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08.25
Sun

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深大寺 令和元年8月16日写す以下同じ

深大寺は奈良時代創建の古刹。ダルマ市で知られている。
新宿から京王線とバスで、または中央線、吉祥寺か三鷹駅からバスで30分程。
深大寺ソバでも知られ門前に蕎麦屋が軒を連ね賑わう。
神代植物公園、水性植物園、農業高校実習園、深大寺が隣接、広大な自然が広がる。
うってつけの憩いの地。

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深大水性植物園

水性植物園は深大寺のすぐ近く。ダラダラ坂を十数分下りた所。
湿地を水性植物園にしたらしい。菖蒲園と小さな田んぼがありこの二か所だけ
手入れしてあり園の大部分がほったらかし状態。
植物園になる前の湿地に元々生えていたらしい水辺の植物が我が物顔で
蔓延っていて以前植えたらしい割と珍しい水性植物の生き残りがチラホラ。
人の手の入らない湿地に近いのが気に入って四季折々訪ねる。
入園料無料。カップルなど色々の人のお気に入りらしく結構な数の入園者。

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ミソハギ(溝萩、禊萩)ハギ科

今は花の端境期、期待無しに行ったので息を飲む程と云えば大げさだが
“やったー!”と叫びたくなった。
旧盆の頃に花盛り。昔は盆花にしたそうだ。今はお盆の花は花屋で買う。
ミソハギの受難は遥か昔の話だと云うかのように嬉々と咲いていた。
名前の由来がそのものピタリ。花の感じが萩に似ていて溝など水辺に咲くので溝萩。
又は水辺のミソハギを手折って水に入り幣の代わりにして穢れを払ったので禊萩だそうだ。昔は普通の人も禊をしたのだろう。

インドのガンジス川は聖なる河。インドの人々はこの河で沐浴するのが夢だそうだ。
人々の生活廃棄物をも運ぶのだろう河はどんよりと鈍色に流れるが人々は厭う心の
片鱗もなく嬉々と川入る。
日本人を代表して夢の沐浴をした。沐浴の人達の真似をして両手に水を掬い上げて
差し上げ“オーラ”と神に捧げ頭のてっぺんからかぶる、を十数回繰り返した。
一緒のツアーの人達は顔をしかめて近寄らなかった。
己一人ホテルに帰るバスの中でも気分爽快だった。

バリ島の人達も沐浴は日課。昔は男も女も老も若きも一緒に沐浴したそうだ。
インドネシア大統領の第三夫人になった日本人の女性が沐浴は男女別、女性の
沐浴場を道から見えない川の上流にした。
当時女性は上半身裸だった。夫人の命でブラジャーを着用が義務づけられた。
バリに移住した京都出身の人に聞いた話で真偽の程は自信がない。
バリの女性のブラジャーはファッションのように見えた。
形も色も色とりどりで華麗だった。

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コガマ(小蒲) ガマ科

小型のガマで形が面白い。まるでフランクフルトソーセージ。
数年前コップにさして机に飾った。
数日後、外出から帰ったら机一面に綿毛が散り敷いていた。
種が弾けたのだった。そんな事とは全く知らなかったのでビックリ仰天!
童謡の“大黒様の云う通り、きれいな水で身を洗い、ガマの穂綿にくるまれば、ウサギはもとの白ウサギ”の意味に頭を傾げ続けていた。フランクフルトの爆発で疑問氷解。

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ハス(蓮) スイレン科

残念ながらつぼみだった。開いたのは見つからなかった。
蓮は有難い花。仏様は蓮の花の台座に鎮座まします。
「蓮の葉の、濁りに染まぬ心もて、などかは露を玉と欺く」
僧正遍照の歌だそうだ。
白居易は楊貴妃の美貌を長恨歌で“太液の芙蓉の紅”と詠った。
能「楊貴妃」で謡われる。(芙蓉は蓮の古名、今の芙蓉は木芙蓉、太液は中国王朝の庭に池)
有難く聖なるの花なのに根っこの蓮根を浮世の人間がたべる。
蓮根は本当は根ではなく地下茎、仏様の台座の胴体を食べているのだ。
仏様を蹂躙しているのと同じことの様におもわれても仕方がない。
子供の頃、父親が“南無阿弥陀仏”と唱えて食べろと云った。
子供には変な味だったが極楽に行ける食べ物だと我慢して食べた。
父親の冗談を信じて。

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コウホネ(河骨) スイレン科

根っこ(地下茎)が白く白骨に似ているので河骨だという。
気味悪いが水面下の泥の中だから見えない。
尾瀬の池塘には、オゼコウホネが咲く。きれいで、夏が来れば思い出す♪水芭蕉
など比べ物にならない。

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オグルマ(小車) キク科

田んぼの畔や湿地に咲く花で何処にでもありそうだがそう多くはないらしい。
茶会や生け花に古くから使われた花だという。
オグルマの花を車の車輪に例えた。
昔から車は大事な必需品だった。
小野小町に言い寄った深草少将に小町は牛車(当時の乗用車)の車庫に100日
通えばオーケーしてもいいという。少将は風雪を厭わず通った。99日目の夜、
少将は頓死してしまった。
小町は車に通えと云った。車がいかに大事な物だったか窺い知られる。

恋の恨みは女性専用だと昔から思われてきたようだ。
今の世でも結婚式に花嫁は角隠しをする。
能「鉄輪」「葵上」の主人公は女性で恐ろしい形相。
角を生やし口は耳まで裂けた鬼になって現れる。
心変わりの男や恋敵を取り殺そうとするが僧や呪術師に祈り伏せられる。悲しさ億兆。
男の嫉妬は陰険。女をヤキモチの火種にならないよう家の中に奥深く隔離した。
まちがいがあったら有無を言わせず “成敗”映画などでよく見る。

横暴な男達と違い深草少将は優しい男だったに違いない。
隠忍を重ね小町の許に通い続けた。しかも裸足で。
「山城の木幡の里に馬はあれども、君を想えば徒跣」
馬に乗るな、裸足で歩けと小町が要求したのだろうか。
「さてその姿は、笠に蓑、身の憂世とや竹の杖、雪には、袖を打ち払う、
雨の夜は、鬼一口も恐ろしや、たまたま曇らぬ時だにも、身一人に降る涙の雨か」
笠を被り蓑を着、漆黒の闇や悪路には盲人並みに杖を突き、鬼の出現に怯えて。
当時の人は暗闇の夜の一人歩きは鬼に襲われると信じていた。
苦しさと恋しさで雨も降らないのに涙で濡れながら通った。
能「通小町」で少将の哀れな姿を無情にも容赦なくこう謡う。
少将の小町への想いははんぱではなかった。
「煩悩の犬となって、打たるるとも離れじ」

通小町
「あ~ら、暗の夜や、、、」闇夜の中、風に笠を吹き飛ばされ手探りで探す深草少将

能「通小町(かよいこまち)」の詳しい解説はこちら


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