FC2ブログ
11.02
Sat
IMG_7354.jpg
イヌキクイモ(犬菊芋) キク科 令和1年10月5日写す。以下同じ

ヒマワリの親戚だそうだ。
イヌキクイモの名の由来は犬の菊芋、つまり役に立たない菊芋という意味だという。
子供の頃、喧嘩してバカヤローの代わりに、
“天保、八厘、犬の糞(テンポウ、ハチリン、イヌノクソ)”と相手を罵った。
天保は江戸後期の天保の改革、八厘は一銭に二厘足りない(頭が足りない)、
犬の糞は役に立たないと云う意味だと後で聞いた。
子供に意味など解る訳がない、ただ怒鳴っていた。

菊芋の根茎は太く美味しいそうだ。二次大戦の戦中、戦後の食料難を助けたという。
犬菊芋と菊芋は外見はそっくりで見分けがつかない。
キクイモの根茎は大きく犬キクイモは小さい。
犬キクイモの根茎は不味いがキクイモの根茎が美味いと聞いていたので
食べてみようとあちこち探しまわり掘ってみたが全部イヌキクイモだった。
かなり前からキクイモは滅多に見られなくなったと後で知った。
キクイモはイヌキクイモに駆逐されたという。
キクイモも犬キクイモも北アメリカ原産。
つまり南北戦争以初めて、アメリカ内戦というわけ。
などと云うと例の大統領にツイッターで叱られるかも、などと冗談も出る程
面白い事例だと思う。

IMG_7363.jpg
ネコ

河川敷の藪の中に人の踏み跡の小道が出来ていた。
たぶん釣り人の踏み跡だろうと辿って行った。
途中、道は二又に別れ一方の道の奥にブルーシートの小屋が見えた。
小屋の前に猫が二匹寝転んでいた。近づいても逃げない。
ここは隣近所もない河川敷の一軒家。ネコは人間が珍しいのだろう
ジット見つめて逃げなかった。
河原に出て引き返す途中、中年のおばさんに出会った。
ふり返ったら猫と一緒に小屋の中に消えた。

IMG_7362.jpg
筌(うけ又はうえ) 
海や川に沈めて魚を捕る罠

多摩川の堤防のすぐ下を堤防に沿うように散歩やジョギング、サイクリング用の
小道が作られている。多摩川本流に流れ込む小川があり橋が架かっている。
橋の欄干にビニールのヒモがぶら下がっていた。「何だろう」と引き上げて見たら筌だった。
だいぶ前に沈めた様で底には泥、周りにはヌルヌルのノリのようなものが
こびりついていた。
4、5センチほどの鮒が一匹入っていた。
痩せ細り、五回跳ねて力尽きたのか尻尾を振るわすだけ。
まばたきもしないでジット汚い人間の顔(オレの事)を見つめていた。
食べても美味しくないよ、だから助けてと云っているようだった。

“行く春や、鳥啼き魚の目は泪”
芭蕉は持病を押して「奥の細道」に旅立ったそうだ。
決死の覚悟だったと何かで読んだことがある。
何やら芭蕉の境遇に似ているナと“芭蕉フナ君、元気に大きくなれよ!”と放してやった。
フナ君、お礼も言わず何処ともなく泳ぎ去った。
“由良の湊の釣り船は、魚を得て筌を捨つ”能「放下僧」の一節を謡って筌の持主の
言い訳にした。
(まばたきもしないで見つめていたと書いたが、魚には瞼はないですよネ、
まばたきする訳ないですよネ)

IMG_7356.jpg
ヒガンバナ(彼岸花) ヒガンバナ科

群生もあったが川面を眺めるように咲いていた一群れがきれいだった。
ヒガンバナの球根には毒がある。
昔は飢饉が頻発して餓死者が珍しくなかった。
ヒガンバナの球根も毒抜きして食べたそうだ。
切羽詰まった人間の知恵だろうが、食べ物が溢れている今の世でも
人間はフグや栃の実など毒の物をたべる。人間は凄まじく獰猛な動物。
牛や馬など草食動物は厚い唇で毒草を感知して食べない。
人間は経験でしか毒を判別出来ない悲しい動物ではある。

ヒガンバナは華やかできれいだが庭に植えているのを見たことがない。
彼岸花の名前から縁起が悪いと敬遠されるからだろうか。
彼岸は三途の川の向うつまりあの世のことだそうだ。
三瀬川とも云うらしい。三途の川には三つの瀬があり亡者の生前の行いに
拠って善い行いの人は橋を渡り、まあまあの人は浅瀬、悪い奴は激流の瀬。
己の来し方を思うと背筋がゾクッとする(苦笑)
今の人は信じる人は少ないだろうが昔の人には深刻だった。
能「砧(きぬた)」で、邪淫の罪で地獄に落ちた苦しみをシテ女は、
「三瀬川、しづみ果てにし泡沫の、あわれはかなき身の行方かな」と謡う。
人生第一の大事は昔も今も男と女の間のことだろう。能に取り上げた作品は多い。
中でもその的確な描写は「砧」が抜きんでている。

九州芦屋の某は訴訟で在京三年、故郷が気に掛かり侍女を芦屋に帰す。
侍女の都での様子を聞き妻は夫への思いをつのらせる。妻は故事を思い出す。 
前漢の武将、蘇武が匈奴の地に抑留され19年の間帰らなかった。
妻は夫を想うあまり高楼に登り砧を打つ。
万里の果ての蘇武が夢に妻の打つ砧の音が聞こえたと云うのだ。

妻と侍女は賤しき者の業である砧を打つ。
千、万もの砧の音で我が想いを夫に伝えようと打つ。
“砧の音、夜嵐、悲しみの声、虫の音、交りて落つる露、涙。いずれ砧の音やらん”
恋い慕う者への思慕をこれほどまでに痛切に描いたものはないと思える程の感動。

この年の暮れに帰郷の筈であった夫が帰らないと知らせが届く。
失意のあまり妻は病を得て亡くなる。

訴訟、事終わり夫は帰省する。
「無慙やな三年過ぎぬる事を怨み、引き別れにし妻琴の、終に別れとなりけるかや」
夫の悔恨も深い。夫は梓の弓を引かせ、妻の霊を呼ぶ。
現れた妻の亡霊は夫の不実を責め立てる。その姿が凄まじく遂には空しい。

砧
“露、涙、ほろほろはらはら、いずれ砧の音やらん”砧を打つ妻と侍女


IMG_7366.jpg
台風19号後のおばさんの家の跡
令和1年10月26日写す。以下同じ
 
野球場やサッカー場などの施設も跡形もなく消えていた。
猫とおばさんの家も跡形もなかった。無事に逃げ得ただろうか。
知る限りでは、おばさんの家のある所からやや下流におじさんの家があった。
対岸にも一軒、無惨すぎて見るに忍びなく確かめに行かなかった。

IMG_7369.jpg
筌の紐

筌を吊るしていた紐は切れて筌はなかった。
中に捕まっていたフナは放していなければ筌もろとも砂に埋もれ死んだかも知れない。
オレはお前の命の恩人だぞ、そのうち背中に乗せて竜宮城に案内して頂かないとネ、
と呼び掛けたが返事はなかった。たぶん何処ぞで元気に泳いでいるだろうと思う。

能「砧」の詳しい解説はこちらこちら
 「放下僧」はこちら こちら     


≪東京金剛会例会のご案内≫

日時 令和元年11月16日(土)午後1時半開演
会場 国立能楽堂 渋谷区千駄ヶ谷4-18-1 ☎03-3423-1331

演目
能  自然居士(じねんこじ)
    人買いに連れ去られた幼子を、命を懸けて救う熱血宗教家の物語。
    数々の舞を見せる芸尽くしの能
狂言 酢薑(すはじかみ)
    秀句(掛詞、縁語、語呂合わせを使った洒落の句)が面白い。
    今時の“お笑い”には無い高級な笑い。
能  黒塚(くろづか)
    安達ケ原の一軒家に宿を借りた僧一行。情け深い女主は糸繰車を繰りつつ人の世の苦しみ、
    優雅な糸繰唄唄う。女は僧一行を暖めようと裏山に薪を取りに行くと云い閨を見るなと念を押す。
    閨に屍累々、女は鬼だった。約束を破られた女は鬼の正体を現し僧一行に襲いかかる。

連絡先  東京金剛会事務局(山田方) 山田純夫
武蔵野市境南町 5-3-17 ☎0422-32-2796

comment 0
コメント
管理者にだけ表示を許可する
 
back-to-top