FC2ブログ
10.13
Sat
西横岳は北八ケ岳連山のピークの一つ。標高2500m弱の山
麓の蓼科高原からロープウェイが頂上近くまで運んでくれる。
季節にはロープウェイの終点から少し登ると高山植物が結構見られる。
今回は山の夏は既に終わり、花はほとんど終わっていた。


IMG_6082.jpg
西横岳頂上近くの景色 2018年8月31日写す。以下同じ
 
雨、風、ガス、寒くて頂上は諦め引き返した。
下界の猛暑にうっかり長袖を忘れたのが運の尽きだった。

IMG_6075.jpg
キンロバイ(金露梅) バラ科

鮮やかな黄金色、梅の花の形に咲くからが名の由来だという。
金と梅は納得だが露は何?色々図鑑を調べても“露”は露ほども記述がない。
勝手に解釈してもいいと云うのだろうか。
露は僅かとか儚いなどの意味に使われると辞書にある。
露の間、露の情け、露の命等々だが金露梅の露には遠いように思う。
「蓮葉の濁りにしまぬ心もて、などかは露を玉と欺く」
古今集、僧正遍照の歌だそうだ。
金露梅の露も遍照の歌の意味と云うことだろか。

IMG_6077.jpg
クロマメノキ(黒豆の木)ツツジ科

6月~7月にチョウチンのような小さな可愛い花を咲かせる。
実は見るからに美味しそう。見かけに違わず甘酸っぱく美味しい。
土地の人は浅間ブドウと呼んでジャム、ジュース、果実酒を造ったそうだ。
今は取ってはダメかも知れない。

IMG_6071.jpg
ゴゼンタチバナ(御前橘) ミズキ科

6、7月頃、白い清楚な花を咲かせる。
実はまん丸で真っ赤、ルビーのよう。
美味しそうだったので食べてみたが変な味がして思わず吐き出した。
昔、加賀の白山の修験者は霊草として有難がったという。

IMG_6069.jpg
シラタマノキ(白玉の木) ツツジ科

花はクロマメノキと同じころ咲く。
クロマメノキの花を少しペチャンコにした様なおもしろい形の花。
実も切れ込みがあって花だか実だか分からないおかしな形。
実はほのかに甘いがハッカのような味がして苦手。
食べた後スーッと爽やかで美味しいという人もいる。

白玉の木の白玉とは何だろうと辞書で調べたら米の粉で作った
ダンゴとあった。真珠という意味もあるという。
花や実は白くて丸くダンゴに似ていなくもないが、それでは白玉の木が
あまりにも可愛そう。矢張り真珠と思う事にした。

「白玉か何ぞと人の問いし時、露と答えて消えなましものを」
伊勢物語 六段「芥川」の歌。
入内前の二条后を在原業平が盗み出し背負って逃げる途中、
草の上に置いた露の玉を見て白玉?と業平の背中の上から二条后が尋ねたという。
露の玉ではなく涙の玉ともするらしいが、いずれにしても微笑ましい情景が浮かぶ。
この事件は能の格好の題材。「雲林院(うんりいん)」がありクセで詳しく語る。

能の詞章は名文が多い。別けても「雲林院」のクセはかなりの名文と云われる。
伊勢物語では二条の后を源氏が誘い出し、かくまった場所は鬼の住む所だったとある。
この能では所も紫式部の墓があった雲林院であり数々の名所のある所とし、
クセに源氏物語の光源氏と朧月夜内侍の恋「花宴の巻」を引用、情緒的に甘美な
物語に仕立てている。

在原業平は面“中将”を着て現れる。(能では面を付けることを着るという)
面も装束もいかにも平安殿上人、惚れ惚れとカッコいい。
殊に面がお似合い、いかにも業平。
それもその筈、面の中将は業平の顔を写したという面だから。

雲林院
“園原茂る木賊色の、狩衣の袂を冠りの巾子にうち被き、忍び出づるや如月の
黄昏月もはや入りて、いとど朧夜に、降るは春雨か落つるは涙か“
恋の逃避行を見せる業平。狩衣の模様は業平菱

能「雲林院」の詳しい解説はこちら

comment 0
10.06
Sat

IMG_6061.jpg
蓼科高原スキー場 2018年9月1日写す。以下同じ

ここはスキー場、白一色の雪景色の景観は想像出来ても、夏のこの景観は
想像できなかった。へ~え、こんな所なンだと。
背丈を越す夏草が生い茂っていた。所々に色々な花が咲いていた。

年に1,2回は訪れる霧ヶ峰高原の近くだが、ここ蓼科高原は可成り以前に
一回だけ、スキーで訪れただけで記憶は全く忘却の彼方だった。
友人にIHIという会社の健康保険組合が経営する宿を紹介された。
社員でなくとも一般の人も泊まれるという。
部屋は広く一般のホテル並みにきれいだった。食事が素晴らしかった。
パンフレットの料金は食事別かも知れないと勘違いした。 
財布の中は何時もながら乏しい。足りるかナと心配しきり。
勘定書きをみてホッと、肩の荷が吹き飛んだ。
肩の荷とはうまい言葉だとしみじみ。

IMG_6057.jpg
トリカブト(鳥兜) キンポウゲ科

毒草の代表だが日本の野草の花の中で、豪華な花のトップクラスの花。
猛毒だが精力剤でもある。量を誤ると命を落とす。
以前、博物学者が更に精力をつけようと増量して落命した。
毒と薬は同じ物の好例。
トリカブトの毒は「附子“ぶす”」と云い昔から知られていたようで
狂言に作られた、狂言「附子」。

主人が砂糖の桶を、猛毒の附子だから手を触れるなと太郎冠者と
次郎冠者に言残し外出する。
好奇心にかられた二人、少し食べてみると砂糖だった。
二人は桶の砂糖を全部食べてしまう。
主人に言い訳を考えた末、主人の大切な掛け軸を破り、茶碗を壊し
主人に、大切なものを壊したので附子を食べて死のうとしたが全部
食べても死ねなかったと苦しい言い訳。人の心の機微を衝いてしみじみ笑わせる。
今は砂糖一袋、数百円だが昔は超貴重品だった。

狂言は滑稽を旨とし、セリフの面白さを主眼とした劇。能、狂言と
呼ばれ抱き合わせで演ぜられる。

IMG_6063.jpg
マルバダケブキ(丸葉岳蕗) キク科
葉っぱのザラザラは畑のフキ、花はツワブキにそっくり。
だが何しろでっかい。迫力満点。
スキー場の小さな池の様な水溜まりの近くに咲いていた。

葉の茎は食べられるのだろうか。
鹿児島県近辺の人達はツワブキの若芽を食べる。
茹でて炒め物や煮つけが美味しかった。
マルバダケブキも試して見たいが怒られるだろうか。

IMG_6090.jpg
サワギキョウ(沢桔梗) キキョウ科

野や山にも咲き花屋にも売っているキキョウは“花でございます”
と云ってお澄まししているような整った顔をしている。
サワギキョウは同じ仲間でも不思議な格好の花。だが魅力的。
昔、自ら“花爺”と宣っていた花好きのおじいさんがいた。
名前は忘れたが、何かの花の採集を頼まれた。ミズゴケに包んで持ち帰った。
翌年の夏、素っ頓狂な声で電話がかかってきた。
飛んで行ったら苔の中にサワギキョウが咲いていた。
ミズゴケを持ち帰る時、もぎ取って捨てた雑草の中に、サワギキョウがあり根が
ミズゴケの中に残っていたのだろう。
芽を出し何だろうと花爺は期待半ばで見守っていたら花が咲いてビックリ、
驚いたといった。あの時の花爺の嬉しそうな笑顔が思い浮かぶ。
あの世でも思い出し笑いしているかも知れない。嬉しそうなニコニコ顔で。

キキョウは昔から親しまれた花。秋の七草の一つ。能「大江山」で
「さてお肴は何々、頃しも秋の山草、桔梗、刈萱、己もこう」と謡う。
「大江山」は鬼退治の能。
勅命で大江山にすむ鬼、酒吞童子を退治に大江山に向かう源頼光主従。
酒吞童子は大酒飲み。
近頃聞かないが酒豪を酒吞童子と云った。
酒吞童子は酒宴を開いて頼光一行をもてなす。自分を殺しに来た一行とは知らずに。
酒吞童子は少年の姿に化けている。酒宴で舞う舞が豪快ながら優雅。
人を喰う恐ろしい鬼が可愛げな少年姿で舞う。想像をめぐらし観るのが魅力。
酔い伏した童子を、折節よしと頼光一行が刀を抜きつれ襲う。
酒吞童子の顔は微笑むキキョウ顔から妙ちきりんなサワギキョウ顔に
変貌する。恐ろしい鬼の顔に。

しかみ
「大江山」使用面「顰(しかみ)」鬼の面相

能「大江山」の詳しい解説はこちら

comment 0
09.29
Sat
IMG_6031.jpg
美ヶ原 2018年8月30日写す。以下同じ

美ケ原とは味な名、誰が名付けたのだろうとつくづく感じ入る。
同じ地名を持つ処は珍しくないが、美ヶ原の地名は他にあるだろうか、聞いたことがない。
名を聞いただけで行きたくなる。別天地の様な自然の風景が思い浮かぶから。
久し振りに行ったが人の手が入りすぎ多少ガッカリ。
だが人は時代に順応して生きて行かざるを得ないから仕方がないかと、思い複雑。
澄み切った空気に包まれ、美しい姿を見せてくれた花々が咲く場所が残されていたのは
有難かった。

IMG_6042.jpg
コケモモ(苔桃)ツツジ科

上に伸びず地に這う姿から苔桃だろうが可哀そうな名。
白い小さな可憐な花を咲かせ、ルビーに勝る艶やかな赤い実を結ぶ。
花や実に似合う名前は思いつかなかったのだろうか、などと勝手に。
昔は実を集めてジャムを作った。今は見つかったら大目玉だけでは済まないかも。
コケモモは高山植物。2000Mの美ヶ原は近代建物は立っていても高山だった。

IMG_6015.jpg
ヤマハハコ(山母子)キク科

テレビでよく見る孵化したばかりの小鳥の雛が兄妹争って、
黄色い口をいっぱいに開け、母鳥に餌をねだっているような。
きれいと云う概念から外れた不思議な“きれい”
可愛いというしか言葉が見当たらない。

山母子とは山に咲く母子草と云うのだろう。
母子草の仲間は平地から高山まで色々あるという。
感じとしてはそれぞれ似ていると思う。
だがこの花に母と子のイメージが浮かばない。
花の中に子はいても母がいない。
それなりの人に聞いても、図鑑を読んでも納得の行く説明がない。
ある説では母と子ではなく言葉の訛りが母子となったというが、
これにも頭を傾げる。母子と思い込んでいたし、母子の優しい
イメージを大事にしていたのにと。ちょっと裏切られた感じ。

IMG_6047.jpg
ハンゴンソウ(反魂草)キク科

何やらいわくありげな花。
冥土を黄泉とも云うらしい。
冥土には真っ黄色なハンゴンソウのような花が咲いているのだろうか。
昔、この花を焚いて死者の魂を冥土から呼び寄せたと云うのだろうか。
古代中国の孝武帝は反魂香を焚いて最愛の亡婦、李夫人の霊を呼び寄せた。

能「花筐」のクセで語られる。
曲舞として作られた「李夫人の曲舞」を「花筐」のクセに取り入れたという。
能の表現形式が光る舞。鳥肌が立つほどの衝撃が走る。

IMG_6021.jpg
ウメバチソウ(梅鉢草)ニシキギ科

純白の清楚な花。湿地でよく見かける。
この花に出会うと何かいい事がありそうな気がする。
江戸前期の学者、貝原益軒もお気に入りの花だったという。
家紋の梅鉢から付いた名だという。
昔は普通に親しまれた花だったのだろうか。
今は花屋はもちろん普通の家で植えているのを見たことがない。

昔は“花”と云えば桜を指した。皇居も置かれたという難波地方では
“花”は梅を指した。
能「弱法師(よろぼし)」では、
「おう、これなる籬の梅の花が、弱法師が袖に散りかかるとよ」と父親、
「うたてやな、難波津の春ならば、ただこの花と仰せあるべきに」と子。

弱法師はあだ名。若い盲目の男。よろめき歩くので弱法師と呼ばれた。
さる大身の息子であったが讒言により父に家を追い出され悲嘆の涙に、
盲目となり天王寺に拠って人の憐れみに縋る身となった。
盲目と云う悲惨な境涯を描く能。
唯一、生きるよすがとなる仏の教と杖。
天王寺の縁起を語るクセに仏に縋る盲目の哀れが滲む。
盲目の姿で彷徨う姿を生々しく描く“狂”が見どころ。
杖を効果的に使い盲目の哀れを見せる。
杖使いを探り杖と云い“心”の字を書くように使うという心得があるという。
景色も仏の教えも“心眼”で見るというように。

よろぼし
「出で入の、月を見ざれば明け暮れの、夜の境を得ぞ知らぬ」
盲目の身を嘆く弱法師

能「弱法師」の詳しい解説はこちら
「花筐」はこちら

comment 0
09.22
Sat
IMG_6026.jpg
美ヶ原高原 2018年8月30日写す。以下同じ

美ヶ原は長野県の真ん中あたり、標高2000Mほどの高原。
諏訪湖又は松本から車だったら一時間半くらい。
二十数年前に行ってからトントご無沙汰だった。
ビーナスラインと呼ばれる道路は有料道路で2、3カ所に料金所があった。
美ヶ原は牧場で土産物の売店か牧場の事務所かはっきりした記憶はないが
古ぼけた建物が一軒だけあったように思う。
今回行ってビックリ、料金所は建設費償却済か廃止。
美術館やらレストラン、土産物屋、何の施設だろうか西洋の城の様なものまで建っていた。
アレここはスイス?は冗談が過ぎるかも知れないが外国の何処ぞに迷い込んだ気分だった。
だが花は二十数年前と同じように健在だった。

IMG_6024.jpg
マツムシソウ(松虫草)スイカズラ科

薄紫色の花は、ふっくらとふくよかに優しく咲く。
一度出会ったら忘れられない花。
名前の出どころが色々あって、それぞれが又一興。
花びらが松虫の羽根にそっくりだとか、松虫草の咲く草むらに松虫が住んでいて
花が咲くころチンチロリンと鳴くからとか。
花びらは同じ形が多いし、松虫草の咲く高原にチンチロリンがいるだろうかとか。
学者の説としては微笑ましいナと。
花びらが散った後のいがぐり頭が仏具の松虫鉦に似ているから、
松虫鉦の音はチンチロリン、これだったら信じてもいいかもしれない。
兎に角、名の由来に面白い説が色々あるのは松虫草に特別の興味があるから
だろうと嬉しい限り。

植物の名前ほど興味を引くものはないかも知れない。
昔から伝わった名、里人の言い習わした名、学者が付けた名、
奇想天外な名、不謹慎な名など。屁糞蔓、犬のフグリなどがいい例。

IMG_6038.jpg
オヤマリンドウ(御山竜胆) リンドウ科

昔、馬子が馬の首にリンドウの形の鈴をつけていて、
馬がトコトコ、鈴がリ~ンリ~ン
馬子がドウドウでリンドウだとどこかで聞いたことがあった。
オチャラカだが、なかなかの出来栄え金メダル級。
漢字で竜胆。竜の胆は猛烈に苦いそうだ。
ただし齧った経験者は神様と仙人だけだろうが、これに匹敵するほど苦いという。
清少納言もリンドウの花色を褒めていると云うから昔から親しまれた花なのだろう。

平地に咲くリンドウはお日様大好き。お日様が隠れるとしぼみ、
お日様が顔を出すとニッコリ開く。
オヤマリンドウはお日様が顔を出しても滅多に開かないらしい。
お日様嫌いの花は日陰で咲くが、開けたところに咲いていてお日様嫌いは珍しい。

IMG_6030.jpg
クサフジ(草藤)マメ科

自分では立てないで他の草に覆いかぶさるように茂る自分勝手な横着者。
被さった草が枯れそうになっても無頓着、大きな顔。
花穂は藤の花ほどは大きくはないが濃い紫色が鮮やかできれい。
平地にも咲く。多摩川には大群落があちこちに見られる。
だが深山に咲くクサフジは清澄な空気に磨かれるのか色が鮮やかだった。

IMG_6055.jpg
ワレモコウ(我木香、割木瓜、吾亦紅)
華やかな花でないが楚々として魅力的。日本人好みの花。
名前の由来を聞いても日本人好みの花と納得。
名の由来の解釈も時とともに変わった。世の移り変わりを写しているようだ。
上に挙げた順で“我木香”は、我も木香なり、で木香は根に芳香のある
インド原産の薬草だそうだ。
“割れ木瓜”は宮中の御簾の飾りの木瓜紋に似ているから、
勿論見たことはないので木瓜紋がどんなものか知らないが。
“我亦紅”我も又紅なり!久米正雄の小説から付いたという。
小説は読んだことはないが、この名が一番気に入っている。
細い枝の先に黒ずんだ赤い花、精一杯に背伸びして “私も紅いのよ!”
風に揺らぎ訴える。

風に揺らぐ姿は舞を舞っているようだ。
遠い古、尊敬する師匠に能「乱(みだれ)」の稽古をしていただいた。
師匠「何だ、その足遣いは蟹の横歩きじゃあないか!ワレモコウが風に靡く
   ような足遣いにするんだ」と怒鳴られた。

能「乱」は舞の面白さを主眼にした能。その点、異質の能と云えるかもしれない。
能「猩々」の小書(特殊演出)で物語は変わらないがいつの頃からか独立した曲となった。
猩々の「中ノ舞」が「乱」と称する舞に変わる。
猩々は中国の揚子江に住む酒の好きな妖精。
酔った猩々が揚子江の波を蹴立てて舞う。乱の舞は特殊な足使いが呼び物。
技術的にも難度の高い舞。

孝行者の高風の酒屋に毎夜酒を飲みに来る猩々。
酔って舞を舞い、高風の孝行を賞でて汲めども尽きぬ酒壺を与える。
高風の家は富貴となった。
お祝いの会などに上演されることが多い。

乱
能「乱(みだれ)」 揚子江の波を蹴立て舞う妖精、猩々(しょうじょう)

能「乱(みだれ)」の詳しい解説はこちら
 

comment 0
09.15
Sat
IMG_5967.jpg
神護寺本堂 2018年7月27日写す。以下同じ

小学生の孫が能「望月」の子方を勤め、鞨鼓を舞った。
心配していいたが予想外のよい出来だった。
褒美に何か欲しいものは?と聞いたら京都の金閣寺が見たいという。
今時の小学生らしからぬ要望にビックリ!
内心嬉しかった。古い物に興味がある子もいるのだナと、それも身内に。
実はこちらにも行きたい処があった。
鞍馬の山。ここには笹百合が咲いていると聞いていたから。
笹百合は関東には咲かない。自然のものは見たことがない。
以前訪ねたことのある神護寺に行った。
花期は少々過ぎたがこの辺りだったたら咲き残りの1,2本くらいは
あるかも知れないと。
売店の年配の女性店員に笹百合の咲いている所を聞いたら、
以前はそこらじゅうに咲いていたが年々少なくなり最近は全く見ない、
猪が鼻で掘り返して食べたのだと身振り手振り、鼻をふくらまして、
鳴らしてまで教えてくれた。

IMG_5959.jpg


IMG_5956.jpg
皿投げ。神護寺境内。画面中央の小さな白い点が皿


売店の人の話が真に迫っていたので笹百合は諦め皿投げで憂さを晴らした。
手の平の、半分ほどの素焼きの皿を投げる。
眼下は清滝川の渓谷、深く広々と上流に広がる絶景。
皿には厄除の二字。
鳥のようにふわりと浮き弧を描いて彼方にきえる。“厄”の飛行が心地よい。
下に落ちた“厄”はうず高く積もっている筈だ。
「ここは天狗の住む鞍馬、“厄”を盗む天狗が現れる。天狗は京の空を飛廻り、
京の都に“厄”をばら撒く。天狗退治は不動明王?何処かの国の核大将?」
面白い能になると悦に入ったが思えば愚想、悪ふざけ。
だが有り得ないことを空想するのも心の肥料、
空想が涌くのも場所によるのかもしれない、愚想だが神護寺に感謝。

IMG_5970.jpg
ツチグリ(土栗)バラ科

花が全く咲いていなかった。
鹿メに食べられたのだろうかと邪推しきり。
雑草の花も、しょぼくれハルジオンが少し。ガッカリ。
うなだれて歩いていたら道端に咲き残りのツチグリが咲いていた。
それも一輪だけ。
ツチグリは雑草だが関東にはない。
根が膨らんでいて食べられる。栗の味だそうだ。だから土栗だという。
食べたことがないので少々心が動いたが止めた。
たった一本だけだったから。善人ぶったところもある。

IMG_5951.jpg
ヒカゲノカズラ(日陰の蔓) ヒカゲノカズラ科
シダ類には多分に変わった形のものが多い。
ヒカゲノカズラはその最たるもの。
細い毛むくじゃらの手が枝分かれして伸び、まるで妖怪、インベーダー。

この頃のマンガには想像を絶する怪物が登場する。
人間が空想する域を超えた怪物達に見える。
だが自然界をよくよく見れば、奇怪な形のものがかなり生息している。
例えばバッタやトンボ、亀、深海魚。よくよく見れば怪獣の顔。
これらにヒントを得たのかもしれない。
能は昔の人が作ったものだが、口から火を吐きかけ、水を吐きかけ
空を飛ぶ怪獣が登場する。怪獣映画の元祖と云っていい。
「殺生石」「鵺(ぬえ)」「土蜘蛛」「羅生門」「紅葉狩」など多彩。
余談だがこれらの怪物は鬼と呼ばれ男の性であって情け容赦なく退治される。
女の鬼の能もある。女の鬼は仏の慈悲で成仏する。

日陰の葛は祭りの装束に使われたという。
冠の両脇に垂らした。昔は本物を使ったらしいが今は色付きの糸。
能でも「杜若」の小書で使う。
人の目は様々、人によっては気持ちの悪い日陰の葛をお祭りの飾に使うのだから。

IMG_5971.jpg
シバグリ(柴栗)ブナ科

山栗と呼んでいる。小粒だが畑のクリより断然うまい。
栗は美味いがトゲが恐ろしい。
栗にそっくりの栃の木の実にはトゲはないがトゲの代わりに毒がある。
毒抜きをして栃餅を作る。
人間ほど恐ろしい猛獣はいない。栃の実はまだしも猛毒のフグまでも食べる(下手な冗談)。

フランスの街路樹の栃の実にお飾り程度だったがトゲがあった。
へ~え。ところ変われば品変わるですネ、と首を傾げたらマロニエだと
教えてくれた。
フランスの人もマロニエを食べる?餅はないだろうからマロニエパン?
と聞くのは忘れた。

クリは秋を代表する果物。
猛暑の中、いつの間に栗が?とビックリ。
猛暑を愚痴りながら秋が近いのかと猛暑に一抹の哀惜を感ずるから不思議。
現代人は季節に鈍感、徹底的にカレンダダーに頼る。
その点植物は季節に敏感。
「それ草木心なしとは申せども、花実の時を違えず」
と能「高砂」で謡う。
昔の人は鋭い。季節の移り変わりを自然現象から受け取った。

能「高砂」は神様の能。
住吉明神と高砂明神がお爺さんとお婆さん姿で現れる。
清々しく爽やかな能。
正月に老夫婦が松の木の下を掃き清めている掛け軸を掛ける。
能「高砂」の一場面だという。
老夫婦は松についての話をする。
庭に松を植え、正月には門松、盆栽の王様は松。
能に関心がなくても松は日本人の心に深く住みついている。

お婆さんがこの上ない興味深い話をする。
お爺さんは住吉に住み、お婆さんは高砂に住んでいる。
どうして夫婦なのに別々に住んでいるの?と聞くと
「山川万里を隔つれども妹背の道は遠からず」
とお婆さん。

「高砂や、この浦船に帆を上げて」と結婚式に能「高砂」の一節を謡う。
この船出の謡にはお婆さんが云う妹背の道が込められていて、
新しい船出の二人には二つとない祝福の逸品だと思うのだが、
この頃はトント聞かない。
残念だが世間の人は能バカと云うだろうから、
声高には話さないようにしている。

お爺さんは「住吉に先ず行きてあれにて待ち申さん」と小舟に乗って沖の彼方に消える。
ワキの阿蘇の宮の神主は「高砂やこの浦船に帆を上げて」と後を追う。
目指すは高砂の対岸の住吉。
神主の前に若々しい姿の住吉明神が颯爽と現れる。
明神は神主たちを鼓舞して神神楽を奏させ神舞を舞う。
“神舞”はビックリするほどの急テンポの舞。
舞う人も囃す人も相手を慮る余裕はないほどの急テンポ。
観る人も首を左右に振り、急テンポで舞うシテを追いかけ忙しい。
終曲に五穀豊穣、天下太平、国土安穏、を寿ぐ。これらは古今東西人類の悲願。
今の世に馴れて、昔の人の決まり文句だと関心が薄い。
地獄の二次大戦が終わって高々七十数年経ただけ、雲行きの怪しい昨今なのに。

高砂
“千秋楽は民を撫で万歳楽には命を延ぶ”寿ぎの舞を舞う住吉明神

能「高砂(たかさご)」の詳しい解説はこちら
comment 0
back-to-top