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04.02
Tue
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ショウジョウバカマ(猩々袴)シュロソウ科 福島産 2019年3月16日写す

三月に入りややしばらくして寒気が去った。
やれやれとボケ~っとネズミの額の庭に目をやったら梅の木の根元に
何やら薄紫の小さな丸いものが見えた。飴の包み紙ではなそうだ。
急いで行ってみたらショウジョウバカマだった。
ビックリ仰天、お目眼パチクリ、生涯になかった満眼!
植えて翌年片輪のみすぼらしい花が咲いたっきり以来、頑固に咲かなかった。
“オレは世を厭い、人も訪いこぬ山里に隠棲していたのだ、誘拐とは許せぬ”
と言わんばかりに。

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二番目に顔を出した鉢植え。

ショウジョウバカマは里山から亜高山まで咲く花。
東北地方や亜高山では雪解けの中から咲き出す。雪割草の異名もあるという。
里山では木漏れ日の中に咲いている。
紫外線嫌いのお嬢様育ちには町中の直射日光や照り返しがきついのだろう。
昨年初夏に木の葉を被せ頻繁に余分の水を撒いた。
その甲斐ありかどうかは分からないがきれいな姿を見せてくれた。

余りに嬉しかったのでインドのガンジス河畔の売店から勧請(ニヤリ笑)した
観音様にお供えした。
余談だが観音様のお値段、いや勧請のお布施は日本円で50数円だった。
当時、円の価値はインドの通貨の30倍、50数円はインドの通貨の
1500円~1700円に相当した。

猩々装束
能「猩々」の面と装束

ショウジョウバカマの猩々は中国の古い伝説上の妖精。
伝説は日本に伝わったが中国の伝説はそっちのけ、日本の河童以上の
哀れな話になった。
猩々を、幸せを招く妖精に描いたのは能「猩々」の功績だろう。
揚子江に住む酒好きの妖精に描く。カシラと呼ぶ頭髪も面も装束も全て真っ赤。
赤は幸せと酔態を表わす。
ショウジョウバカマは細長い葉っぱを十枚ほど地面に傘のように広げ秋に紅葉する。
葉っぱの広がりと紅葉の赤を能「猩々」の真っ赤な袴に見立てた命名だという。
さほど真っ赤に紅葉する訳ではないが名付け親は能の愛好者だったのだろう。

一時代前といえば叱られるかも知れないが政治家、文人などの知識階級の人達は
能の愛好者が多かった。夏目漱石は“能を観ながらの居眠りは至福の極み”
というような意味の言葉を発したとか。謡も習っていた。
稽古場の下で立ち聞きした人が重量感のある美声に聞きほれ流石漱石と感じ入って
いると続いて、甘ったれ坊主の駄々捏ね声が聞こえた。漱石の声だった。
三島由紀夫は能を題材にした小説を書き、瀬戸内晴美(寂聴)は新作能を作った。

扇
青海波の扇面

青海波は舞扇の文様や能「猩々」の袴の模様に用い、目出度さの象徴とする。
能「高砂」では住吉明神が「げに様々の舞姫の、声も澄むなり住之江の松影も
映るなる、青海波とはこれやらん」と目出度さを舞う。
青海波は寿福の象徴なのだろう。
能「猩々」は波がキーワード。酒に酔った猩々が揚子江の川波に戯れ酔態の
舞を見せる。物語は至って簡単。親孝行の男、高風に褒美として猩々が
いくら汲んでも尽きない酒の樽を授けるというもの。舞を見せるのが主眼の能。

乱2
能「猩々」の小書き「乱(みだれ)}
酔いに任せ、揚子江の川波に戯れ舞い遊ぶ猩々

猩々は下り端(さがりは)と呼ばれる出囃子で明るく浮きやかに登場する。
自己紹介も登場の理由も述べず、いきなり舞い始め終曲まで舞ずくめ。
休むことがない。
“老いせぬや薬の名をも菊の水” 菊の水つまり酒は不老長寿の薬、と謡う。
飲兵衛は奥さんに苦言を頂く。その際“薬の名をも菊の水”と言い訳に
使ったらどうだろう。

猩々の酔態を更に面白くした小書(特殊演出)に「乱(みだれ)」がある。
猩々の曲中に舞う「中ノ舞」を「乱」と呼ぶ舞に替える。祝言色も更に上がる。
いかにも酔ったと言わんばかりの緩急ある囃しに乗って、ある時は足元よろよろと、
ある時は波を蹴立て戯れ、酔態の様を秘技を尽して舞う。技術的にも至難の舞。
いつの頃からか曲名も「乱」と独立の曲として呼ばれるようになった。

能「猩々」の詳しい解説はこちら

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