教えを信じ迷いも少なく死んで行った。
無信心の、その時の我が身を思うとゾッとする。

清経
「西に傾く月を見れば、いざや我も連れんと」
西にあるという極楽浄土に連れて行けと西に沈む月に祈る清経。

能「清経」の詳しい解説はこちら

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