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09.14
Sat
野川公園はJR武蔵境駅から西部是政線で10分程、新小金井駅から
徒歩10分の都立公園。東の端に清流、野川が流れている。
昔、キリスト教大学のゴルフ場だったとか。
知る人ぞ知る憩いの場、訪れる人は近辺の人達だったがこの頃
遠くからのお客もボチボチ増えてきた。
自然観察園と呼ぶのがあり珍しい花は少ないが気晴らしにちょくちょく見に行く。
入園料無料

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野川(のがわ) 令和元年8月29日写す。以下同じ

親子が網で獲物を夢中で追いかけまわしていた。戦果はバケツの中。
覗いたら小魚とザリガニが数匹泳いでいた。
小川には数種の水鳥がいて水草を食べ、小魚を漁っている。釣り人も出没する。

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ヒオウギ(檜扇)アヤメ科

鮮やかなオレンジ色に黒っぽい斑点。なんでわざわざ斑点?
この世の物は全て神様の作品、人智では計れない、下世話にはアバタもエクボ、
などと云いたくなる花。よくよく見ると斑点がオレンジ色を浮き立たせている。

扇は竹の骨に紙や布を貼ったものだが昔の扇はヒノキを薄く削った板だった。
ヒオウギの葉が似ているので付けた名だそうだ。
昔はヌバタマとも言ったという。ヌバタマは闇の枕詞。花びらの黒点を闇夜の星に
見立てたのかも知れない。驚く感性。昔は多くの事象が解明されていなかった。
人々は余計な知識を持たなかったその分、鋭い感受性を持っていたのだろうか。

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ガガイモ(蘿藦)ガガイモ科

畑の縁やヤブに蔓を伸ばし毛の生えた可笑しな、不思議な花を咲かせる。
可笑しな不思議な花といったら神様の罰があたるかも知れない。
人智では計れない、ガガイモには不可欠な物を神は与えたのかも知れない。
若芽は摘むと牛乳のような汁が出て気持ち悪いが茹でて美味しい。
根も食べられるそうだ。

実は変わった舟形。少彦名(すくなひこ)の神が乗ってやって来たそうだ。
少彦名は小さい神様だったそうだがそれにしてもガガイモの船で荒波航海は
常識的に無理、転覆は必定。
神話はあり得ない物語で人の心を膨らませ何かを暗示している、などと
ヘンチョコな説でガガイモの実を弁護したくなる。

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ワルナスビ(悪茄子) ナス科

野川公園、隣の武蔵野公園に蔓延っている。北アメリカ原産だそうだ。
きれいな花なのに悪ナスビの名は可哀そう。
外来のもので、蔓延る植物は目の敵にされる。
仕方ないが他の外来の植物の様に在来の植物を駆逐して蔓延るという
程でもない。外来種というだけでついつい色眼鏡で見てしまう。

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センニンソウ(仙人草) キンポウゲ科

草や木に遠慮会釈なく絡みつく無礼な奴。真っ白な花を豪華に咲かせるから
マ、許せる。実も凝った細工。白い綿毛が実を覆っている。仙人の髭の様、
が名の由来だという。

懇意にしていた“花爺”と自称していた人がいた。
ボロ車に乗せて秋川から奥多摩あたりの野草の花を見るドライブをした。
センニンソウを見つけて庭に植えたいという。
珍しくも花なのでエッ、と驚いたが無断で頂いて庭に植えてあげた。
翌年、豪華な純白の花を咲かせた。
“花爺”の満面の笑顔、得意顔が忘れられない。
右に釣り竿、左に鯛を抱かせてスマホでパチリと撮っておけばよかったと。

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ゲンノショウコ(現の証拠)フウロソウ科

オヤ?と。花は小さいが鮮やかな赤がきれいだったから。
東日本のゲンノショウコの花は色が薄くボケた薄紫の筋がある。
あまりきれいではないゲンノショウコの花を見慣れていた。
西日本の花は赤いという。見たことがなかったのでビックリ。
誰かが植えたという様子ではなかった。
ゲンノショウコはお腹の妙薬。飲んだ途端、薬効が現れる。故に“現の証拠”

田舎のおばあちゃんは医者嫌いだった。ゲンノショウコ、ドクダミ、ネズミモチ
など民間薬の薬草を常用していた。
“だから健康で若々しいンだ”と云い聞かせられた。
婆ちゃん子だったので薬草を折に触れ飲まされた。
おばあちゃんは若いころ“今小町”と近所の人にお世辞を言われたとか。
小町とは小野小町、平安初期の歌人、才女。
おばあちゃんは若いころ美人だったらしい。
爺ちゃんは醜男と云うのは可哀そうだが小男で風采の上がらない人。
なんでこの爺さんが美人を?と疑いたくなるが、神様のご配慮、神様は公平なのだ。
おばあちゃんは美人でちやほやされたせいか鼻っ柱が強かった。
本物の小野小町もそうだったと言い伝えられているという。

小野の小町は不世出の超美人。美人故のヤッカミか、ひどい伝説が多いらしい。
能の「卒塔婆小町」は何と百歳に一歳欠ける乞食の婆さん小町。
老いという外観的な“醜”を見せながら九十九歳の生涯で磨いた
老いの“美”を見せる能とでも云いたい能。

婆さん小町は杖に縋りよろよろと登場、朽ち果てた卒塔婆に腰かける。
通りかかった高野山の坊さん、仏体を刻んだ卒塔婆に腰かけるとは
とんでもない婆さんだと立ち退かせようとする。
高野山の高僧と乞食婆さん小町の仏説論争が白熱する。
高度な仏教哲学の理解は難しく仕方ないが雰囲気の風圧が痛快に迫る。
いきなり深草の少将の霊が憑く。老女の姿のまま深草の少将に変身する。
唖然とする演出、底気味悪さが身震いを誘う。
装束を改め舞う“百夜通い”の見せ場が圧巻。

卒塔婆問答は形骸化した仏教への批判にも思え、考えさせられる。

通小町2
「胸、苦しやと悲しみて、一夜を待たで死したりし、深草の少将の怨念が憑き添いて」
深草の少将が憑き「百夜通い」の少将の苦しみを見せる小町。2025年6月所演

能「卒塔婆小町」の詳しい解説はこちら

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