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11.17
Sun
我が家の庭は猫の額と云うと猫から文句が出る程狭いが結構色々な花が咲く。
今年の気候は異常だったのだろう花がきれいに咲かなかった。
植物は気候に敏感らしい。人間など及びもつかない。
去年の花を懐かしむことにした。

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タカサゴユリ(高砂百合)ユリ科
2018年8月写す

植えた訳ではないのに突然現れた。百合は根の鱗片で繁殖するが高砂百合は
実をつけ種で繁殖するそうだ。何かに混ざって侵入したのだろう。
藪や畑のまわりにはびこり珍しい花ではない。花は白く鉄砲百合にそっくり。
花弁の外側に汚れのような赤い染みのような色が薄っすらとあるのが普通だが
不法侵入罪でネズミ額の主に処刑されるのを恐れてか、高砂百合特有のシミがなく
テッポウユリに似た純白の花で気に入っている。

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イワギボウシ(岩擬宝珠)ユリ科
2018年8月写す

岩にへばりつくように咲く小型のギボウシ。
可愛いので花が咲くとインドで買った観音様にお供えする。
観音様は日本円で70円。当時インドの通貨の価値は三十分の一程だった。

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シマトウガラシ(島唐辛子) ナス科
2018年9月写す

シマトウガラシの呼び名が本名かどうかは知らない。
南西諸島の人達はこうよんでいる。普段は“こしょう(胡椒)と呼ぶ。
実は小さいが猛烈に辛い。普通の唐辛子は一年草だが島唐辛子は木で
冬も枯れない。鉢植えにして寒くなると部屋に取り入れる。
南西諸島の人達は刺身をトウガラシで食べる。
生活がグローバル化された昨今、若い人はワサビで食べるらしいが。

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マルバルコウソウ(丸葉褸紅草)ヒルガオ科
2018年9月写す

六、七年前、親子ほども年下の友達がいた。
同じ趣味で気が合い友達になったのだと一方的に思っている。
荻窪駅から程遠い六畳一間のアパートに住んでいた。
博多の出身で玄界灘ナベなる怪しげな創作ナベを作って飲んだ。
飲み過ぎで時間を忘れ終電に間に逢わなかった。
翌朝、二日酔いの帰り道に、荻窪駅近くの垣根に絡まってルコウソウが咲いていた。
初めて見た花だった。酔眼にも鮮やかで気に入り無断で種を頂いてネズミの
額に蒔いておいた。すっかり忘れていたがいつの間にか芽を出し花を咲かせた。
それから二年程、博多から手紙が届き写真が同封してあった。
博多に帰り結婚して女の子の親になったと。
   
南アメリカ原産だそうだ。南アメリカの花は派手な花が多いのに
信じられない可愛さ。

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ダイモンジソウ(大文字草)ユキノシタ科
2018年10月写す

“大”の字の形に咲くから大文字草だという。
つまらない名前。誰も文句を云わないから不思議。
可愛い花になのに。色々夢のある名が浮かぶ筈、あまりにも可愛そう。

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ヘチマ(糸瓜) ウリ科
2018年10月写す

野菜の花は色が鮮やかできれいなものが多い。
ヘチマもご多分に漏れず豪華できれい。
ヘチマはタワシの材料だが南西諸島の人達には料理の材料。
沖縄ではナーベラと呼ぶ。不思議な食感でこの世の物とも思えぬ美味しさ。
沖縄に不思議は縁で親戚同様の知人が数人いる。ちょいちょい訪ねる。
ナーベラを食べさせていただくのが楽しみだ。
最近ネズミの額にも植え秋の収穫を楽しみにしているが今年は台風19号奴
にやられてしまった。

糸瓜が本名らしい。完熟してタワシに使うヘチマは繊維の糸巻のようだからだろうか。
茎を切り滴る樹液、糸瓜水を採り化粧水にした。姉が愛用していた。
姉とはかなり年が離れていた。その所為か可愛がってくれた。
姉に“だから姉ちゃんは瓜実顔なんだネ”とお世辞をいった。
瓜実顔がどんな顔なのか知る訳なかったが。
ヘチマは通称ト瓜。“ト”はイロハでへとチの間にあるのでヘチ間。ホヘトチリヌル。
大正から昭和初期、こうしたトンチが流行ったそうだ。

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リュウノウギク(竜脳菊) キク科
2018年10月写す

菊は日本の国花。日本を象徴する花。
菊は中国なら渡来したという説が定着しているという。
ほんとうだろうか?日本の山や野原、海岸も赤や黄色、紫、白、とりどり、
大小の野生の菊が咲いている。

日本の学者は物のルーツの多くを外国からの渡来だとする説を立てる。
日本人の國家意識が乏しく外国コンプレックスは仕方がないか。
外国では国旗が溢れているが日本では日の丸を見るのは祝祭日の官公庁などや、
せいぜいスポーツの国際試合の時くらい。こんな時だけ日本人になる。
うっかり家の外に日の丸を立てたら白い目で見られる。

菊は日本人にとって特別な花でもある。国花であり皇室の紋所でもある。
告別式には菊の献花に覆われた祭壇に遺影が微笑む。
目出度い花でもある。陰暦、九月九日重陽の節句の菊の宴、着せ綿などがあった。
“菊の盃”があり酒とも縁が深い。
能「枕慈童」では菊の葉から滴り落ちる露が美酒に変じ、これを飲んで七百年の
齢を保った少年が描かれる。

中国古代の王、穆王の枕を誤って跨いだ少年、慈童は不敬の罪で死罪になる所を
穆王の温情で減刑、深山に流される。
穆王は慈童に仏徳を賛美する詩句、偈を書いた枕を授ける。
慈童は配所に咲きほこる菊の葉に偈を書きつける。
偈を書き付けた菊の葉に置いた露が霊酒となり慈童はこの霊酒を飲んで少年のまま
七百年、生きつづけた。

異国情緒の旋律“楽”と穆王の聖徳と枕の徳を賛美するノリのよい舞が楽しい。
深山に流されたという悲哀は全くなく、祝言色に満ちた楽しい曲。

曲趣の同じ曲に「猩々」がある。
孝行者の高風に揚子江に住む妖精、猩々が褒美に汲めども尽きない酒壺を与える。
酒好きの猩々が酔いに任せ、揚子江の波に戯れ舞う舞が楽しい。
「薬の名をも菊の水」と謡う。酒好きには、げにもげにもではある。
酔って揚子江の波に戯れ舞う舞を更に強調した特殊演出、小書に「乱(みだれ)」がある。
技術的に難曲であり能楽師の潜らなければならない関門の三つの内の一つでもある。

「枕慈童」も「猩々」も菊を謡い、題材は中国の説話でもある。
二次大戦前の知識人は能の愛好者が多かった。
菊の中国渡来説はこの二曲からの説であり、菊は中国渡来ではないと信じる事にしている。

乱3
揚子江の波に戯れ舞う猩々

能「枕慈童」の詳しい解説はこちら
 「猩々」はこちら

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