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12.08
Sat
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高尾山山頂 2018年11月2日写す。以下同じ

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高尾山のシンボル、薬王院

JR高尾駅から裏高尾、城山を経て高尾山頂、京王線高尾駅まで歩いた。
かなりの距離。快晴の秋の空はどこまでも澄み渡り空気は清澄、
足が重くなるまではルンルン♪だった。

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ヤクシソウ(薬師草)キク科

真っ黄色の花をたわわにつけて豪華。摘み取ると白い乳が出る。
ウサギや馬の好物。子供の頃、馬の砂糖と呼んだ。
戦時中や戦後しばらくは砂糖は貴重品だった。
子供にとって砂糖はうまいものの象徴だった。
ウサギや馬が美味しそうにヤクシソウを食べるのを見て砂糖のように
美味しいのだろうと思って名付けたのだろう。
葉の形が薬師如来由来らしい。古い命名だろうか。
よく見かける花だが花のイメージと違うのか名前がなかなか覚えられない。

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センブリ(千振)リンドウ科

「女郎花咲きたる下に千振の生えたるを見てしばらく去らず」
土屋文明の歌だそうだ。 
よく知られた西行の歌「道の辺に清水流る楊蔭、暫しとてこそ立ちとまりけれ」
に似ている。
西行さんは、清水の流れる柳の木陰が涼しく心地よく少し休むつもりだったが
ついつい長居してしまった。
文明さんを釘付けにしたのは何んだろう?
満員電車の人の頭のように隙間なく咲くその見事さか
リンドウの10倍の苦みを思い出してか?

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 リンドウ リンドウ科

キキョウ、リンドウは秋を代表する身近な花。
このところ野山のキキョウが見られなくなった。
派手に綺麗な姿のキキョウは誰もが好きだから仕方がない。
キキョウに比べリンドウは少々地味。
“オヤ、リンドウさん無事だったの?と声を掛けてしまった。
山の一人歩きは自閉症もどき、心に浮かんだことをぶつぶつと独り言。
奥山の草むらにひっそりと咲いているのを見るとこちらに何かを話しかけて
いるようで、ついつい声を掛けてしまう。
人けのない山道を歩いていると草や木などと同類になったような錯覚?幻想?
に陥るのだろう。

能「雪」では旅の僧が俄かに降り積もった雪に道を見失い茫然と立ち尽くす。
「さて困った。誰か現れて教えてくれないかな」と坊さんが独り言。
雪の精が現れる。あなたは誰ですか?と坊さん
「誰とはいかで白雪のただおのづから現れたり」と雪の女。
自分が誰か分からない、自然に現れたという。
雪の女は僧の幻想だった。

雪の女は、ただ自然にこの世に現れ己が誰とも分からない、この深い迷いを
仏の功徳で助けて欲しいと懇願し静かに舞を舞い消えうせる。
能の重要な型の一つでもある“足拍子”は音を盗んで踏む。“雪踏の拍子”と云う。
雪は極めて小品の曲だが白一色の清らかな能。
心の負担のない幻想的な世界に浸って過去の思い出と重ねて観る、
このような能もまたいい。

雪
能「雪」
能に「江口」という曲がある。その昔、大阪の淀川河口にあった江口の遊郭の
遊女の物語。
シテの江口の遊女は「しかるに我らたまたま受け難き人身を受けたりといえども、
罪業深き身と生まれ」と謡う。
この世に生を受けることは稀なことだが生まれながらにして罪深い身として
生まれてきたという。仏教では女は罪深いと説かれているという、遊女の身として
の思いは猶更であろう。
仏の慈悲は深く広くあまねく善悪を超えて衆生を救うと云う。
再び現れた遊女の霊は普賢菩薩に変身してその尊い姿を見せ西の空に消える。
「江口の君」伝説に取材したという。
今でも「江口の君」の伝説はこの地方に残っている。
能「雪」は「江口」のように徹底して仏教の哲理は述べないが淡々と仏の慈悲を
語る。敬虔な仏教徒だった昔の人は、また「江口」のような世界にも思いを
馳せ観たのではないだろうか。

増女1
「江口」後シテの使用面「増女(ぞうおんな)」端正にして品位があり神格を表わす面

能「雪」の詳しい解説はこちら
「江口」はこちら


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